恐ろしい程当て嵌まる、






Side 真田弦一郎





 放課後、練習を終えて疲れきった部員たちが一人また一人と帰宅していく部室で、は長机に書類をずらりと並べて見せた。こんな感じです、と資料を大方見せ終えたに、驚きのあまりすぐに返事を返すことはできなかった。何かよくなかったですか、とが聞いてきてやっと、いやと短い返事だけすることができた。
 
 試合の分析という、初めてやるにしては少し荷の思い仕事を、とりあえずに任せてみたものの、あまり期待はしていなかったのだが、出来上がった資料はどういうわけかやたらと精密で、思わず言葉を失った。顧問の話によれば確か彼女は一度もテニスをしたことはなく、かと言ってマネージャーのようなことをしたことがあるかというとそれもないとのことだった。素晴らしいな、と一言呟くとありがとうございますと返ってきて、うちの部員たちにも見習わせたいと思う。

「わからないことは柳生先輩が教えてくださいました。始めは時間がかかりましたが、要領を得てからは割とスムーズに」

 淡々と彼女はそんなことを言ったが、間違いなく簡単な作業ではなかったはずだ。
 
 幸村がこの種の作業を得意としていたが、あれはあいつの才能のようなものだとばかり思っていたため、それに引けを取らない彼女の仕上げた資料には、素直に感心した。幸村が入院してからというもの、俺達だけで行った試合のフィードバックは完璧だっとはまかり間違っても言えない。
 久々にまともなものを見たなとそんなことを思う。決して俺と蓮二のものが手を抜いて仕上げられたものというわけではなかったが、やはり彼女のものと比べると劣っていたことがわかる。
 そういえば生徒会業務をよく手伝っていると聞いたが、似たようなことでも行うのだろうか。

「これで俺と蓮二の分を合わせればフィードバックができるな」
「あ、今日柳生先輩と桑原先輩と赤也くんに会いましたよ。その時にフィードバックのこと少し言っておきました」
「む、有り難い。問題は仁王だな」

 そういうとは可笑しそうに笑った。

「ごめんなさい、皆さんそうおっしゃいますもので、可笑しくて。本当なら明日やりたかったんですが・・・今日伝えるタイミングがなかったんですよね、明日捕まえるのはやはり難しいのでしょうか?」

 言われて俺はなんとかすると答えた。いい加減にあいつの放浪癖は直してもらいたい。常日頃注意しているものの、よくなる気配はまったくなく、気が付けば自分の方が上手く慣らされていた。いないことに対しては最早説教する気になれない。とにかく集合時間にさえ間に合えば良い。だからこそ急な予定が入るとそれを仁王に伝えるのは至難の技だ。幸村は何故か仁王を探し出すのが得意で、仁王がいなくなると探すのは専らあいつの仕事だった。確か柳生も比較的早く見つけだしてくるが、幸村の方が早かったはずだ。というよりも幸村は部員を探し出すのが得意で、曰く「ちょっと相手の立場に立てば簡単だろ」らしいが理解できない。柳のデータよりも正確であったことも、俺の理解の範疇を越えている。

 

 は部室の壁にある時計を見遣って、そろそろ下校時刻になりますねと立ち上がる。ソファを挟んで向こう側で騒いでいた赤也と丸井から不満げな声が漏れたのを咎めてから続いて俺も立ち上がった。そもそもぐだぐだとこんな時間まで残っている時点で態度がたるんでいるとしか思えない。未だ床に直接座り込んで帰ろうとしない赤也の頭をひっ叩く。

 ふとに視線を寄越すと随分と質量のありそうなサブバックを肩に提げようとしているところだった。無造作に開けっ放しになっているそれから国語辞典や部活のデータが顔を覗かせている。

、荷物を置いていかないのか?」

 尋ねれば曖昧に笑ってそうですと一言。何故、と言いかけてここは男子テニス部の部室なのだから当然彼女のロッカーなどないことに気がついた。確か二年生の教室は壁紙の張替えが行われるとかで、しばらく教室に備え付けのロッカーが使えないはずで、だからこそ今部室には二年生の私物が溢れ返っている。辞書や資料集など持ち帰るには些か面倒なものは、全て部室に置いて良いと許可を出したのだった。赤也が「俺のロッカー使う?」などと抜かして丸井に「どこにんなスペースあんだよ」と呆れられる。

「いいよ、だって部活入ってない子は皆そういうスペースはないわけだし」
「でもはもうテニス部の一員じゃん。ねえ、真田副部長、どっか空いてるロッカーとか無いんすか?」
「そうだな・・・」

 そんなことをやっている間にいつの間にかもう下校時刻になっており、不似合いな一昔前を思い出すような音楽が鳴り響く。とりあえず今日はそこに置いておくといい、と一番端の空になっているロッカーを指差した。躊躇うにいいじゃんとりあえずなんだからさと丸井が彼女の鞄を放り込む。何乱暴に扱ってんすか!とかなんとかわめく赤也を置いて俺達は部室を後にした。

「では、明日の昼休みにまた部室で」

 一人方向の違う彼女をそう言って見送った時に、やっと赤也が出てきた音がした。










 結局次の日、仁王はどうやら一時間目から授業をサボったらしく、丸井から、無理だった、とだけメールが入る。面倒になってもうあいつは抜きにしようかと思いはじめた時に、どういう巡り会わせなのか、仁王に会った。少し早めに体育の授業が終わり、部室へ向かうべく廊下を歩いているとどうやら特別棟でサボっていたらしい仁王と鉢合わせになったのである。軽く挨拶を済ませて去っていこうとする仁王を引き止めてフィードバックのことを伝えるといつもと変わらず一つ返事で頷く。丸井なんかは往生際が悪いのだが、仁王はその辺が随分とあっさりしている。
 そこが唯一評価に値するところだ。



「それ、あの子がやったん」



 仁王は俺の手の中にある資料を指差した。疑問とも確定とも取れる曖昧なイントネーションだった。あの子?と訝しげに尋ねると、仁王は一瞬困ったような表情になって、マネの、と言う。

「大体はそうだな。何だ、何か気になることでもあるのか?」
「別に」

 その後はとくに会話をするわけでもなく俺と仁王は忙しなく鳴り響くチャイムに背中を押されるように足早になりながら部室へと向かった。部室には一番に到着し、ついでなので仁王にも仕事を手伝わせる。

「毎度のことだが、メールは見たのか?」
「あー、見た、多分」

 覚えてないけど、と当たり前のように言う仁王に、説教の一つでもくれてやろうとしたところで部室の扉が開いた。

「わ!めっずらし、仁王がもういる」

 丸井が目を見開いて驚いている。
 気持ちはわからなくもない。

「・・・指差すほど驚くことでもないじゃろ」

 反論、というほど気持ちが篭っているものでもなかったが、一応そう返した仁王の言葉などもう聞いていない丸井は荷物を適当に放り投げるとロッカーの方へと近づいていく。ガタガタと音を立てながら何やら探し物を始めた奴の位置がいつもと違って顔を上げて見ていると、同じ事を思っているらしい仁王が資料を分けていた手を止め、一度俺を見てから丸井に声をかけた。

「何しとるん、そこ、自分のロッカーじゃなか」
「あー?頼まれたんだよ、至急持ってきてくれると助かりますって」

 昨日下校時刻に間に合わなくて社会科準備室の鍵返し忘れたらしいよ、と丸井はそこでロッカーの扉を閉めた。お目当てのものは見つかったようだ。ああか、とやっとそこで気づいた俺に、丸井は「誰だと思ってたんだよ?」と呆れ顔だ。
 バタバタと部室から出ていく丸井を見送る。まったく慌ただしい。間に合うように戻って来るのだろうかとあまり信用していない口調で思わず呟いて再び資料に向き直ろうとしたところで手を止めた。

「なあ、真田」

 仁王が先ほど丸井が出て行った扉を見つめたまま無表情に言う。





「あのロッカーって、」





 次の言葉は元気よく部室に入ってきた赤也によって遮られ、結局何が言いたかったのかわからなかった。
 それでも何となく想像がついて、「とりあえず、だ」と言ってみたが、仁王は聞いていないようだった。





 

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真田って難しいよね・・・。

09年11月26日


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