the same you always like you are


   



どこか静かな気配を感じさせる騒めきが教室を包んでいる。

新しいクラスでの自分のポジションがわからず、戸惑っているものが多いからなのだろう。
探り合うかのような目で互いの顔を見渡す様子は小学校の頃から変わらない。教室内は、4月頭にあった登校日に大掃除をした甲斐があっていつもよりも綺麗になっている。心なしか黒板に書かれた日付も美しく見えた。
阿部の席は真ん中より少し廊下よりの前から3番目の席だった。友達作りに勤しまなければならない新学期の席位置としてはなかなか良い。左右前後、とりあえず8人ほどいれば、気の合う人が1人くらいいるだろう。
次々に教室内に生徒が集まってくる。制服だけはやたらと着こなした感があるのに、その表情や足取りには緊張感が漂っていてどこかちぐはぐな印象だ。そんな中ゆっくりと教室に入ってきた1人の少年に、はぴくりと反応した。彼がいるのならとりあえず友達の心配はいらないようだ。

「宍戸!」
?」

よっ、と片手を上げて挨拶してきた少年は、が比較的仲の良い男子テニス部部員の1人、宍戸亮だった。

「なに?同じクラスだったんだ?」
「・・・掲示板見てこなかったの?」
「見ようとしたら跡部がクラス教えてくれたから見てねぇの」

ぶすっとした表情で彼は答えた。長く揺れる綺麗なストレートの黒髪を一つに束ねている。朝練でもあったのかもしれない。

「なぁ、また今日も跡部はとんでもない衣裳でも着込んで壇上に上るわけ?」
「おそらく?いいんじゃない?一種の名物でしょ、あれ」

新学期始まりの集会で、生徒会長の言葉という別に大してありがたくもないものがあるのだが、それがもうほとんど氷帝学園の名物と化しているのだった。もう随分も前から恒例化してしまっている、そのパフォーマンスとも取れる馬鹿げた伝統を、現生徒会長である跡部景吾も守っているのである。

「生徒会長になるやつは、皆ああいうのが好きそうだもんな。そりゃ続くわな」
「この学校で生徒会長になる人の頭は当然のことながらおかしいからそっちはまぁどうでもいいとしてさ、問題はそれ見て喜ぶ生徒だと思うんだよねー」
「とかなんとか言って涼も跡部が壇上に立つと嬉しそうな顔してるくせに」
「そりゃそうだよ景吾だもん。景吾だからであって今までの生徒会長まで受け入れてたわけじゃないよ」

嫌味のつもりで言った台詞をあっさりと肯定されてしまい、宍戸は呆れたような顔をした。
阿部と跡部景吾はただ生徒会が同じというだけであって、残念ながら少女漫画のような展開は期待できないのだけれど、どういうわけかやたらと仲が良い。からかわれても(もちろんが、だ。この学校に跡部をからかうような馬鹿はいない)、平然と受け流してしまうので、中学校生活3年目を迎えた今になってそんなことを言う連中はもういない。

「あ、っていうかまた試合の応援来てくれるんだって?」

何で知ってるの?振り向かずには答える。忍足がやたらと得意げに言ってたから、そう言うと宍戸はがさがさとカロリーメイトを大きなテニスバッグから取り出すと一度に半分ほど口に入れた。
あたしにもちょーだい、がねだっても彼はくれなかった。朝練で体力を消耗してきた中学生男児が貴重な食料をくれるはずもなく、日の目を見るよりも明かだった結果にはあっさりと引くと、いつのまにやらほとんどのメンバーが揃っている教室を見渡した。隣接する生徒たちは皆知らない顔だった。宍戸はどうやらから見てちょうど右斜め後ろの席のようだ。名前の順ではなさそうなその並びに、は少しだけ首を傾げたが、席替え好きで有名な社会科の教師が担任であることを思い出すとなんだか納得できた。



って部活入ってないんだろ?マネージャーになれば良いのに」



それこそが1年生のころから言われてきた言葉に苦笑しかでてこない。別にマネージャーになることが嫌だったわけではないのだけれど、なんとなく断り続けて現在まで来てしまった。女の子の間では決して起こりえない、あの不思議な仲間意識の中に少しでも踏み入れることができるということはとても魅力的なことではあるのだけれど。

「毎回大会には来てくれてるわけだろ?どうせなら入っちゃって一緒に引退した方がいいんじゃねぇの?お前、相当貢献してくれてるしよ」
「んー、別にそれもいっかなーとは思うけど・・・ダメだな、ちょっとやらなきゃならないことできたんだよね」
「ふうん」

から断られることくらいわかりきっていたのだろう。特に理由を追求するようなことはしなかった。
やらなきゃならないことができたのも本当だけれど、が断り続けているのにはわけがあった。確固たる理由というわけではないが、それでも敢えて理由を考えてみるとそれしか思い浮かばない。



家が遠いのだ。



氷帝学園は私立校であるために、もちろん外部の県からも入学することができる。は、まさしくそれにあたり、実家は埼玉県にある。埼玉の中でも比較的東京に出やすい地域ではあるものの、やはり都内に比べるとどうしたって通うのに時間がかかってしまう。

「そういや、ちゃんと仕事はしたのかよ?」
「仕事?」
「春休みのヤツ。一回直前にドタキャンしたのがあったろ」
「あぁ!とても助かりましたありがとうございます」
「ほとんどやったのは忍足と長太郎だけどな」

宍戸がそう言いおわるかおわらないかのタイミングで、目付きの悪い若い女教師が出席簿を叩いてパンパンと音を鳴らしながら入ってきた。出欠取りしだいすぐに講堂に移動!叫ぶような声に飛ぶブーイング。なんとなく雰囲気が良いクラスだと思っては微笑んだ。

整然と並べられた机と椅子。

やたらと綺麗な黒板。

まだ何もないロッカーの上。

これらが姿を変えるのはそう遠くないような気がした。



「まあ、とりあえず一年間よろしく」



が宍戸を振り返ってそういうと「おう」、と短い返事が返ってきた。





 
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08年06月08日


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