「何か用ですかそこのワカメ」

 仁王が思いっきり吹いてその場で大爆笑を始めた。ちなみに柳生も笑いを堪えていて、それはなんだか珍しいなと思う。
 ワカメは禁句だよ、と何故か私は柳くんに窘められて、後ろからやってきた丸井くんと桑原くんがなんだなんだと顔を出す。
 指差されて、あーだとかうーだとかいいながら凝視されれば、誰だって不快になると思う。従って私は自分の言動を反省はしていない。

 部活を終えて友人と帰路についていたら、校門を出てすぐのところでスパイクを忘れたことに気が付いた。明日は競技場で練習の日だから、持って帰らないわけにはいかない。友人に別れを告げて、もう人のいない部室からスパイクを取り出して扉を閉めたところで、ちょうど帰宅するところだったらしい男子テニス部に遭遇した。
 その中の1人が私を指差して、部長の、とかなんとか言ってじっと私を睨んできた。側に仁王や柳生がいたことからすぐにテニス部だということはわかったけれど、残念ながら私の知っている顔ではなくて名前は出てこない。だからどうしようと思ったのも束の間、頭がひどく印象的で思わずワカメと口走った。正直最近は幸村くんとのことが周囲にバレて(自業自得だけど)イライラしていたから、思っていたことがうっかり口を出た。

「ワカ・・・っ!何なんスかあんた!ほとんど初対面の人になんでそんなこと言われなきゃなんないんスか!?よく言われるけど!!」
「言われるんだ!ウケる」
「ぶふっ、おま、いきなり、それはなしじゃろ。ちなみにそれ柳生が言い出したことだから。やっぱ似たもん同士じゃな」
「似てません」
「そんなに嫌ですか、あたしと似てるって言われるのが!」

 鍵穴に鍵を挿したまま、仁王の横で静かに立っている柳生に言い返す。さっきから喚き散らしているのはどうやら、赤也くん、というらしい。柳くんがそう名を呼んで窘めている。
 言ってからいつの間にやらテニス部レギュラーに囲まれていることに気がついた。一斉に何人もの人に注目されて、気まずい気持ちになった私は、「お疲れ様」と誰に向けて言うわけでもなく呟くと、そそくさとその場を去ろうとした。下を向いたまま前に出ようとすると視界に入ったのは男物のローファー。



「俺たちこれからマック行くんだけど。も来いよ」



 目の前にいたのは仁王でも柳生でも赤也くんでもなくて丸井くんだった。まったく接点なんてなかった丸井くんに名前を呼ばれたことに驚く。目が会うこと3秒、ふいと視線を逸らすと丸井くんはもう歩き出してしまう。行かないです、と言う暇もなくて、気が付いたら柳くんと赤也くんに挟まれる形で校門を出ていた。すれ違ったクラスメイトに好奇の目で見られた。



 幸村くん、もうわけのわからない展開です。










「いつから付き合ってんの?」

 目の前で大量のハンバーガーとマックシェイクを消費しながら主語もなしで質問してきたのは、当たり前というかなんというか私をマックに連れ込んだ張本人、丸井くんだ。その右隣には桑原くん、左隣には仁王がいる。仁王の隣にいるのは赤也くんで、これまた異常なほど身体を乗り出して私の出方を窺っているようだ。ちなみに私の左隣は真田くん、右隣には柳くん、柳生と続く。正直真田くんと柳くんに挟まれるのは異常なほどの威圧感で、「いつもは大体ここは精市の位置だ」と柳君が教えてくれたのだけれど、やっぱり幸村くんはすごいなと思った。

「いつから....?いつからだろう、いつだっけ仁王」
「あー?知らん、8月くらいじゃなか」
「あー、あーそうかも、うん、そうですそうです、全国が終わった辺りです」

 夏の、暑い日だった。

 部活の無い日に自主練に来て、そこで彼に出会った。
 なんとか警報が出て校庭にいる生徒は全員一旦室内に入らなくてはならなくて、階段に腰掛けてぼんやりとしていた時だった。

「っつかさ、この間も思ったけど、仁王と柳生とは知り合いなわけ?」
「はあ、まあ」
「俺のデータによれば仁王と同じクラス、柳生とは小学校が一緒だな」
「....その通りです。加えるとヒロは幼馴染です、家が隣です」
「え!?柳生先輩と家が隣なのに部長と付き合ってんの!?意味わかんねえ!」
「家が隣だからって付き合わなければいけない法律なんてありませんよ」

 柳生が最もなことを言う。家が隣同士で付き合うだなんて今時少女漫画でもあまり見ない設定だ。

「え、何、どこまでいってんの?もうヤッ――っあっちいいいい!!っにすんだ仁王!!」

 ホットティーなんて珍しいものを頼んだな、と思いながら仁王を見ていたけれど、こういう意図があったのかとやっと合点がいった。一向にティーバックを入れなかったのも、もともと飲むつもりじゃなかったかららしい。
 でもだからって人にお湯かけるのはどうかと思うが、仁王はいつものしい顔をしているだけだった。

「だ・・・大丈夫?えと・・・丸井くん」

 一応声をかけると、大丈夫なわけねえだろと言われた。
 確かに。

「けどブン太、お前いきなりあれは失礼な質問だろ」

 そう言ったのはさっきまで一言も発していなかった桑原くんで、それに「そうだそうだ」と赤也くんが続いた。幼なじみのはずの柳生はポテトに夢中で顔さえもあげない。

「いや、でもあの幸村くんの彼女だし」
「お前は精市をなんだと思ってるんだ?」
「人外」

 殺されますよ、と赤也くんが若干青ざめて言う。幸村くんのテニス部での様子が垣間見えた気がした。

「一つ、お伺いしてもよろしいですか?」

 手を挙げた私に「どうぞ」と答えたのは柳くん。頷いてみせたのは赤也くんと丸井くんだった。何故かニヤリと笑ったのは仁王で、もう何も期待しないことにする。



「誰があたしたちのことを知っていたのでしょうか?」



 しばしの沈黙の後、手を挙げたのは柳生仁王を除いて一人、柳くんだけ。柳くんをじっと見つめると口の端を少しだけあげて微笑んだような気がした。す、と背筋を伸ばして佇む姿は隙がまったくなくて、どう攻めていけば良いのかわからなくなる。困って仁王に目を向けると、とぼけたような表情をされた。「っつかなんで先輩たち三人は知ってたわけ?」赤也くんはずずっと音を立てながらジュースを飲み込んで何故か不服そうにそう言う。「クラスメイト、隣の席」と仁王が言って、「幼馴染ですから」と柳生が言った。つまるところ二人とも私が出所となってこの情報を得たわけで、では何故柳くんが、という空気になった。もちろんそれは私も同じ気持ちで彼を見る。

「柳は何で知ってたんだよ?」

 丸井くんがストレートに聞いた。

「見ていればわかる」

 絶対はぐらかされるだろうと思っていたけれど意外にも柳くんはすぐに答えた。ただしその答え自体は何の解決にもなっていない。大体百歩譲って幸村くんの変化に気づいたとしても、相手が私だとは断定できないはずだ。

「いや嘘だろ、全っ然わかんねえだろ、幸村くん、いつも通りだったぞ!クリスマスも正月も!」
「上辺じゃない、内側の問題だ。これだけ長く付き合っていればそれくらいわかるようになる、なあ弦一郎」
「・・・・・・。」
「弦一郎?」
「やめとき、まったく知らされてなかったことに真田は傷ついとる」

 仁王に言われて隣を見上げるけれど、普段の真田くんを良く知っているわけではなかったから別段傷ついているようには見えなかった。

 真田くんと柳くんが、いつも幸村くんと共に行動をしていることは知っていた。確か三強とか呼ばれていて、中学テニス界でも一目置かれているはずだ。

 私たちの関係を広めないようにしよう、と言い出したのは幸村くんだし、それを考えれば誰にも言っていなくても不思議ではないのかもしれないけれど、やっぱりおかしな気がした。私なんかよりもずっとずっと近い存在であるはずの真田くんと柳くんに何も言わないなんて、そんなこと有り得るのだろうか。実際に二人は知らされていなかったわけだから有り得ているんだけれど。



 それとも、私は二人に話すまでもない存在ということなのか。



 わからない。





 幸村くんの考えていることなんて一つも。





「逃げ道でも欲しかったんかな」

 丸井くんが最後のひとかけらを口にほうり込みながらぽつりと言う。何が、と真田くんがそこで初めて口を効いた。

「だってお前らにも言ってなかったんだろぃ?立海大付属中テニス部部長じゃなくて良い場所が欲しかったのかなってこと」
「ええ?部長はそんな奴じゃないっすよ」
「わかってるようっせえなあ、俺だってそう思ってたっつの。でも実際俺たちとはまったく関わらせずにずっと手元に置いといたってことはそういうことなんじゃねえの?おい、柳」

 話を振られて柳くんは少し逡巡し、けれど結局何も言わなかった。



 丸井くんの言うことは、全然合っていない。幸村くんが私と付き合った理由は今でも正確にはわからないけれど、丸井くんの言うことはやっぱり間違ってると思う。

 幸村くんにとって私がそんなに重要なポジションにいるわけがない。

 私と幸村くんは、ある意味とても似ている。



 一番大切なものが、はっきりしている。





 どうしようもないくらい。





「幸村にとって、お前は一番大切な人なのか」





 真田くんが問う。
 まさか、と答えようとしたけれど、それを言葉にすることは出来なかった。





 仁王の目が、一瞬泣いているように歪んだ気がしたからだ。





かない小鳥






 
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あーあー。レギュラーも出てきちゃった・・・・もう少しお付き合いください・・・・。

10年03月28日


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