―泣きはじめていた。―











 快晴だった。
 つつじの花が咲き乱れ、小さいころに蜜を吸っては、きゃっきゃと笑い合ったことを思い出す。
 桜よりつつじの方が好きだなぁ、と道を行きながら濃いピンクの花を見つめていた少女はそう思った。
 は軽快な足取りで家族連れで賑わう日曜日の商店街を歩いていく。
 所々に武蔵森生を見かけることができた。おそらくはほとんどがと同じ寮生だ。
 週末に仲の良い友達同士で近くの商店街に出かけることは寮生活の中でも大きな楽しみの一つだった。
 武蔵森中学校は共学であるものの、男女の校舎は別々だ。会える機会はそうそうない。つまりは、こうして週末に商店街に出かけることによって、運が良ければ気になるあの人に会えたりも、する。それが目当てで出かける者も少なくはない。

 最も、は大抵一人であり、もちろん色恋沙汰目当てなんてこと、あるはずもないけれど。

「あれ?」

 見知った背中を人込みの中に見つけ、は驚いたように声をあげた。
 今日も一人で商店街をぶらぶらし、お気に入りの喫茶店で紅茶を飲んで帰ろうと考えていたのだが、思わぬ人物発見により、その計画は変更されることになった。



「渋沢くん。」



 一言短くそう呼べば、件の人物はくるりと綺麗に振り返ってくれた。

「三上の彼女、久しぶりだな。」
「・・・・・・・・まさか名前覚えてないんじゃないでしょうね。」

 あまりにピンポイントすぎる代名詞で呼ばれたことに不快感を覚えたは、怪訝そうな顔でそう問い掛ける。

「ああ、悪い。ちゃんと覚えてるよ。だろ?」
「そう。だからちゃんと名前で呼ぶように。」

 苦笑する渋沢に、は眉間に皺を寄せたまま返事をした。

「今日は亮とは一緒じゃないのね。」
「ああ、あいつなら笠井と出かけたぞ?笠井の方が買い物に付き合って欲しいんだそうだ。」
「・・・珍しいわね、亮が誰かの買い物に付き合うなんて。」
「そうだな。藤代がさんざん明日は雪だー嵐だーって騒いでいたよ。」

 さらに苦笑する渋沢に、は少し笑ってしまう。
 今挙がったメンバーをまとめるのはそうそう簡単にはいかないことを、はよく知っているからだ。
 藤代誠二は典型的なクラスでの盛り上げ係だし、一見クールそうに見える三上亮も、一旦スイッチが入るとしばらくは手に負えない。笠井竹巳は我関せず、をモットーに生きているのではないかと思うほど自分の興味がないものに対して冷たすぎる。結局仲介役は渋沢になってしまうのだった。
 三上亮の彼女であるはそれをよく知っている。

「渋沢くん、大変だよね。あの三人相手じゃ。」
「そうでもないぞ?あいつらがいると楽しいしな。」
「・・・そう。」

 渋沢克郎は思ったよりも中々強い人間であることをは忘れていた。
 昔三上が「あいつに逆らう奴がいるのなら是非ともお目にかかりたい」と真剣な顔で言っていたのを思い出す。
 今度はが苦笑する番だった。

「なんだ?何かおかしいことでも?」
「んーん?何でもない。あ、そういえば、そろそろ学総?」

 学総。
 学校総合体育大会の略称のことである。
 全国の中学校の運動部は年に3回大会がある。いわゆる春大・夏大・新人戦だ。今回の学総とは春大の正式名称のことである。全国大会に繋がってはいないものの、もちろんどんな大会であろうとベストを尽くすのは当たりまえだ。

 全国常連の武蔵森学園も、である。

「そうだよ。来週、かな。」
「来週?あれ、意外と早かった。」
「三上から聞いてないのか?」

 驚いたように渋沢が少しだけ声のトーンをあげた。

「最近私も亮も忙しくてあんまり会う時間ないから。サッカー部は携帯禁止でしょう?メールするわけにもいかなくて。」

 2人並んでゆっくりと商店街の終わりに向かって進んでいく。
 賑わう人ごみから外れるように、道のギリギリを歩く。少しだけ喧騒から遠ざかったような気がして、は無意識のうちに頬を緩めていた。
 それを見た渋沢が不思議そうにの顔を覗き込む。うるさいな・と思って、そう言えばますます彼は不思議そうな顔をした。うるさいの、好きだったか?首を右に少し傾けて彼は問う。違うわよ、うるさい所から出られたみたいじゃない?ここって。
 いつのまにかかなり奥まで進んできていたらしい。
 あとは2〜3件喫茶店や本屋が並んでいるだけだった。

「渋沢くん、今日1人なの?」
「そうだよ。さっきまで藤代と一緒だったんだがな、女の子たちに呼ばれてね。」

 あらー、とは納得したようにそう言った。
 藤代誠二という人間は人懐っこくて明るくて、話しやすい男の子なのだ。例えば、彼が本命ではない女の子たちでも見かけてまず声をかけてしまう。そういう男の子だった。
 今回の女の子たちがどちらなのかはよくわからないが、モテるって大変なんだな、とは心の中で妙に真面目に思ってしまった。それと同時に渋沢克郎というやはりモテる男の子と一緒に歩いていたのはまずかったのではないかとも思う。きっと、彼に声をかけたかった生徒もいたに違いない。

「渋沢くんと一緒にいたのはまずかったわね・・・。」

 口から出てしまった心の声に渋沢が反応した。

「なんだ?別に変な噂とかはたたないだろ。三上との仲は公認だしな。」
「いや・・・・そっちの心配じゃなく・・・・。」

 きょとんとする渋沢にはテキトーな言葉を繕ってごまかした。
 理由を言ってみた所で笑われて終わりだ。
 そんなわけないだろう、ではなくて、だからなんだ?という意味を込めた笑顔で。

「そうだ、私いつもここ来るとそこの喫茶店でお茶してから帰るんだけど、どう?せっかく会えたんだし、お茶でもしない?」

 の問いに返事をするために、渋沢が口を開いたとほぼ同時だった。





先輩!?」





 なんでこんなところに!?と続きそうなトーンでそんな声が聞こえてきた。
 はくるりと向きを変え、声のした方へと視線を向ける。



「あれ、藤代くん。」



 藤代誠二が人懐っこいくりくりとした目をいっぱいに広げて立っている。
 両手にはたくさんの封筒が握られていた。

「うわー相変わらずモテモテだなー。何その手紙の量。」

 からかうようにがそれを言えば藤代は頬を膨らませる。

「ちっがいますよ!聞いてくださいよ皆ひどいんスよ!これ俺宛があるかどうかかなり怪しいんですから!みーんな揃って誰君に渡してくれだのなんだの。あー!キャプテン!キャプテンの分も預かってきましたよ!!最初に俺のこと呼んだ子たちはキャプテン目当てだったんですからね!なのにさっさと行っちゃうし!もー!」

 一気に場の雰囲気が明るくなった。
 と渋沢は顔を見合わせて苦笑する。
 あぁ、やっぱり彼はすごいんだなぁ、とは心の中で感心していた。
 人が、集まってしまうのだ。無意識に。
 どちらかと言えば人が遠ざかって行くタイプであるは藤代をまぶしそうに見上げていた。
 あいつは虫にとっての光みたいなもんですから、笠井の言葉が脳内にこだまする。よくよく考えて見ればなんて失礼な例えだろう、他に何かありそうな気もするが、逆に彼らしいなとも思った。

「わかったわかった、悪かったって。」
「その台詞俺何回も聞いたし!キャプテンは絶対反省してなーい!っていうか先輩こそキャプテンと何してたんですかぁ?三上先輩が怒っちゃいますよー?」
「残念でした。亮と私はそんなことで崩壊する関係じゃないので。」
「うっわ何それ惚気てんですか!?ちょっとキャプテン今の聞きました!?」

 声に出してが笑う。つられて渋沢も笑いだした。藤代だけがわけがわからないというように不満げな顔で立っている。

「あーおかし。っていうかそうだ、藤代くん、もうすぐ学総始まるんだって?」

 笑いをこらえながらが問う。

「そーですよー。先輩、応援来てくれるんでしょ?」
「うーん、そうだなー藤代くんと笠井くんと渋沢くんの応援するっていうのも悪くないかもね。」
「・・・・・・・・三上先輩三上先輩。」
「亮はいいの。前日にちゃんと激励の言葉を述べに行くから。」
「何それ。」

 へらりとまた藤代が笑う。
 うちのエースがモテるのも頷けるわ、とが言うと横から渋沢に、うちの司令塔もモテるけどな、と返された。
  綺麗な笑顔で彼を振り向けば、嬉しそうに渋沢も笑った。

「えーと?どことあたるんだっけ――――ってそれはいいや。」

質問しかけて口をつぐんだに藤代と渋沢は不思議そうな視線を向ける。

「なんでですか?」
「ん?だってたとえどこが相手でも、」





 勝つんでしょう?





 声には出さずに口だけでそう少女は告げる。

 少年二人も不敵な笑みでそれに答えた。





 春の大会が始まる。





 
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
おめでとう私。やっと次から春大ですね!
そういえば普通は春大が全国に繋がってて夏大が繋がってないんですよね?あれ?違いましたっけ?野球だけ?今はもう、春夏合わせて大会一つしかないけど。

07年04月28日


back