――生きる意味とか、そういうのいらないと思ってたよ。

彼女は小さく、笑った。










―第一章:10―











いやいやいやちょっと待て落ち着け俺なんでコイツがここにいんだ昨日は確か勇さんと飲んでそれから割と夜遅くまで起きてて明け方頃にようやく寝てその時確かに俺は1人だったはずっつーかなんだ待て待てここは俺の部屋だよな!?

土方歳三は混乱していた。
前述の通り明け方頃に眠った彼はもちろん早起きなどできるはずもなく、お天道様も大分高いところまで昇った時刻に、ようやく目を開けた。

横を見た。

少女がいた。

気持ち良さそうに眠っている。





「・・・





とりあえず少女の名を呼んではみるものの目を覚ます気配はまるでない。揺すってみるとものすごい勢いでその手を払われ、仕返しとばかりに掛け布団を頭から被せて沈めてみると、なんだか変な声が聞こえてきた。
薄山吹色の掛け布団からゆっくりと手を放す。なにすんだよ!てっきりそんな声と共にが出てくると思ったのに、一向にそんな気配を見せない。不思議に思ってめくってみると、こちらをギロリと睨む目が二つ光っていた。

どこぞの憑き物かお前は。

「・・・・・、何したいんだお前。総司と違って俺には怪談もので喜ぶ趣味はないぞ」
「・・・土方さん、にお話したいことがちょろっとありまして」
「っなら!まず!そっから出てこい!」

自分で被せておいて何なのだが、とにかく土方は力任せに掛け布団をから剥いだ。今度こそほとんど悲鳴に近い非難の声があがったが、知ったことではない。女には困ったことがなく様々な女性を知っているつもりである土方でさえ、正直このだけは理解ができない。連れのもなかなか不思議な少女ではあるものの、ほどではないと言い切れる。女かどうか疑いたくなるような人種は初めてだった。綺麗な大人の女性ならば喜んで迎え入れたいが、十も年が違えば頭を抱えたくもなる。

「っつかてめぇは何ちゃっかり俺の布団に紛れこんでんだ!」
「土方さんが起きないからだよっ!寒さと眠さに耐えられなくなって気が付いたらもぐりこんでたんだから仕様がないだろっ!」

ぎゃあぎゃあと喚きたてる少女をリーチの長い右手一つで取り押さえた。せっかくの綺麗な長い黒髪が、お互いぐしゃぐしゃになっている。力では適わないことを悟ったのか、動きを止めておとなしくなったに土方は目を向けた。高く上った太陽の光にあたって、伏し目がちな目の下に長い睫毛の影を作る。黙っていれば美しいのに、と土方は口惜しがりながらため息を吐いた。
ゆっくりと畳に押さえ付けていたの肩から手を放す。はすぐに飛び上がったりはせずに、一呼吸分置いてからまず顔を上げ、それから体を引きずるようにして持ち上げた。

「で?何だって?」

の目を見据え、しかしどことなくけだるそうに土方は煙管を取り出すとコンコンとの額を軽く叩く。さらりと揺れた前髪の奥に見える瞳が怯えているようで、一瞬面を食らった。いつだって強気に猪突猛進な彼女がそんな目を見せるとは思ってもみなかったからだ。永倉にならまだしも、まして自分になんて。
きゅ、と真一文字に結ばれた形の良い薄い唇が開かれるまで、少しだけ時間がかかったが、土方が予測していたほどではなかった。どうやら永倉あたりにでも励ましてもらってから来たらしい。





「京都、あたしたちも連れていって欲しい」





ああやはりな、妙に冷めたような感覚が自分の中にあるのを、土方は特に驚くわけでもなく感じていた。
は京都行きを渇望しているわけではなかったけれど、の方はどうやらそういうわけではないらしいことはここ数日の空気を見ればこどもだってわかるだろう。

「いつ、発つんだ?」
「三日後だな」

そうかと言って正座するを、土方は在りし日の光景と重ねて見ていた。そう、確かあの時もはほとんど無に近い表情でぼんやりと何もないところを見つめていた。ついこの間のような気もするけれど、あれからもう一年も経つのかとなんだか不思議な気分だった。

京都で何が待ち受けているかわからない。それこそ命の保障だってないけれど、そんな光さえもないような道を選んだのは自身なのだから、せめてそれに答えるくらいのことはしてやろうと土方はそう考えて微かに笑った。

「必ず、お前らを呼んでやるよ。勇さんを、頭にしてからな」

しばらく動かなかったは、土方に向き直るとゆっくりと頭を下げた。










「お待ちしています」










くノ一として生きることを覚悟した、目だった。



 
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08年06月16日

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