―もう、止まらない。―











「はぁ?今から?いや無理無理無理。え?今?生徒会室よ?」

 新入生に向けた集会やLHRの企画に追われるこの時期の生徒会室は何かと慌しかった。先ほどからひっきりなしに人が出入りしているし、コピー機の音は止まることがない。
 バタバタと部屋の中を走りながらは一向に鳴り止まない携帯電話を仕方なしに乱暴にひっつかんだ。もしもし!半分切れた状態で電話口に出ると機嫌が悪い時に聞きたくない男ナンバーワンの藤代誠二の声が耳に入ってくる。
 いらいらとした口調で用件を問えば、今から大会が始まるから見に来ないかとのこと。冗談じゃない、とはほとんど切れかけていた。

『三上せんぱーい、今生徒会室らしいっすよー?』
「は?何これ亮に言われたの?」
『まさか、三上先輩はそういうこと言うわけないって。』

 ああ、そうだったわね、で?もう用がないなら切るけど。

 会計の2年に次の指示を出しながらは言う。
 携帯電話の受話音量を最大にして、机の上に置いておく。資料に目を通しながら携帯に向かって怒鳴っていた。

「あのね、藤代くん、私、昨日忙しいって言わなかった?いい加減にしないと怒るわよ。」
『怖っ!三上先輩!先輩忙しくてもう切るとか言ってますけどいいんですか!?話したいんじゃないの!?え!?またすぐそういうこと言う!ほら早く来ないと切っちゃいますよ!?』

 携帯電話越しに、なにやら三上に叫んでいるらしい藤代の声が聞こえてくる。
 生徒会のメンバーたちも一度仕事の手を休めてその声を聞きながらくすくすと笑っていた。
 この場にいなくとも場を和ますことくらい、彼にとっては朝飯前だったらしい。本人にそのつもりはないのかもしれないけれど。
 もいつの間にかこのお祭り男のペースに取り込まれてしまったらしい。先ほどまでのいらいらも無くなっていて、あるのはふわりとした和やかな気分だけ。
 すごいなぁ藤代くん、とが1人ぼそりと呟くと、会長が不思議そうにを覗き込んできた。何でもないよ、と苦笑を返す。

「藤代くん、いいよ別に。あの人どうせ今アップ中でしょ。念でも送っておくから。」

 だからもう、切るよ。

 そう言えば、えーという不満の声。
 ちょっと待っててくださいね!と聞こえるや否や、走り去っていく足音も聞こえてきた。三上を呼びに行ったらしい。
 5秒も立たないうちに、言い合いながらも近づいてくる藤代と三上の声が受話器を通しての耳に入ってくる。

『変わりまーす!』

 いつものあの笑顔できっとそう言っているんだろうなと考えて、本当にわかりやすい子だなぁ、とは口の端を上げてしまう。

『・・・・ったくあの馬鹿は。悪ィな、今忙しいんだろ?』

 次に聞こえてきたのは昨日も聞いた三上の声。

「まぁね。さっきまでいらいらするほどだったんだけど、藤代くんの声聞いてたら元気になってきたわ。亮こそアップ中だったんじゃないの?」

 ハンズフリー状態になっていた携帯電話の受話音量をいつもどおりに戻してから耳に当てる。
 周りにいた生徒会メンバーから抗議の声があがったが、右手をパタパタとさせてそれを適当にあしらう。

『お前はなんでそこで俺の声聞いて、とか言わねぇかな。』
「あら?言って欲しかったの?」
『別に。』

 少しだけ不機嫌になりながら顔を少し上に上げてそう言う三上が簡単に想像できて、は思わず笑いそうになった。
 ギ、と音をさせて椅子の背もたれへと体重を移動する。

「今日、1日目なんだっけ?」
『まぁな。俺の出る幕すらねー気もするけど。』

 は、と人を小馬鹿にしたように笑う三上に、はまたそういう笑い方して、笠井くんに言われたんでしょ、と半ば呆れるようにそう嗜める。再び返ってきたその笑い方に今度は何も言わなかった。

「頑張んなさいよ。私に恥かかせないように。」
『んだよそれ。』
「私もあんたに恥ないように生徒会業務でも頑張ってるから。」

 じゃぁね、そう言えば、ああ、と短い一言が返ってくる。
 この一言が一番安心するなぁ、と無駄に実感してしまう自分がいて、いつの間にか大きくなっている三上の存在に驚いた。
 電源ボタンを押して、OFFにする。
 ぼんやりと、ほこりの少し溜まった窓から、晴れ渡った空を見渡す。



 亮が大会ということは。





 あの子も今日が大会なのかしらね。





 桜上水にいる、自分の義弟を思い出す。
 たった半年会わなかっただけなのに、もう随分と長い間会っていないような気がしてきた。毎日会う家族というのは、本当に特別なんだなと最近それをよく思う。
 会えないというよりも意図的に会わないようにしているのだが、それもいつまで続くかわからない。
 三上亮にはまだ彼のことは話していなかった。
 そもそもどうやって話すべきなのかわからないし、そこまで深入りされたくないという思いが少なからずの中にはあった。
 割とドライな、付かず離れずの関係を保っている自分たちの距離がは心地よくて大好きだった。できれば、ずっとこのままでいたいとも思う。
 だって三上の家族の話なんてほとんど聞いたことがないし、わざわざ話す程のことでもないかなと思ってしまうのだ。



 それでも。



「やっぱり亮より会いたいと思っちゃうのはまずいわよね・・・・。」



 ふぅ、と小さくため息をついて、こつんとおでこを机につけた。ひんやりとした感触が気持ちいい。目の前にある携帯電話をやけにゆるりとした動きで手に取って、画面を開く。
 受信メールの中のゴミ箱に溜まっている、同じ名前の、何通ものメール。
 着信履歴はきっともっとその名前が占めている割合は大きいだろう。ぎゅ、と祈るように目をつぶった。

 暗闇の中で浮かんでくるのは三上ではなくて義弟の顔。





「・・・・・やっぱりそろそろ限界だな。」





ぽつりと呟いたの声は、騒がしい生徒会室の喧騒の中に紛れて消えた。




 
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やっと動き出しそうな予感。

07年07月11日


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