「あのころが一番幸せだったな・・・・・。」










―第一章:1―












人生なんてほんの短い間だけなのに、その大半を運命という濁流に飲み込まれて散っていくものたちが数多くいる。
今の日本もそんな人たちでひしめいているのだ。

全てを捧げて、散っていく。

彼等も、そうなることをこの時、予測していただろうか。








「沖田ーこれどこに置いとくのー?」

甲高い声ではそう言った。手には竹刀を数本抱えている。
出稽古から帰ってきたばかりなのだろう。汗だくのままここ、「試衛館」の道場に立っている。

にあずけてくださぁい!」

沖田は近藤に今日の稽古の様子を伝えながらそう言った。
十代で免許皆伝、二十代で塾頭になったほどの実力を持つ沖田総司。
彼の実力は試衛館の誰もが認めていた。
そんな彼と一緒に出稽古に出かけていたのが、
腰あたりまである黒髪をおさげにし、白いリボンで結んでいる。

「はいよー」

はそう返事をするとくるりときびすを返し、をさがしにかけて行った。








「あー永倉じゃんー久しぶりー。」

をさがしながら歩いていると、稽古が終わったばかりなのか、永倉新八が顔を洗っているのが見えた。

「・・・・・いや、朝会ったけどね?」
「・・・・・・・・・・・・・知らない?探してんだけどさー見つかんなくて。」
「・・・・・・・思いっきり話そらしたね?」
「ってゆーかよくこんな暑ぃ中稽古なんてやってられるなーお前。」

またもやしっかりと永倉の話をそらし、は着物の袖をまくしあげながらそう言った。

「・・・・・お前、その言葉遣い全然直ってねーじゃん。」
「直す気ねーもん。」
「なんのための出稽古だと思ってんの?」
「剣の腕を磨くため。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

試衛館がいくら小さめの道場だからといって、女も出稽古に回らなければならないほど人員不足なわけではない。が出稽古に出回っているのにはわけがあった。
先程の会話からもわかるように、は言葉遣いがすこぶる悪い。
残念ながら試衛館には女性が、しかいない。はもともとおとなしい性格だし、の言葉遣いを直そうとはしなかった。つまり、の言葉遣いの悪さには歯止めがかかることがないのだ。
見るにみかねた近藤は、に出稽古をさせようと言い出した。
外に出れば自分が女としてこのままじゃまずいと気付くのではないだろうか、そんな考えからだった。
しかし、そう簡単にの言葉遣いは直らなかった。何せ、出稽古で回る先には男しかいないのだから、の言葉遣いと対して変わらない。むしろ、悪くなる一方だった。

「総司とお前、言葉遣い逆だったらよかったのになー・・・・。」
「・・・・・・てめ・・っ!」








「やーっぱさーここってめっちゃくちゃ気持ちーよねー!」

は自分の横に腰をおろした彼を眩しそうに見上げた。

「この縁側すっげー好きーvv桜とか見渡せちゃってさー最高だよねー」

そういってごろんと寝転がった藤堂平助を見て、はくすりと笑った。
そしてあわてて彼の分のお茶をいれる。

「へあ?あぁ、別によかったのにー。」

そう言いつつもしっかりと受け取り、ついでに菓子とかあったらもう最高だよねーと言う。
そんな彼をみてはクスクスと笑った。

チャンさっきから笑ってばっかし!!可愛いからいいんだけどね〜」

藤堂の言葉にはあわてて頭を振る。
可愛くなんかないですよ、そういう意味がこめられているようだ。

「あはは、そういう所も可愛いのに。ってそーいやここにいていいの??」

藤堂の言葉の意味がわからなかったらしく、はきょとんとして、彼を見た。

がさっき探してたみたいだけど?っつっても新八っつぁんと喋ってたし、
 そんな急いでないとは思うけど・・・・・・ってチャン!?」

藤堂の言葉を聞き終える前には立ち上がり、彼にちょこんと頭を下げると、
大急ぎでその場を去っていった。

「・・・・・・・そんな急がなくても・・・・・・」








ガンッ

「ってーーーーーーー!!!」
「・・・・・・・・・!!!」

誰かと誰かがぶつかったらしい音の後にそのぶつかった本人の声であろうものが聞こえた。

「・・・・!!?大丈夫!?」

頭をさすりながら起き上がろうとしたはぶつかった相手がであることに気付き、慌てて彼女を抱き起こした。

「平気!?けがしてない!?」

おろおろとしながら自分を抱き起こすを見て、はにっこりと微笑みながら頷いた。
そののしぐさを見るとは長い息を吐き、その場にくずれるように座り込んだ。
そのを見て、今度はが慌てて顔を覗き込む。

「へ?あぁ、私なら大丈夫。全然平気♪」

自分を心配そうに覗き込むを見て、はさきほどの彼女のようににっこりと微笑んだ。
そんなにつられてもまた微笑むとの隣に腰をおろした。

「?」

の脇に落ちている竹刀を見て、は不思議そうに首をかしげた。

「・・・・?あぁ!!そうそう!!を探してたんだよ!!」

の視線の先にあるものを見てはようやく自分の役目を思いだした。

「これ片付けようと思ったんだけど場所わかんなくてさー沖田に聞いたらに聞けって言うもんで。」

はきょとんとした顔で竹刀を手にとりそして思い出したかのようにポンと手を打った。
そしてゆっくりと立ち上がると歩き出し、少し行った所で立ち止まりにっこりと笑いながらを振り返った。

「知ってるんだな?やった♪さんきゅ〜vv」

はそう言って勢いよく立ち上がるとの後を追って駆け出した。










これはまだ、あの新撰組隊士たちが笑いあい、ふざけあっていたころの話。










京都での悲劇の前座。










すべてをわけあっていたころ。










 
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08年06月16日 修正

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