―あたしにとって和ってさぁ、多分心臓みたいなもんなんだよ―










―第一章:9―











「・・・・・・・・・で?ここで何してんのよ?」

永倉新八は、目覚めて一番、視界に入った塊にそう言った。
しかしそれは何の反応も示さずにそこから動こうとすらしない。

「ちょっと!聞いてんの!?」

布団を被って丸まっているその物体からべりっと隠れ蓑になっている物を引き剥がす。
完全に取り去る前に、しっかりと布団の端を握られた。くい、とそれをひっぱられた感覚に永倉は溜息をつく。



「・・・・・・・・。」



諭すように声をかけると初めては反応した。もそもそとゆっくりとした動きで顔をあげる。
げ、永倉はそんな声を思わず発した。そうしてしまう程、の顔は情けなかったのだ。
永倉のその反応に、はむ、と口を尖らす。再びがばりと布団を被ってしまった。

。口で言ってくれなきゃわからないよ。」

丸まったに背を預ける形で永倉は言う。
朝の稽古を終えたらしい道場の生徒達が、ありがとうございました!と元気よく帰っていくのがわかる。
障子越しに入って来る太陽の光を見上げるように顔をあげる。
立ち上がって障子を開け放した。

思った通り、快晴だ。

「ほら、起きてごらん。快晴だよ、の好きな。」

永倉がそう言ってを振り返っても、相変わらず丸まったまま動こうともしない。諦めて、このまま放って遅い朝餉を頂戴しに行こうと足を廊下に踏み出した所で、こちらを睨むに気付いた。
仕方なしに、進みかけた体を元に戻す。

「何。」
「相談したいことがある。」
「遅い!」

の頭を平手打ちするとぺちりという良い音がした。何も詰まっていない木箱を叩いた時の音に近い。
面白がって何度も叩いていると、さすがに牽制を受けた。

「お前・・・今なんかすごい失礼なこと考えながら殴ってただろ!」
「うん。」
「否定は!?」

がばりと反撃しようと起き上がったのを見逃さない。
から布団を今度こそ完全に引き剥がして部屋の隅に投げ捨てた。
何すんだよ!という非難の声が聞こえてくるが知らないふりをする。布団を取りに行こうと歩き出したの足をひっかけると、見事に受け身すらも取れずに不様な格好のまま畳の上にべしゃりと沈んだ。ぎしり、畳の軋む音がする。

「・・・・っにすんだよ女の子に!」
「え?何?よく聞こえないけど?」

はいはーい座るー、無理矢理をその場に正座させる。反論しようと身を乗り出しながら口を開いたを、目で制した。

うん、俺、とりあえず目力は落ちてないみたいね。

1人納得しながら永倉もの前に正座した。

「で、相談したいことって?」

ほとんど予想がついていたが、敢えて永倉はそれをに聞いた。
言いにくそうにしばらく口を開けたり閉じたりを繰り返したあと、はゆっくりと言葉を出す。

「・・・・京都、あたしも、行こうかなって?」
「疑問系なわけね。」
「あーもう!いちいち突っかかってくんなよ!行くの!」
「なんでそう思ったの?突然だね。」

そう言えば、予想通り、はぷいとそっぽを向いて拗ねてしまう。
もこれくらいわかりやすければいいのに、と永倉はそんなことを考えてしまう自分に苦笑した。
大方総司あたりだろうな、とやたらの剣の腕が立つ友人を思い描いた。オプションで思い描いた沖田の隣に原田も浮かんでくるが、こちらはすぐに消え、代わりに藤堂がその位置についた。

平助はあんまり役に立ってないだろうけど。

「それで?京行きはもう心に決めたさんがこんなところに一体なんの御相談ですか?」

もう一度、わかりきったことをわざとらしく聞くと、あからさまには不愉快そうな顔をした。

「永倉ってそういう言い方するやつだったか?もっと優しかったイメージあんだけど。」
「それは最初だからでしょー、いいから、早く。」

俺だって暇じゃないのヨ?そう言いながら立ち上がって寝具の片付けを始めた。先程隅に投げ捨てた布団を持ってくるようにに言う。なんであたしが、とかなんとかぶつくさと文句を言いながらも、それを持ってきてくれた。
結局はそういう子だ。







「・・・・は、あたしが行くの、嫌がるかな。」







ふいに、こぼれ落ちるようにその言葉がの口から吐き出される。
永倉は布団を押し入れに入れていた手をぴたりと止めた。しばらくぼんやりとそのまま制止していたが、思い出したように慌てて、布団を中にしまう。
それからゆっくりと、本当に静かな動きでを振り返り、先程と同じように目の前に座る。

「なんで、そう思ったのよ?」

ぎゅ、と口を結ぶをみて、永倉は、あ、これはだめだ、と瞬時にそう思った。
の意志をほんのちょっとだけ動かすのも、かなりの労力と経験が必要になるが、がこうなると、さらに面倒なことは、彼が一番知っている。
が口を結んでしまうことはよくあることだけれど、人の目を見てそうなってしまうと厄介なのだ。

「・・・・も俺んとこに来たよ。」

あの質問の仕方がダメならば、違う方向から試みてみるしかない。それも、答えを直接聞くようなことはせずに、断片的に。

は別に、の意見を否定したりはしなかったでしょ?あの子は、に対して反対することは、絶対にないよ。」
「・・・・・・そんなんわかんないじゃん。」
「あのね・・・・。」

よほど、あの話し合いの時のの反応が効いたらしい。
の意見に賛成しなかったことなど、確かに今まで一度もなかった。それは永倉が彼女たちに出会ってからの話だけれど、それでも十分わかることだ。

は、に京行きを強制したりはしなかったでしょ?今までは、が言えばそれについてきていたし、自身、それが一番だと思ってたからね。だからこそ、今回はとは反対の意見を取った。」

そんな言葉がすらすらと出て来ることに、永倉が一番驚いていた。何を知っているというわけでもないし、はそんなことを言わなかったけれど、それでもこう言うことは間違いではないと、そう確信できる。
その話の真実など、今はどうでもよかった。ただ、を立ち上がらせることだけを考えればいい。の次に一番長くと一緒にいたのは、紛れも無く自分であるから、彼女に今必要な言葉くらい、いくらでも出て来るのだ。
最悪だな、と思いながらも目を見開いてびっくりしたように固まっているに、永倉はさらに続けた。

にとってはなくてはならない存在だから、について行くことにはなんの疑問も持たなかった。だけどは?にとって自分って?」
「は?そんなん言うまでもないだろ!それに大体、依存してるのはあたしの方だって皆もしょっちゅう言ってんじゃんか。」

何を言っているのかわからないとでも言いたそうな顔では永倉を見つめている。
に必要な言葉と言うよりも、自分に言い聞かせるための言葉なんじゃないかと気付いて思わず笑いが出そうになる。
が賛成しなかった理由が、そうであって欲しかった。

「反対取って、あっさりが離れていってしまうかもしれない、とでも思ったんじゃないの?」

一種の賭けだね、と永倉は最後に付け足した。

きっと、はもちろんそう思っていた部分もあったことは間違い無い。だけど。
そこまで考えて永倉は思考回路にストップをかけた。考えたって、人の心なんてわからない。

はぽかんと口を開けたまま永倉の顔を凝視している。
あと5秒くらいしたら叫び出すかな、と彼は冷静にそんなことを考えていた。
でもこれで、立ち直るはずだ。



「・・・・・・んなわけないだろ!!!!」



案の定、きっかり5秒後には立ち上がって上から詰め寄るように永倉に向かって叫んでいた。
さすがに驚いたらしい彼は、思わず少し後ずさる。

「大体!結局京行きを決めてるわけだし!あたしがから離れるとか!ありえない!」

吠えていると言った方が正しいのではないかと思うような声量だ。下げてくれと言ってもおそらく彼女の耳には届かないだろう。

「・・・だったら、それをにも言ってあげないと、伝わらないでしょ?」

気押されたままの状態で、永倉はに言う。
ぴたりとは動きを止めて、決まりが悪そうに目線を逸らしながら廊下の方へ歩いていった。

「・・・・やっぱ関係は永倉だなー。」

ほんとは昨日沖田と藤堂にも背中押してもらったんだけど、なんかもの足りなくて。

はにかんだように笑いながらは言い、両手を可能な限り目一杯広げて伸びをする。
雲1つなく、見事に晴れ渡った空を仰ぎ見ながら、は思いっきり深呼吸をした。この部屋に来た時とは見違える程の、清々しい笑顔だ。

そんな彼女を、永倉は眩しそうに見つめていた。










は、と一緒に居たいんだろ?それを、一番に望んでいるんじゃないの?』










この間そう尋ねた時に、振り返ったは、驚いたように目を見開いていた。




 
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07年07月28日

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