now, got to start from here


   



「よーす景吾元気だったー?」

いつもと変わらぬ調子でへらりと生徒会室に入ってきたに、跡部は持っていた消しゴムを問答無用で投げ付けた。

「わ!ちょ、何すん、痛い当たった!女の子の顔に傷が残ったらどうしてくれんのーっ!」
「黙れ何しにきた今すぐここから出ていけ」

次に一直線に飛んできた分厚い紙の束をなんとか躱すと、は跡部の言葉をさくっと無視して近くにある椅子に腰掛けた。天下の氷帝学園生徒会室に設置されている椅子である。座ったと同時に沈み込む。肘掛けの強度も堅すぎず柔らかすぎずリラックスするには最適だった。

「っあー、やっぱ椅子はこれに勝るものはないよねー気持ち良いー」
「和んでる暇があるなら手伝いやがれ。お前がいなかった分誰が働いたと思ってんだ?」
「忍足with森の仲間たち」

景吾じゃないことだけは確かだよね、そう言うと跡部は楽しそうに笑った。
氷帝学園生徒会長跡部景吾の所属する公式テニス部は全国クラスの実力を持っていて、もちろん練習量も練習内容も半端ではない。生徒会との両立には周囲の協力が不可欠なのであり、それには跡部景吾部長の権限が多いに利用されている。
テニス部レギュラーはほとんど生徒会雑用と化しているのである。
「なんで敢えてレギュラー陣なわけ?いっぱいいるその他大勢を使えばいいじゃんか」「信用ならねえ」そんなわけでどうやら今回、が新入生向けの行事に対する準備をさぼった件に関しても、いつもと同じメンバーが駆り出されたようだった。

「そういや今景吾一人?」
「今忍足たちが帰ったところだ。お前に投げ付けたそれ、4分の3仕上げてな」

どうやら残りはやれ、ということらしい。としてはむしろ4分の3もやっていただいたのだからよろこんでやらせてもらいたいくらいだ。
ぺらりとめくると数字がたくさん顔を出した。

「これなに?」
「谷財閥と石橋組を中心に集めた寄付金」
「へぇ」

深くは関わらないでおこうと思った。

さすがはお金持ち学校、動くお金もその支給源も並大抵のものではなかった。生徒たちのほとんどが、何とか会社の息子だったり、何とか財閥の御曹司だったり、何とか道何とか流の後継ぎだったりする世界だ。ちなみにはというと普通の一般家庭で普通に愛されて普通に育った普通の女子中学生である。勉学面の特待生制度を利用しての入学だった。何もかも生活基準の違う生徒たちに気後れした――なんてことはなく、彼らを最大限に利用させていただいている。
いっそここまで違ってしまうと、むしろ別世界に迷い込んだかのような錯覚に陥り、それはそれで楽しいらしい。

「この間何の用事だったんだ?」
「ん?うん、ちょっと従姉妹からお呼びだし食らってさーもちろん断れるはずもなく?」
「ああ、いつも言ってる美系従姉妹か」

そうそう!は何故か得意顔だ。

「あー、一応言っておくか。忍足が応援に来いって言ってっけど」
「景吾も来てほしいとおっしゃるなら是非お伺いいたしますが」
「あん?言わなくたってわかってんだろ?」
「なるほど是が非にでも来てほしい、と。で、いつよ?」

あたしテニス部のマネージャーみたいだよね、くすくすとは笑う。
がテニス部の試合に顔を出すようになったのはここ最近のことではない。
跡部景吾と阿部が生徒会役員となったのは一年生の後期からで、二人はそれ以来の付き合いだ。なんだかんだで、は他のテニス部メンバー、とりわけ跡部周辺のレギュラー陣たちとも仲が良い。試合を応援するようになったのは2年の春大からで、かれこれ1年が経とうとしている。

「まぁあたしが行くからには勝ってもらわないとねー」
「はっ、お前がいなくたって勝つのは氷帝だ」

そう言う跡部がなんだかいつもよりも頼りがいのある男に見えて、は目をぱちくりと瞬きさせた。光の加減かもしれないな、なんてわけのわからない理由をつけて納得しようとしてみても上手くはいかなかった。



――恋愛感情とかを抜きにして、



はくるりとシャープペンシルを器用に回す。



――やっぱり景吾が大好きだなぁ。



頬杖をついたまま彼をじぃっと見つめていると、不愉快そうな顔をした。にこりと笑っても、意味わからねえ、と一蹴。

「一年半かぁ」
「なにが」
「あたしと景吾が出会ってから」

跡部はしばらく黙ったまま壁のあたりを見つめていて、それから小さく、ああそうだな、と言った。

「明日は入学式かぁ。何やらかそっかな」
「てめえふざけんな真面目にやれ」
「真面目に?毛皮のコート着て壇上に立つ生徒会長に言われたくないんだけど」
「あれは特別だからいいんだよ」

何が特別なのよ。存在全てだ。あんたの?他に誰がいんだよ。くだらない会話を繰り返す。
もうほとんど日は沈みかけていて、驚くほどの赤が並木道を照らしているのが見える。今は閑散として、人が生活しているのだという感覚が消え去っているこの校舎も、また明日からいつも通りのにぎやかさを取り戻す。
その中に自分も跡部もいるのだと思うとなんだか変な感じがした。

「試合、頑張ってよね」
「言われなくてもな」





氷帝学園中等部で過ごす、最後の一年が始まる。





 
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跡部好きです。

08年04月24日


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