Don't worry 'bout a thing


   



「こーんにーちはー!」

春休みの宿題を終えてしまおうと椎名翼がちょうど机に向かった時だった。ピンポーン、と誰かの来訪を告げる音が鳴り、がちゃりとインターホンを出てみれば、そこから聞こえてきたのは聞き慣れたはとこの声だった。鍵は?と聞くと、部屋に忘れちゃった、と言う申し訳なさそうな声が響く。はいはい、なんて言いながら椎名は鍵と、ついでに扉を開けた。



はとこの隣にはもう一人、少女が立っていた。



「やほーハロー、ちょっと翼、人がせっかく挨拶してんだからさー」
「・・・玲・・・、これは何、なんでこいつがここにいるのさ」
「少し手伝ってもらいたいことがあってね、連れてきたの」
「連れてこられたー」

ねー、と顔を見合わせて言う二人に椎名はため息を一つ。「どうせ足手纏いになるんじゃないの」、飛んできた平手打ちをするりと躱した。
は律儀に玄関先でお邪魔しますと言いながら頭をぺこりと一度下げ、それから家へと上がる。西園寺に許可をもらうと、彼女の部屋に荷物を置きに駆け上がった。
さっきの電話はこれだったんだ?椎名が横目でちらりと西園寺を見ると、彼女は少しだけ楽しそうに笑った。

「東京選抜、だっけ?」

冷蔵庫の扉を開け、自分とのためにアイスティーを、年上のはとこのためにレモンサワーを取り出していく。よく冷えたそれをグラスに注ぐと表面に綺麗な雫がぽつぽつと出来た。

「そう。とは言ってもまだ確定ではないから、あまり公言はしないでね」
「わかってるってば。それよりわざわざ連れ出してまで、一体何する気なわけ?」

がつん!乱暴にコップをテーブルへと置く。

「翼にも言わなかったかしら?私がまかされているのは、Bチームメンバーだって」
「聞いたよ、聞いたけど」

椎名はグラスに注いだアイスティーを一気に飲み干して、「でも何でそこで?」と大変怪訝そうに玲を見上げた。

のサッカーに関する知識量と、その技量についてはもちろん椎名だってよくよく心得ているつもりだし、何より西園寺玲が推す人物なのだから、そこに文句をつけるつもりはない。ただ、東京都選抜という男だけの空間の中に、敢えて同じ年頃の女の子を投入する理由がわからないだけで。
そんな翼の思いが通じたのか通じてないのか、西園寺は曖昧な笑みを浮かべた。しかしその後「大丈夫よ、ちゃんと考えてるんだから」、と言った西園寺は何故かとても楽しそうだった。
が絡むと西園寺はいつだって楽しそうに笑うのだ。椎名はそれを嬉しくも、そして悔しくも思っていた。後者の感情には気付かないフリをしているけれど。
パタパタパタ、幾分か控えめにそんな音をさせながら、が二階から降りてくる。しかしまったくその心意気を取り消してしまうほど必要以上に大きな音をたてて、は扉をばたんと開けると、スキップしながらリビングへと入ってきた。

「・・・うるさい・・・あれだけ静かにしろっていつも言ってんのに」

椎名が額に手をあてる。なぁに?明るく問い返すに、彼はもう何も言わなかった。

「で、具体的には何やるわけ」

椎名は窓際の壁に寄り掛かるように体重を移動させると、目線だけを西園寺に移す。蛍光灯で照らされた西園寺の顔はひどく美しい笑みを浮かべていた。





「とりあえず、Aチーム以外見る価値もないと思っていそうな監督をぎゃふんと言わせたいのよね」





悪いことを企んでいる笑みだったらしい。

「・・・誰だよ、その監督」
「尾花沢監督っていうんだけど、まあそこはどうでもよくて。個人的には一芸に秀でた子がいいかなって思ってるんだけど、どう思う?」
「いいんじゃないの、面白そうだし。選抜合宿、ちょっと興味出てきたかな」

ゆるりと口の端を上げて椎名は言う。と、ほぼ同時にがけたけたと笑いだした、「それ本気?」見れば西園寺もくすりと笑っている。不愉快だとでも言いたげに、椎名はアイドルも顔負けの可愛らしい顔をめいっぱい歪めて2人を睨む。翼がこわーい!相変わらず笑いながらは楽しそうに振り向いた。

「いやー、誰がどう見たって翼はAチームっしょー」

ほとんど空になったグラスのストローをは意味もなくからからと回している。氷だけがくるくると回った。

「・・・別に生涯玲の元でしかサッカーをやらないと誓ったわけじゃないけどさ。玲がいるのに玲以外の監督の元につかなきゃならない意味がわからないね」

はん、人を小馬鹿にしたように笑う椎名の癖は変わっていなかった。それでも許す気になってしまうのだから、美人とはずるいとは常々思う。

「それが例えAチームでも?」
「Aチームでも」

真っすぐな目をしてそう言い放つ椎名に、は少しやわらかく微笑んでみせた。変わらないね、がそう言えば、お前もだよ、と不機嫌な声。

「じゃー翼がAに抜擢されないようにどうにかするよ」
「それはどうも」

気が付けば西園寺はリビングからいなくなっていた。大方資料か何かを取りに行ったのだろう、とも椎名も大して気に止めていない。この間見た映画のラストが納得いかなかったとか近所の犬が子どもを生んだとかこの間のプロ野球の開幕戦の話だとか、他愛もない会話をすること5分。思ったとおり、何やら分厚い紙束を抱えた西園寺がひょっこりと現れた。

「じゃ、さっそくだけどさくさく行きましょ。これ、一応目ぼしい子たちのデータだから、目を通して頂戴」
「はいはーい」
「あ、翼はダメよ?あなた選手なんだから」

手を伸ばして紙を取ろうとした椎名に西園寺は牽制をかける。椎名は一瞬驚いたように目を見開き、それからすぐに肩をすくめてみせると身を引いた。





東京都選抜合宿メンバーBチーム、選考開始。





 
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翼がBになった理由はこんなにくだらないことでした(嘘)

08年04月07日


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