I will keep myself looked in


   



「9分割なんだ!」



が弟とリビングルームでテレビ番組を見ていた時だった。

その日はも生徒会の仕事を遅くまでしていて家に帰ったのが夜9時を回った辺りだった。さすがに自分が兄弟の中で一番遅いだろうと思いながら家に帰ると兄がまだいない。あれ、と少し拍子抜けしながら――最後に帰りたかったとかそういうわけではないが、ただなんとなくそう感じたのだ――夕飯を食べ終え、テレビドラマを弟と見始めたまさにその時、ばん!と大きな音を立て、それから叫んだのは兄だった。

兄の興奮したその物言いに圧倒され、は後ろへと仰け反った。何が、と聞けば、「ストライクゾーン!」と嬉しそうに言う。兄の隆也はあまり兄弟の前で感情の起伏を見せることはしない。マイナスならともかく、プラスにテンションの上がる兄を見るのが本当に久しぶりで、は驚きに驚いた。隣での弟が思わずゲームのコントローラーを落としてしまうほどの事態だった。

「でもそれを完璧に使い分けるわけじゃないんでしょ?」

だって野球の知識くらいはある、半信半疑でそう言えば、「それが完璧なんだ!」、と目を輝かせて言う。もうこれは兄ではないんじゃないかと思うの気持ちはどうやら隣で未だに惚けている弟と同じようだ。

「でもさすがにどっか欠点はあるんでしょ?急速とか持ち球とかさ」
「遅いよ、けどそこはどうにでもなる」

豪速急だけが取り柄の投手なんてもうごめんだ、とでも言いたげな兄に、は上手く返す言葉が見当たらなくて、結局黙ってしまった。

なんだよ、不審そうに目を細めた兄に、なんでもないと手を上げる。

ソファの上に放置していた携帯電話を手に取り、メールボックスを開いて一番上、





差出人:榛名元希
題名:無題
本文:タカヤどこ行った?





それだけ。
元彼女にそれはないんじゃないのもうちょっと元気か?とかさぁ!、とは思ったけれど榛名だから仕方がない。そういう人間だ。



はついこの間まで、約1年とちょっとの間、榛名元希と所謂恋人同士というやつだった。兄が榛名とバッテリーを組んでいた頃から知り合いではあったけれど、実際に付き合いだしたのは榛名が中3、が中1の冬からだった。どうしてあの男と付き合おうと思ったのか今となっては確実には思い出せない、だけれど冬休み最初の日に榛名が阿部家にやってきたことが全ての始まりだったことは確かだ。





その日榛名は、雨が降ったら雪になるといわれていたほどの寒さだと言うのに制服姿で現れた。マフラーさえもしていなくて、兄の怒声が玄関から家中に響いていたのをはやたらと鮮明に覚えている。あんた馬鹿ですか!?、兄はそんなことを言いながらリビングへと榛名を通してきた。弟と一緒に母の作ったプリンか何かを食べていたは挨拶が上手くできなくて榛名に笑われた。
ばたばたと榛名のために上着を取りに2階へ兄が駆け上がったのを見届けて、榛名はおもむろに言った、「俺、武蔵野第一に行くから」。正直榛名の進学先になんて興味のなかったは、そうですか、と気のない返事を返した。「っていうか大体試験まだじゃん、落ちるかもよ」「お前俺を誰だと思ってんの?そんな心配無用」榛名は得意気に笑った。
それから二言三言会話を交わして、今度は弟が兄に呼ばれて部屋を出ていったのを見届けた後だった。



「なあ、俺と付き合えよ」



唐突だった。
今までそんな雰囲気では決してなかったし、大体榛名はそういうことに興味がないのだと思っていた。普段ならば笑い飛ばしていただろうけど、その日に限って名前を呼ばれたこととか、久々に彼の顔を見たこととかそういう色んな要素が混ざりあってはうっかり肯定の返事をしてしまったのだと今でも思っている。

「まさかとは思うけどそんなこと言いにきたんじゃないよね?」
「ん?あー、タカヤに高校言いにきた」

だからついでに、そう言われて多少腹も立って「言ったところで隆兄は元希さんとこには絶対行かないと思うけどね」そんな可愛くないことを言ってみたりして言い合いになったりもしたが、とにかくそんな感じでと榛名の交際はスタートした。
別に特に約束したわけではなかったと思うが、何故かお互いこのことは誰にも言わなかった。はなんとなく兄に対する後ろめたさのようなものを感じていたからなのだけれど、榛名が何を思っていたのかはよくわからない。別れた今となっては誰かに言ったのかもしれないけれど、全ては過去のこと、もうどうでもよかった。





ともかくも。
2ヵ月ぶりにあんなメールを寄越した榛名にが素直に答えるわけもなく。



宛先:榛名元希
題名:Re
本文:元希さんとは違うところだよ、ものすごく楽しそう。



そう打ち込んで送信。ばくん、と携帯電話を閉じると相変わらず興奮している兄に後ろから抱きついた。








全部、昔のこと。








――お前さ、タカヤと俺、どっちが大切なわけ?








封印した記憶。








 
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
メモにはヒロインの元彼は泉って書いてあるのに何故か榛名でしゃばったぞ・・・?
なんで・・・・?まぁどうにかなるか。

08年12月06日


back