my head is spinning

and I can't quite open my eyes


   



真夜中に電話が鳴った。

常日頃サイレントモードに徹しているはずの自分の携帯電話が突然けたたましい音で鳴り出したのだから、それはもう本当に心臓が飛び出るのではないかと思うほど驚いて、音速では飛び起きた。
とにかくこのうるさいコール音を止めなければ隣の部屋で寝ている兄や弟が起きかねない!と慌てて携帯電話を取り上げると、適当にボタンをプッシュする。それは着信を告げるコールだったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけれど、とにかくボタンを押したと同時に『おいこらてめえふざけんな死ね!』という声が聞こえてきた。あのさあ前にも言ったよねそのやたらめったらよく通る声で時間を考えずに叫ぶのやめてくれる、はこめかみの辺りを抑えながら言う。『ところで今秋丸ん家なんだけど』と電話口の榛名はまったくもって彼女の台詞を無視してそう話し始めた。
どう言っても静かになってくれなさそうな榛名にため息をついて、は受話音量を最小にする。寝ぼけ眼で時間を確認すれば午前1時。榛名元希は野球をやるためだけに生きてますと豪語するような人間で、従って体に負担のかかることはしないタイプかと思いきや意外にそうでもない。食事制限や体重維持には気を使っているけれど、睡眠時間はあまり気にしていないようだった。寝なくても元気だし、これが彼曰くの理屈だ。

「あーもうほんと何なの、あたしたちもう付き合ってるわけじゃないんだしさ、夜中に電話とかやめてくれる?迷惑以外の何物でもないんだけど」
『いや、お前俺と付き合ってる時も電話は基本的に迷惑そうにしてたろ、知ってんだぞ』
「それは元希さんが電話してくる時間がいつもこんくらいだったからだよ、あたしは早寝早起きを心がけている健康的な女子中学生なの」
『でも出たじゃん電話』
「そうだった忘れてたなんでサイレントモード解除されてたんだろう」

バイブすら鳴らないようにしてるのに、とは恨めしそうに自分の携帯電話を耳から離して見下ろす。何かまだごちゃごちゃと言い続けている榛名を無視してしばらく考えて、あー!と大きな声を出した。『んだようっせえなあ』自分のことは棚に上げてそんなことを言う榛名を今度はが無視を決め込んで、脱力しながら「思い出したあの眼鏡大事な話があるからマナーモード切っとけって言ったくせに結局電話してこなかったじゃん!」すっかり目が覚めてしまったは仕方なしにベッドから降りて電気を点ける。いらいらしているせいでほとんど壁を叩くようにしてスイッチを押した。静かだった周りの気配が一瞬ざわついたように感じた。

『は?眼鏡?秋丸?』
「違うよなんであたしが秋さんと連絡取る必要があるの。学校のクラスメイトだよ」
『あー、わかったあれだろオシタリクンだ』
「よく覚えてんね」
『だってお前しょっちゅうそいつとケイゴの話してたじゃん、嫌でも覚えるっつの』

忘れていいよとが言うと、榛名は棒読みで努力すると答えた。

「で、何?これでくだらない用事だったらほんと切るからね」
『くだらなくねえよ、お前明後日暇?』

予想だにしなかった問いにはフリーズする。
榛名はいつだってそうだった。唐突に話の見えない話をし出して、大抵それを他者が理解するまでに10分はかかる。今この状態で榛名の言わんとすることを理解するのは不可能に等しいと判断したは、その真意は放置することに決めた。ちょっと待ってと告げて床に放置されていた学生カバンを引き寄せると、まだ真新しい手帳を取り出す。学校の校章が入ったそれは実はなかなか洒落たデザインでは愛用していた。明後日、正確には明日、の予定を確認して、眉間に皺を寄せる。

一日空いていた。

「うわ、最悪だ、空いてるよ」
『てめえ、ほんといい性格してんな、可愛くねー』
「可愛くなくて結構。で、何?」
『俺、試合に出』
「応援には行かないよ」

全てを言い終わらないうちにはばっさりと切り捨てた。
何が悲しくてこんな真夜中に榛名の試合情報なんかを仕入れなくちゃいけないんだろうと考えてひどく不愉快になった。

「明後日は江戸川一中に行かなきゃいけない気もするし」
『どこだよ。30秒前に空いてるっつったろーが』
「あー、ていうかくだらない用事だったから切るね」
『ちょ、待て!あーいいから来いよさらにかっこよくなってんぜ、俺』
「寝ぼけてんの?あ、これ寝言?なら気にしなくていいかな」

さらに何か叫んだ榛名にいい加減本当に嫌気がさす。は長いため息をついた。なんだって別れた彼女なんかを試合に誘うんだろう、そんなことを考えてみるけれどもちろんに榛名の気持ちなんてわからなかった。本当に切ってやろうとボタンを押しかけたところで慌てたような榛名の声が聞こえて、すぐに違う声で『阿部さん?久しぶり』と聞こえてきた。秋さん、と少し驚いて慌てて携帯を耳に当てる。すると榛名よりも大分柔らかな男性特有の低さで綺麗な声が耳に届いた。
秋丸とは榛名の家で何度か会ったことがある。

「お久しぶりです」
『悪かったね、榛名が何か馬鹿なこと言って。ちょっと目を離したらさ』
「目を離すって・・・・・なに、嫁?」
『ははっ、うん、すごく嫌だ』

それから腹立たしいから通話料を分捕ってやろうと秋丸が提案して、どうせ目が覚めてすぐには眠れない状態にあったはそれを承諾した。昨日のご飯は何を食べただとかこの映画は面白いとか本当にどうでも良いことばかり話して、少しだけ榛名の近況に秋丸が触れた。興味のないはそれにはほとんど返事をせずに、話題はまたズレていく。ぐだぐだとしゃべり続けて30分、秋丸の後ろで榛名がいい加減切れ出した。

「なんか言ってんね、榛名さん」
『言ってるっていうかむやみやたらと鳴いているって感じだけど。こういう頭悪いところは割と好きだな』
「あー、秋さんて趣味悪そうだもんね。ほら、なんだっけ中学ん時さあ、」
『趣味悪いのはちゃんじゃん。こんなんと付き合ってたくせに。で、中学の時なんだって?』
「わかってるよあれは人生の汚点だったと思ってるから。ほら、委員会の先輩だかなんかの話。あれ、榛名さんから聞いてドン引いた記憶あるんだけど。面白かっ」
『榛名はさ、嫌いになったわけじゃないんだよ』



唐突だった、が防御に入る隙を与えないくらい。



少しの沈黙を許してしまったに笑ってごまかすという選択肢はない。

榛名は自分の声が邪魔して秋丸の言葉を聞いていなかったのか、相変わらず電話口から曇ったような声が聞こえてくる。秋丸はそれ以上何も言わなくて、にも自分が話し出すのを待っているんだろうなということくらいわかっていた。

榛名が黙っている秋丸を怪訝そうに覗き込む、一拍前。



「あたしだって嫌いになったわけじゃないよ」



瞬間秋丸の手から携帯電話が奪われる。電話口からは再び榛名の声。おいこらぜってえ試合見に来いよ通話料請求すっからおやすみ!一気にまくし立てて電話は一方的に切られた。

それからしばらくは眠りにつくことができなかった。





 
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09年09月22日


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