あまりに、普通に。






Side 丸井ブン太




 そういうわけで今日から少しお手伝いをさせていただきます、です、よろしくお願いします。

 自由奔放な後輩が連れてきた、彼より頭一つ分小さな少女は、普段からにこりともしない真田の隣でびっくりするほど綺麗に笑って頭を下げた。



 幸村の代わりに部長代理を務める真田の、練習前の有難い説教をいつも通り聞いてなんかいなかった俺は、気づけば耳に届く声が高いものに変わっていて驚いて顔をあげた。一瞬真田が発しているのかと思ってそれはもう心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥ったけど、そういうわけではないことに安心する。
 安堵して、それからまた驚き。



 知らない女が1人。



 隣でいつも通り生真面目に真田の有難い説教を聞いていたらしいジャッカルに「いつからここは女子部も兼ねるようになったんだよ?」と問えば、呆れながらも「諸々の事情があって今日から関東大会までの間マネージャーをしてくださる2年生のさんだ」と情報をくれた。後ろの柳が付け足した情報に因れば赤也のクラスメイトで、かつ彼の想い人らしいことを知る。これはあとで色々使えそうな情報だ。とりあえずジャッカルと柳に礼を言って、なんとか情報処理を終えようと必死で頭を回転させてみるものの、何しろ情報が少なすぎる。ジャッカルは面倒臭がってかなりの部分を端折ったとみた、聞いてない俺が悪いと言えばそれまでだけど。

「おーなるほどなるほど、ついに肥溜めみたいだったここにも華が咲いたんじゃな」

 俺が1人で唸っていたら、斜め後ろに居た仁王が唐突にそう言った。いつも通りやる気のない顔でやる気がなさそうに立っている。

「とりあえず仁王、お前何もわかってないだろ」
「そういう丸井も理解できていないと俺は思うんだが?」
「そりゃ誰だって真田の有り難いお説教の最中に可愛い女の子が出てくるとは思わないっつの、柳、お前知ってたな?」

 最前列で今しがた自己紹介を終えたらしい彼女に目を向ける。

 ぱっと見はどこにでもいそうな少女だった。適度な長さに短くされたスカートから覗く足は大体の最近の女の子と同じように白く細い。髪型も特に特徴あるものではなく、なんというかあれだ、垢抜けた感じ。赤也が彼女を好きになった理由は外見じゃあないんだろうな、と思う。可愛いけれど、取り立てて騒ぐほど美人でもない。

「何じろじろ見てんじゃ、ブン太。やーらしー」
「うっせー、そーゆーんじゃねえっつの」

 仁王がふうんと呟きながら既に違う方を見ていた。あいつを理解すんのって、ほんと無理だと思う。俺だったらダブルスのパートナーだって御免被りたい。柳生を見る、「?なんです?」「いや、すげーな、柳生って」柳生はひどく不快そうな顔をした。










 部活を終えて疲れた体を引きずるようにして部室に一番に戻ると、扉の横にさんがいた。一番とは言っても、レギュラー以外はとっくに帰ってしまったから、もう日没から大分時間は経過している。確か今日は部活に参加しなくていいから帰るように真田から言われていたはずだ。ゆっくりと近づいて「何してんのー?」と声をかけると、彼女は少しもたげていた頭を上げた。

「あ、丸井先輩、お疲れ様です。ちょっと真田先輩に用事があって」
「用事って?」
「時間がある時でいいって言われたんですけど、今日は特に予定もなかったので皆さんの今までの試合結果に目を通していたんです。真田先輩の個人的な資料みたいだったので、お返ししようと思って」
「今までの・・・・・って、それ相当あんじゃん!」
「そうでもないですよ」

 さんは笑った。



 あ、これは惚れるな。



 赤也の気持ちが少しわかった。それでも俺には合わないことくらいよくわかっているのでだからどうこうというわけではないけど。
 先輩片付け!赤也が何か怖い顔をして近づいてくる。俺はテキトーにうんごめんねーと流しながら部室の扉を開けた。「中入れば?」とさんを促すと、ありがとうございます大丈夫です、とまた笑う。
 ここでそうやって遠慮できる中二はそうそういない。ありがとうございますがまず出てくることが何より驚きだ。英語の授業ではよく聞く受け答えだけど、日本人の中学生はあまり使わない。

「あれっ、、なにしてんの?」

 もしもここが漫画の中の世界だったら、多分赤也についた効果音は、ぱあああっ、とかいう満面の笑顔につけられるあれだ。普段から笑顔を振り撒く奴だから、それを上回る笑顔っていうのはつまり大分にこやかだってことだ。

「真田副部長ならまだだよ、今顧問のとこ」
「そっか、じゃあもうちょっとここで待たせてもらってもいいかな」
「えー、中に入りなよ、こんなとこに一人とか!」
「そーだよ入りゃいいのに」
「けど、着替えるんですよね?」

 だから入れないですよ、はにかんで笑うから、うっかり赤也と二人で妙に顔を伏せる羽目になった。
 それじゃせめて真田帰ってくるまで一緒に外にいようぜと少し離れたところにあるベンチを指差してそこへ向かう。「丸井先輩ちょーかっこいー!」茶化すように叫んだ赤也の声で、何かを言いかけたさんの透き通るような声は掻き消される。足をはらって、赤也を羽交い締めにしながら未だに扉の横で困ったように俺達を見ているさんを呼ぶ。

 もう一度はにかんで、彼女はゆっくりとやってくる。

「良い子じゃん」
「あ、だめっすよ手出さないでください、丸井先輩と仁王先輩には言っとかなきゃって思ってたんすよ!先輩にはもったいねー!」
「お前の場合もったいねーなんてもんじゃねーけどなっ」



 あははとさんが笑った。



 

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テニス強化したい。

09年08月01日


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