――どこで、間違ったんでしょうね。 そう彼は笑ったけど、多分、全部わかっていた。 雨、快晴。―第二章:1― バタバタと慌しい一日だった。 京都への出発を明日に控えた試衛館のメンバーは、どこかそわそわと落ち着きがなく、何かをしていないと落ち着かないらしい。その中で意外にも落ち着いていたのは藤堂で、のんびりと庭で日向ぼっこをしていたり、縁側に寝転んで誰かと他愛もない話をしていた。それとは対照的に、何かしらの準備に追われるように忙しなく行ったり来たりを繰り返していたのは山南で、心配性な彼の性格を体現しているようだ。 沖田はそんなメンバーの様子を、にこにことした表情で見つめている。土方に「笑ってねえでお前も手伝え!」と説教されるも気にしない。「私の準備は万端ですからいいんですー」と、特に準備をしている様子は見られなかった。 だがしかし何回目かの土方の雷が落ちたところで、とうとう近藤勇にまでもお咎めを食らい、そこでようやく腰をあげた。近藤から渡された小さな紙切れには何やら小間物や食料の名が連ねてある。買い物を頼まれたのだ。後ろ手で上着を手繰り寄せると、沖田はいってきますと試衛館を出た。 「沖田じゃん、何してんの?」 食料はきっと邪魔になるからと、先に立ち寄った小間物屋の軒先でくるりと振り返ったのは、見慣れた女性――だった。動きにくいからと普段は滅多に付けない綺麗な帯を身につけていて、雰囲気が違う。無造作に編みこまれている普段の髪型と違って、髪も綺麗に結い上げられていた。そんなの様子に、沖田は一瞬たじろいでしまう。 「・・・・ちょっとお遣いです。こそ、はどうしたんです?一緒じゃないんですか?」 「は隣にいるよ。なんか欲しいもんがあるんだってさ」 「そうですか。でも、よかったです」 「何が?」 「仲直り、できたみたいですから」 沖田のその言葉を受けて、はバツが悪そうにふいと視線を逸らしてしまう。それでも、心底納得がいかないみたいな顔をしていたけれどそれでも、悪かったな、とぼそりと呟いた。いーえ、と沖田は笑って、の頭を撫でる。挙がった抗議の声は、もちろんなかったことにした。 京都行きを巡って勃発していたとの喧嘩――のようなものは、ハラハラと見守ることしかできなかった試衛館メンバーの心配を他所に、気が付けば終息していた。結局京都へ行くことになったのかどうなのか沖田を含めほとんどが知らされていないけれど、二人の表情から、きっと彼女たちは京へ向かう決心が着いたのだろう、と何となく皆そう感じている。 さらさらと揺れる前髪の奥の眼は前よりもずっと意思が強くて、沖田を含め、彼女たちを心配していた者たちは、随分と安心したのだった。 「ところで」 「んー?」 「少し、時間はありますか?」 沖田と連れ立ってがやってきたのは、小さな空き地だった。いつもは子どもたちで賑わっているのだけれど今日はいない。見世物屋が近くに来ていると誰かが騒いでいた。きっと親にせがんで連れていってもらっているのだろう。 「なんだか久々だなーここ来るのも」 「そうですねえ、前はよく来てたんですけどね。それで、はよく泣いて」 「黙れ今すぐその口を閉じろ!」 試衛館に来たばかりのころ、よくはこの空き地の隅で泣いていた。ホームシックなのかそれともただ単に暮らしの変化についていけず戸惑いがあったのか、そこのところはよく知らない。ただ、沖田は永倉が重いため息をつきながら迎えに行こうとするのを何度も見送っていた。 一度だけ、沖田自身もここへを追ってきたことがある。 「・・・・明日だな」 隅にある大きな岩に腰掛けて、沈んでいく夕日を見遣りながらはいつもよりも小さな声で言う。 その横顔は不安が少しだけにじみ出ていた。 「さみしいですか?」 沖田も、夕焼けと、夕焼け色に染まる町を眺めながら、ひとつひとつの音を丁寧に舌にのせる。隣でが、少しだけ反応をしてみせたけれど、それには敢えて触れなかった。 「・・・・さあ」 「あはは、素直じゃないですね」 「うっさいな!そういう沖田だってそうなんじゃないのかよ」 「さみしいですよ。すごく」 さらりとの吐き出せなかった言葉を言えば、思いっきり肘で小突かれた。なかなか強い力である。 素直じゃないにこれをあげます、と沖田が取り出したのは、綺麗な飴細工のような簪だった。先ほどの小間物屋で、が何気なく見ていたものである。 真っ赤で綺麗なガラス玉が、夕日に反射してきらりと光る。 「さみしくなったらこれで私を思い出してくださいね」 「・・・・気が向いたらな。っていうか、こんな可愛いもの、はともかくあたしには似合わないと思うんだけど」 「似合いますよ。個人的な意見ですけれど、の髪色よりも、の髪色によく映える色だと思ったから買ったんです」 ふいと顔を背けて、とりあえずもらっとくありがとう、なんて言ったの頬は、夕焼けと同じように赤く染まっていた。それを見て、沖田は満足そうに微笑む。 沖田も気づいていることだけれど、さみしいかさみしくないかと言えば、もちろんだってさみしかった。というよりも、たちの面倒をよく見てくれたほとんどのメンバーが揃って京都に行ってしまうのだから、沖田たちよりもずっとの方がその気持ちは大きかった。ましてや、今まで自分たちと共に過ごしてくれた永倉もいなくなってしまう。不安だった。 ただ、 がいるから。 「いいんじゃないですか?」 ふいに身体が傾くのを感じて、は一瞬何が起こったのか上手く理解ができなかった。何てことはない、ただ沖田がを自分の方へ寄せただけなのだけれど。 「・・・・沖、」 「いいじゃないですか、さみしいって言ってください」 「・・・・」 「だけじゃなくったって、いいんじゃないですか」 常々、思っていたことがある。 試衛館に初めてやってきたときからずっと、はただひたすらに何かに必死で。に比べて感情も豊かで表情もころころと変わるし毎日大きな声で笑ってはいるのだけれど、それと同じくらい何かに耐えているようにも見えた。 制約。 自分自身に、何か鎖を巻きつけている。 彼女を見て思い出すのは、幼い頃に、沖田自身が巻き付けた、強固な鎖。 絆。 「・・・・沖田ってさあ、何か大切なもんってあんの?」 「もちろん、ありますよ。絶対に譲れないものがあります」 「なら、聞くな」 野暮なこと聞くんじゃねえよ、とやっぱり視線は壮大な夕焼けに向けたままはそれこそ消え入りそうな声で言った。 ゆっくりと、一日が終わりに向かっていく。 この、日野の地で、今を共に生きる人たちと過ごすのは、最後の夜になるかもしれない。沖田もも、おそらく同じことを思っていて、だからと焦る気持ちに、この時はお互い何も言わなかった。 大切なものは、ひとつだけと決めたから。 ただ、後になって振り返った時に、決定的に道を間違えたとしたらこの時だと思うのだけれど、時とは残酷なもので、この時の二人には、どう足掻いても他の選択肢を選ぶことはできなかった。 ← → +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 拍手でPMの感想をいただいたので。なんて単純! っていうか・・・・更新約2年ぶり・・・・さすがにびびった・・・・頑張ろう・・・・。 10年05月09日 |