あぁ、私の愛した彼はもういないんだ。

蓮の華を見てそう、思った。










―第一章:4―











・・・お礼は?」

差し出されたお茶をぶっきらぼうに受け取ったを見て沖田は半ば呆れながらそう言った。
は横目で沖田を睨んだだけで、一言も発さない。
沖田と藤堂は顔を見合わせてかなわないというように肩をすくめた。

「いいんですよ、勝手にお茶出してきたのは俺ですし。」

そう笑いながら言ったのは伊庭八郎。
伊庭の小天狗の異名を持つ彼は江戸の三大道場のうちの一つ、伊庭道場の跡取り息子で、
沖田や土方をはじめ、試衛館の門下生たちのよき友人でもあった。

が来たいと言ったから連れてきたのに・・・。」

沖田と伊庭の手合いを見た後彼らが招かれたのは客間の奥にあったお座敷。
伊庭は仲の比較的良い友人はここに招き入れてお茶を出す、と決めていた。
だから今こうして沖田を始めと藤堂も伊庭に招かれてここでお茶を頂戴していた。
それなのには。

「もーはさっきから何ふてくされてるんですかー・・・。」

黙っていれば可愛い顔をこれでもかというくらい歪ませて不機嫌オーラを遠慮なくかもしだしたまま
いっこうに顔を皆の方に向けない。

。いくらなんでも失礼ですよ。何か言いたいことがあるのならはっきり言ったらどうです。」

今までよりも凛とした沖田の声が部屋に響く。その声は母親が子供に叱咤する時のようで。
いつだって穏やかな沖田のその様子に藤堂は驚き目を見開いて振り向いた。
それでもはきゅっと口を一文字に閉じたまま、沖田の方を見ようともしない。
一番困っているのは伊庭で、突然機嫌の悪くなった少女を黙って見ているより他なかった。

「・・・・伊庭さんに怒ってるんじゃねぇよ。」

石のように物言わぬ状態であったが、ここへ来て初めて口を開いた。
まず一度彼女が言葉を発したことに驚き、さらに言葉の内容に再度驚く。

「・・・・いやいや、だったら伊庭さんにお礼くらい言わなくちゃぁ。」

そう言って残りのお茶をすすったのは藤堂。
ごちそう様、と伊庭に言い沖田に視線を投げ掛けた。

「そろそろおいとましましょうか。、何か伊庭くんに言うことはありませんか?」
「ごめん。」
「許して差し上げましょう。」

くすくすと小さく笑ながら伊庭は言った。
その美少年と称される彼の笑顔につられて少し、笑った
ここで笑うのかお前は、というつっこみを藤堂は声に出す一歩手前で飲み込んだ。

「また、いらしてくださいね。」





「お前さ、総司に怒ってんだろ。」

帰り道、また口をきかなくなったを見た藤堂は試衛館に戻ると、沖田がいなくなったタイミングを見計らってにそう言った。
はというと驚いた顔で振り向いた。

「何でわかったんだ?」
「お前物にあたるタイプじゃないし、俺怒る理由わかんないし。」



「総司に食客って言われたことっしょ?」



その藤堂の言葉にさらに驚いた顔を見せる
おそらくそんなピンポイントで怒っている理由を充てられるとは思わなかったんだろう。

「別に総司だって特に深い意味を込めて言ったんじゃないと思うよ?
それにをここに連れてきた当の本人の新八っつぁんが食客だって言ってんだしさ。」

少し呆れたように彼は言った。
彼らがいる場所は門から入って、真っ正面にある木の側で、ちょうど木の影に隠れて死角となり、道場からは見えない位置だった。
誰もいないことを確認して、は言う。

「わかってるよ・・・わかってるけど、」

そこで一度、言葉を切る。唇を噛み締めるようにしてはうつむいた。
そんな風に哀しそうに、触れてしまえば一気に崩れ落ちそうなを初めて見た藤堂は正直かなり驚いた。

「何でもないや。ごめんそうだよな、永倉だってそう言ってるんだもんなッ!」

そうかと思えば次にそう言った時にはもうあの影は消えていて。
絶対気のせいなんかではなかったけど、いつもうるさいくらいに、
明るいにあの顔をして欲しくないと、なんとなく思った藤堂はそれ以上追求しなかった。

「まーそーゆーことだから気にすんなよ!」

ぽん、というよりばしんッといった感じで藤堂はの背中を思いっきり一度叩くと、ちょうど門をくぐって帰ってきた原田の方へ走っていった。


「もう、忘れようってと約束したんだけどなぁ・・・。」



「あーもう!うじうじすんの止めッ!」



ぱちんッという今の季節に似合わない乾いた音が、試衛館の土に一度響いて飲み込まれた。







ーただの食客のくせに。ー







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08年06月16日 修正

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