ー私にとって生きるっていうのはそういう事なんだー 雨、快晴。―第一章:7― 先程まで晴れていたのが嘘のように、空は、鉛色した雲におおわれていた。 東の空にはまだ沈み切っていない太陽が強烈に光りを放っていて、雲はより無気味な色をしている。 は障子を思いっきり閉めた。視界に入っていた空は綺麗に遮断される。 ごろん、と畳の上に遠慮なく倒れ込んだ。 まだ、興奮の収まっていない脳で、先程の言葉を繰り返す。 「簡単に言ってくれるよなぁ・・・・。」 誰に言うわけでもなくそう呟く。 土方や永倉沖田の話によると、たちも京都に行けるらしかった。 もちろん、遊びや旅行ではなく、仕事として、だ。 は別段、京都に行きたいと思ったわけではなかった。 大体、今回のその募集は将軍が京都に下るので、その護衛をするものはいないか、というものだ。 女性である自分たちが行くのは明らかにおかしい。 彼等曰く、たちには十分な実力がある、ということらしいが、はそう思わない。 それに、例えばはそうだとしても、自分の本業はくノ一だ。 どうやって将軍様を守れと。 とにかくはそこまでして京都に行きたいわけではない。 永倉たちと別れるのは確かに寂しいけれど、これが今生の別れになるわけじゃぁない。 ただ、どうやらは行きたいらしかった。 そうなれば話は別だ。 一人、そんな野郎共にまかせておくわけにはいかない。 しかしそれは建て前で、ただは彼女に置いていかれるのが嫌だった。 けれど、だからと言ってついて行くのが得策だとは思わない。 「・・・・・・・弱いなぁ・・・・・。」 そう言って、先程にのとのやりとりを思い出す。 はもともと自分の感情を表に出すタイプではない。 今回のことも本人が行きたいと言ったわけではない。 けれど、が行かなくてもいいよな?と聞いた時、彼女は首を縦に振らなかった。 驚いた。 基本的にはの言ったことに首を横に振ることはない。 がそういう子だということも、自身が他人よりも我侭なのだということは、が一番よくわかっていた。 だからが黙ってを見たまま動かなかったのを見て、は本当に驚いた。 は感情を表には出さないけれど、その中に秘められた意志の強さは、想像できないほど強いのだ。 一度、逆らってしまったら、意見を変えることは決してない。 例えその相手がだったとしても、だ。 別に、がに従わなかったから、ショックだったわけではない。 がではなく永倉を選んだことに対して、ショックを受けたのだ。 でもだからこそ、京都行きが、の中でとても重要な出来事なのだという事がわかった。 自分にはわからない何かが、にはあるらしい。 「何だよ・・・・それ・・・・。」 誰もいない部屋でそう言っても、返事など返ってくるわけもなく。 すっかり暗くなった空に、遮断する障害物をすり抜けて、飲み込まれていった。 「がまさかあそこで黙るとは思わなかったな。」 隣に座る少女を見て、永倉は言った。 は相変わらず黙ったままで、膝の上に置かれた手を見つめ、俯き、顔をあげようともしない。 永倉はまた、困ったように小さく笑った。 あの後結局、当たり前だがたちは自分で結論を出すということになり、話し合いはそこで一旦お開きとなった。 は怒ったような表情を浮かべ、一番に部屋を出て行った。 いつもなら迷わず追い掛けるは座ったまま動こうとはせず。 沖田と永倉は顔を合わせ、その後永倉は溜息をついて立ち上がり、の手を引き、部屋を出た。 縁側に投げ出した足に小さな水滴があたり、空を見上げると、雨が降り出し始めていた。 ぼんやりとその雨を見つめる。 ぼたぼたと何の統一性もなく降りてくるそれに彼は手を差し出した。 手のひらでびちゃびちゃと崩れていく。 その様子が何となく不吉なものに見えて、出していた手を引っ込めた。 に、濡れるよ、とだけ声をかけ、部屋の中に行く。 ゆっくりと顔をあげ、もその後に続く。 手拭いを渡され、はそれで自分の足を拭いた。 部屋の中をゆっくりと見渡す。 あまりものが置いてなく、殺風景なその様子に、昼、入った時もこんなだったっけ、と首をひねった。 ひねってみても思い出されるのは怖いほどまっすぐだった彼の視線と、目を覚ました時に一番に視界に入った天井だけだった。 仕方なくその思考を断ち切り、永倉の方に向き直る。 そのタイミングをちょうど待っていたかのように、彼は口を開いた。 「は京都に行きたいの?」 わからない、という意味を込めては肩を竦める。 「ここに残りたいとは?」 今度はしっかりと首を横に振る。 そのの様子をみて、彼は、なんでさっきもそうしなかったの、と聞いた。 今度はが困ったように笑う番だった。 「・・・・・に拒絶の反応は見せられない、か。」 そう言われて、彼女は哀しそうに笑った。 「でも別にそれは、拒絶じゃないよ。だっていい加減は自分とは違うんだって自覚しなきゃいけないし。」 それでもはやっぱりただ笑っているだけで。 永倉はいつかと同じように頭を撫でただけだった。 何故だかわからない。 その時は無性に泣きたくなった。 下を向き、唇を噛み締めるを見て永倉も哀しそうな顔をした。 二人とも、泣きはしなかったけれど。 「、一度ちゃんとと話し合っておいで。こればっかりは俺たちじゃどうしようもできないから。」 少し間を空けてはこくんと頷いた。 感謝の意を込めては彼に頭を下げた。 襖の所まで行き、そこでもう一度頭を下げる。 永倉は右手をひらひらとさせ、別にいいよ、とそれだけ言った。 ねぇ、、忘れちゃったの? あの時二人で誓ったのに。 今は足手纏いになるとしてもいつか必ずって。 ねぇ、どうして? 忘れたわけじゃないよね? ならどうして、あなたはあんな事を言ったの? 私は 今まで そのためだけに 生きてきたのに。 耐えて、きたのに。 ← → ++++++++++++++++++++++++++++++++ 08年06月16日 修正 |