偽善者という言葉がよく似合う、少女だった。











 初めて、彼らが彼女に会ったのは、県大会も間近にせまった、春と夏の境目の時期だった。
 彼らというのは、全国大会3連覇を目指す、立海大付属中テニス部のことで、彼女とは彼らの通う中学の、ただの生徒のことだ。陳腐な言葉で飾るのならば、あの人数の中で、彼らと彼女が出会ったのは運命だったのかもしれない。
 彼らの中に彼女がすっぽりと、ちょうどパズルのピースが当てはまるように入ったのは、おそらく彼らが一箇所欠けていたからなのだろう。


 彼女はちょうど真ん中の学年で、その欠けた本人のことはかけらも知らなかったけれど。


 彼女は何か、特別なことをやっていたわけではなかった。
 生徒会をやっていたわけでもないし、何か委員会をやっていたわけでもない。
 部活動に所属していたわけでもなければ、彼らのうちの誰かと同じクラスというわけでもなかった。ただ、彼らに少し、関係のある生徒と、同じクラスだっただけだ。しかしそれは何の意味も成さない。










 彼らが初めて彼女を間接的に知ったのは、県大会まであとちょうど3週間という時だった。
 彼らのうちの一人が、カラオケに行きたいと言い出したのがきっかけ。



 何の変哲もない、ただの中学生の望みから。



 もちろん彼らのうちの全員が賛同したわけではなかった。
 けれど、過半数が言い出した一人に同意して、学校から5〜6分で辿りつく、立海大付属中生御用達のカラオケルームへ向かうことになった。

 そこに着いて、発案者は受付を済ます。
 渡された番号の部屋にぞろぞろと向かった。
 途中ですれ違った、付属生。



 彼女たちが、彼女を知っている者だった。



 彼らの中の一人、一番後ろから付いて行っていた少年が、何となく、彼女たちの話を聞いた。通り過ぎる時に話していた内容は、どこでも聞けるような、昨日のTV番組の話だった。彼はさして興味を示す風でもなく、そこを通り過ぎる。通り過ぎたと思ったら、彼らの先頭にたっていた少年が折り返してきた。階を間違えたらしい。仕方なく、彼らは元きた廊下を引き返すはめになった。たまたま近くにエレベーターという便利なものがあったのでそれに乗ることになった。
 エレベーターの扉の前には、先ほどすれ違った彼女たちが先客として並んでいた。

 特に気にすることでもない。
 エレベーターが他人と一緒になるなんて、よくあること。
 そして他人の会話が耳に入るなんて、至極当然当たり前。



 だから彼らは当たり前のように、彼女たちの会話を耳にすることになる。



 といっても、彼らとて黙っていたわけではない。
 黙って話を聞いていたのは2人ほど。その2人だって、彼女たちの話を聞くために黙っていたわけでないのは普通のこと。もちろん彼らの話に聞き手として参加していたのだ。

 聞き手のうちの1人の扉に向かって左側に立っていた少年。
 先ほど、一番後ろで歩いていた、あの少年。
 彼が、たまたま、本当にただの偶然で、彼女たちの話を耳に挟むことになる。

 彼女たちは、その年頃の女の子なら誰でもするような会話をしていた。
 一番よくある恋愛関係の話ではなくて、友達との関係についての話だったけれど。



 友人関係の話だったからこそ、彼は彼女を間接的に知ることになる。



 彼女たちは1人の少女について話していた。
 もちろん、彼女のことである。
 彼にとって別に、なんでもない話だ。知らない少女たちの、友人の話なんて。ただ、エレベーターが彼女たちの目的の階に着く直前に言った言葉の内容が、少し、気になった。
 ただ、なんとなく。


 ―あの子のこと嫌いな人なんて絶対にいないよね―


 彼女たちのうちの1人はそう言い、他の人たちもそれに同意した。同意した所でちょうど扉が開き、彼女たちは笑いながら、出ていった。彼らの向かう階は、彼女たちの1つ上。

 まだ、箱の中に取り残されたままだ。

 話を聞いた彼は非常に不快な気分になった。
 彼本人にもわからない。
 とにかく、最後に聞いた会話が、非常に気に入らなかったらしかった。

 目的の階へ着き、エレベーターから出る際に、彼はたまたま彼の目の前にいた少年に、万人から好かれる人間がいると思うかどうか聞いた。聞かれた少年は、少し眉を上にあげ、この世に一体何人いると思っているのか、というようなことを彼に言った。それは、いるわけがない、という意味なのか、と聞いた少年が問うと、当たり前だ、という趣旨の答えが返ってきた。



 彼は満足したらしい。



 その日はそれ以降、彼は彼女のことを考えなかった。










 彼らのうちの一人が、彼女を間接的に知ったあの日から、1週間たったある日のこと。
 彼らの中で唯一彼女と同じ学年である少年が、彼女の話を持ち出した。

 話というのはどこにでもありそうな内容で、誰もがよく聞いたことのある話だった。



 困っていたら助けてくれた、などという。



 どうやらその少年は、その日教科書を忘れたらしかった。いつもなら、隣の人に見せてもらい、その場を乗り切るらしいのだが、その教科の先生はわけが違った。忘れ物をすると最初の20分正座という、古典的な罰を与えるらしい。
 彼は焦った。
 そして忘れたものを考え、さらに焦った。



 忘れたのは教科書というより、問題集と呼ばれるもので、その日、提出しなければならなかったからだ。



 借りたとしても、それを提出できるわけがない。隣のクラスの友人に、貸してくれと頼んでから気づいたのだ。案の定その友人は即答でその申し出を断った。彼もそこは潔く諦めようと思ったらしい。頭を抱えてその場を去ろうとした。



 そこへ1人の少女。



 それが彼女である。



 彼女は当たり前のように問題集を彼に差し出した。さすがの彼も驚き、その場で目を開いて立ち止まった。提出しなければならないから、借りることはできないと断ると彼女はそれなら何の問題もないと言った。
 彼はきょとんと彼女を見る。
 彼女は笑いながら、今回は、初めての提出だから、名前さえ変えれば、大丈夫、と言った。



 ―後で、君の問題集、ちゃんと持ってきてね。―



 よくある、親切な少女の話だ。
 だが、彼は見事に彼女にはまってしまったらしかった。彼の話を聞いていた他の少年たちはは、彼の意見を聞いてただ笑っただけだった。ノロケ話?と誰かが言った。

 そこで、部活動開始の合図が告げられ、話は一旦、打ち切ることになる。










 彼らのうちの一人に彼女が気に入られてしまったことが始まりだった。

 この後、彼女は、彼に何度か話しかけられ、

 県大会3日前、

 彼女は彼らと初めて出会った。

 別に何てことはない出会いだった。

 ぴったりだった。

 たまたま、そこの場が彼女に当てはまった。

 一度はまれば、抜け出すことは難しい。

 彼らは、

 その位置が正しいと、

 信じて疑わなかった。







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前サイトにて挙げていた立海連載序章UP。
お付き合いください。

08年11月16日


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