gonna be just love and gladness


   



最高気温が25度を上回るようになってもう2週間が過ぎた。5月の後半にもなると、晴れた午後に外を歩くのが少し億劫になる。
阿部は段々と重くなる自分の両足を、無理矢理稼働しているのに疲れてきて、側にある喫茶店へと足を延ばした。まったく、今からこんな状態では先が思いやられて仕方ない。
全国チェーン店であるこの店に、は一度も来たことが無かった。普通の中学生がお茶をするにはいささか値段が高いからだ。高いところにかかげられたメニューが思っていたよりも豊富で迷ってしまう。結局一番に目がいったストロベリー何とかを頼んで席へと向かうことにした。

と、いきなり肩を叩かれた。

「ひゃっ」、情けない声を出しては振り返る。


「何変な声出してんの?」



呆れたような声で肩を叩いた張本人は言う。





「翼!」





椎名翼が立っていた。

今日は休日だけれど制服を来ているところからして、部活帰りなのかもしれない。椎名はの横を通り過ぎながら顎で角の席を指す。「いいの?」、びっくりしたようにが言うと椎名は、好きにすれば、とさっさと歩きだしてしまう。その席には椎名の友人らしき少年が既に座っていたのだけれど、せっかく誘ってくれたのではありがたくそれを受けることにした。

椎名に続いて席に着くと、色黒の少年がひどく緩慢な動きでを一瞥した。

「なに?翼の彼女?」
「そういう本気で笑えない冗談やめてもらえる?こいつは阿部。玲の従姉妹」
「?翼とは従姉妹じゃねぇの?」
「違うよ、僕と玲は母方のはとこ同士。玲とは父方の従姉妹同士。血はまったく繋がってない」
「・・・・間違いないんだけど・・・・間違いないんだけど切ないのはなんでだろう」

の呟きを無視して椎名は少年を紹介する。黒川柾輝と名乗った彼はそっけない挨拶とそっけない声でに頭を少し下げた。

、どう?選抜の件、進んでる?」
「うーん、まぁそれなりに。学総の都大会まで見てみて大体の目星はついたかな。でもまだわかんない、Bだからね、基準が難しくて」
「選抜って?」

黒川は手に持っていたアイスコーヒーを一気に飲み干した。プラスチックの容器に残された、家庭で作るよりも小さな氷がじゃらじゃらと音を立てる。黒川が小刻みに振るそれを見つめながら、椎名は「あー」と面倒臭そうに声を上げた。

「まぁ、マサキならいっか。ほら、玲が都選抜のBチームの選考任されてるって言ったろ?あれにも関わってんだ」
「へえ?」

興味深そうに黒川は顔を上げた。

それもそうだ。
部活動に身を置いているサッカー少年がまず目標とする選抜チームの召集に、同じ年ごろの女の子が関係しているとくれば誰だって興味を示すだろう。

しかもそれはあまり気持ちの良いものではない場合が多い。

生物学上男と女に分類された以上、そこには越えられない壁がある。正直な話体格だけは確かに女は男に劣るからだ。
はそれを当然だと思っているし仕方がないことだと諦めているけれど、だからと言って女が男に劣るとは思っていない。
女でありながらサッカーも野球も実際にプレーしてきたにとって、そういう類の中傷的言葉はお馴染みのものだった。
さて、どうやってこの黒川とか言う少年を黙らせるか、とそんなことを考えていたのだけれど。

「あの人の元でやってんのか、俺だったら絶対嫌だな」

特に非難めいた言葉ではなかった。
じゃらり、とストローを一周させると黒川はカップから興味を削がれたかのようにそれを手放した。
口ではあんなことを言っていたけれど、黒川が西園寺玲と椎名翼を信頼しているのだということが窺い知れて、は自然と笑顔になる。

「何その笑顔、気持ち悪」
「気持ち悪ってひどいなっ!」

が椎名に食って掛かろうとしたところで、入り口の方が騒ついて、ぴたりと動きを止めた。陽が当たらず薄暗い証明の店内に、少年が数人入ってきたらしい。
その中の一人が金髪であることに気付き、一瞬一日の大半を眠って過ごす友人を思い出したけれど、彼の髪よりも短く切られたそれに、別人なのだと認識する。見たところ同じような年ごろに見える少年を、は思わずまじまじと見つめた。

には金髪にしたいと思うその心境がまったくわからない。

金髪少年と共に入ってきた他の2人も、長身に加え髪型がいわゆるドレッドヘアというものだったから、とにかく目立つ3人組だった。
ドリンクを購入したらしい少年たちがこちらへと向かってくる。たちのテーブルの前も右隣も空いているのでそこにてっきり向かうのだと思っていたのに、突然、と向かい合う形で座っていた黒川の真後ろで止まったときは、見過ぎて気分を害してしまったのかと思ったほどだった。「・・わ」、が身構えたのとほぼ同じタイミング。



「遅い!」



椎名が苛立ちを露にした声で言った。

「悪い、六助が腕時計忘れたとか言いやがってよ。いらねえじゃんって言ったんだけど取りに戻るってきかなくて」
「だからっ!これは兄貴が思ってるより貴重なんだって!」
「ならなおさら付けて来んなや。今からフットサルしに行くんやで?」

からからと笑う金髪の少年はびっくりするほど良い笑顔だった。それからしばらく椎名たち5人は何やら楽しそうに話していて、側でその様子を見ていたは、全員サッカー部なのだということを知った。



ということはつまり彼らは全員が飛葉中サッカー部員ということであって、従って西園寺玲の下でサッカーをしているということ。



「ってうわ!なんやこいつ!」

金髪の少年はの存在にやっと気づいたらしく、素っ頓狂な声をあげて2〜3歩下がった。がちゃん、隣のテーブルに彼の足があたってそんな音をたてたけれど、誰一人そこを気にしたものはいなかった。は少し顔をしかめたが、まぁいいかとすぐに顔を上げる。

「え、何ナオキ今まで気づかなかったの?ずっといたけどこいつ」
「え!?誰やねん!?」

椎名は黒川の時と同じく面倒くさそうに、「あー」、と唸ると、「僕の彼女」と答えた。「違うでしょ!」とが言うのと黒川が笑ったのはほとんど同じだった。
薄暗い証明に照らされて、小さく笑う椎名はそれはもうこの世のものとは思えないくらい美しかったけれど、それでもやっぱり彼だけは恋人になることはないだろうなとそんなことをは思う。





「こいつの名前は阿部。お前らがサッカーやめない限りまたきっとどこかで会うよ」





サッカー、と聞いた彼らはきっと意味なんかわからないだろうにすぐに笑顔になって。
はその姿を、目を細めて見ていた。





サッカーで始まる絆は、きっとずっと続いていく。





 
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09年05月02日


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