「生きていられるってそんなに幸せなことなのかな。」










―第一章:2―











失いたくないものを失って、守りたいものを守るために。





「・・・・・・・・・は?」

思いっきり、間抜けな声を出した。

「誰それ。伊庭・・・・・八郎?」
「知らないんですか・・・・?」
「まったく。微塵も。」

沖田の驚いた声の質問には自信たっぷりにそう言った。



今やっていること全てを投げ出したくなるようなそんな気温の日だった。
今までのポカポカの陽気が嘘のようにギラギラと射すような太陽の日の光に誰もが目を細めてしまうような。
たとえ一般の人たちが嫌うような気候だったとしても、はそんな気候が大好きだった。
暑くて、一気に気力が奪われていくのに、まだまだ動くことができる自分の身体がどれだけすごい作りになっているかわかるから。ほら、まだ、竹刀を振っていられる。そう言いたくて沖田を振り返ったら。

「伊庭クンもそんなこと言ってましたねぇ。」

の全然知らない人の名前が出てきた。



「伊庭クンですよ?あの有名な剣客の。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どこの誰?それ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

あまりのの知らなさに沖田は絶句してしまった。仮にも一道場に通う門下生(いやもうは住み着いてるけれど)だというのに。どうやらは江戸の三大道場を知らないようだった。

「・・・・江戸の三大道場知ってます?」
「知らないけど。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・いんだよ、私の本業はくノ一なんだからっ!」

そう、の本業は忍だった。色々な事情が折り重なって現在は一道場の門下生として、剣術を磨いているのだが、夜になるとと一緒によく森へ出かけている。
どうやらそこで修行を行っているらしい。女性だけでは危ないから、と永倉や沖田が何度もついていこうとしたのだが、統べて断っていた。
「敵に手の内を見せるわけには行かないからねッ!!」
とかなんとか言っていたのだが実際の所、別の理由があるのだろう。二人もその他の人たちもそれ以上聞こうとはしなかった。
本人が言わない限り、こちらから聞くことはしないでおこう、そんな暗黙のルールがいつのまにか存在しているようだ。

「私のことはおいといて。その伊庭とかいうのが何だって?」
「だから、さっきのと同じことを言っていたな、と思いまして。」

沖田は溜息まじりに言った。
ほんとにむちゃくちゃなんだから・・・・・・。

「へぇ?こんなこと思ってんの私だけかと思ってたんだけど。」
「私だって伊庭クンだけだと思ってましたよ。」

意外そうな顔をして言うに沖田は呆れ顔で言った。空を飛ぶ郭公のヒナ鳥たちを細目で見上げる。

「・・・・・・そう言えば。」

ふと、何かを思い出したように沖田は言った。
空を見上げたままさらに続ける。

「伊庭クンと、似てるかもしれませんねぇ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

いきなりのその話の展開には一瞬動きを止めた。
よくわからないので、とりあえず質問をしてみる。

「誰と誰が似てるって?」
「いやだからと伊庭クンが。」
「・・・・へぇ?初めてだ。人に似てるって言われたの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・顔じゃないですよ?」
「当たり前だろー?こんなに美しい奴が私の他にどこにいるってゆーんだよ。」

三つ編みにされた髪を後ろにはじきながらは言った。
は多分平成の言葉を借りるとナルシストとか言うやつで、本人いわく「自分の美しさを知ってこそ真の美人になれるのだよ」とかなんとか。
が美人であることは否定できないけれど。

「伊庭クンはですねぇー土方サンと仲がいいんですよ。」

の言葉になんて返すべきかしばらく悩んだあと、沖田は話題を変えることを選んで、そう言った。

「はぁ!?土方サンと仲がいいだって?どんな野郎だよ。・・て!!おい沖田・・。」
「はい、何ですか?」
「つまり何だ、あたしはその土方サンと仲良くなっちゃうような変人と似てるってことなのか!?」
「何言ってるんですか。だって土方サンと仲いいでしょう?」
「よくねぇよ!!」

ものすごい剣幕で詰め寄ってくるに驚いて後ずさりながら沖田は言った。
は昔から勝ち気だったから、似たものを感じたのかここにきて初めてしゃべったのも土方だった。
喧嘩ばかりしているけれど、結局の所一番気があっているのは彼なのではないかと思う。

「・・・・ハッ!!」
「は?」

突然何か悪戯でも思い付いたかのような顔では言った。
嫌な予感がした沖田はとりあえずから遠ざかる。

「そんなに言うんならその伊庭って奴に是が非にでもあって見なきゃなぁ?」
「いえ、別にそこまで言ってませんけど。」
「うるさい。つべこべ言うな。よっし沖田今から会いにいくぞ!!ほら!!」

沖田の腕をしっかりと掴み歩き出そうとする

「ちょ・・・伊庭クンにだって都合ってものが・・・・」
「ない。私に似てる奴なら、今暇だ。」

間違えた、伊庭クンとはちっとも似てなかった、沖田がそんなことを思った時にはすでに、は近藤先生に外出の許可を貰っていた。

「よっし行くぞー!!」

思いっきりそう叫ぶ。





青空にこだました。










見たことがないくらい晴れ渡った空。










 
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08年06月16日 修正
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