―壊れていく。―











 ひゅう、と風が窓の隙間を擦り抜けて、蛍光灯で不恰好に照らされた、生徒会室へ入ってきた。書類整理のために黙々と手を動かし、つらつらとくせのない綺麗な字を綴っていたは、そこで初めて顔を上げた。向かいに座っている一年生もつられたように顔を上げる。

「窓、閉めますか?」
「え、開いてたの?」
「少しだけですけど。さっき会長が開けていきました。」
「てっきり閉まってるもんだと・・・・そうね閉めて頂戴。」

 ぱたむ、と小さな音がして窓が閉められた。
 切り取られた四角い空にぼんやりと視線を遣りながらは先程の後輩とのやり取りを思い出していた。

 まあ、いつかはばれるとは思ってたけど。

 かつかつとシャープペンシルがデスクにあたる時に出す特有の音が部屋に響く。生徒会室にいるのはと田中だけだった。
はぱちぱちと慣れた手つきでそろばんをはじいていく。それを見た田中が気の抜けた声を出した。今までも見てきただろうに、なぜか感動したらしい。
 ぱらり、と机の上の紙をめくる。うんざりするような量の数字とご対面。
 ぱちぱちぱち。
 早くこの数字とおさらばするためにはひたすら手を動かすしかなかった。が奏でるそろばんの音と田中が織り成すかつかつという音が不協和音を生み出している。非常に、耳障りだった。

「ぁ。」

 ぽつりと思い出したように一文字発したのは田中である。

「・・・・・・何?」

 返事をするのが億劫だったはそのままスルーしてしまおうかとも考えたが、さすがにそれはいただけないな、と考え、少し間を開けてから返事をした。
 当の田中は声に出してしまうとは思わなかったんだろう、口を慌てて手で覆い隠した。が無言で見つめていると、まごまごと罰の悪そうな顔をして、何でもないです、と一言。
 そう言われればこれ以上余計な詮索をする意味はない。は興味が削がれたように再び視線を机の上の文字の羅列へと向けた。
 離れたところにある校庭から、男の子たちの、大きな歓声が何度も聞こえる。ちらり、とは視線を窓に向けた。たちのいる生徒会室と、男子校舎はそれなりに離れている。校庭ならばなおさらだ。それがここまで聞こえるということは、相当の人数で叫んだということで。

「また、ご近所さんから苦情きたらどうしてくれるんだか。」

 ふてぶてしい、の声が響く。田中は意味がわからず、は?と間抜けな声を出した。そんな彼女に対して、は指でとんとん、と机上の紙を指す。田中が身を乗り出して覗いてみると、サッカー部、と5文字並んでいた。

「かけ声、うるさい。」
「・・・そうですか?陸上部とか野球部も同じようなもんだと思いますけど?」
「サッカー部は人数倍いるのよ?他の部と同じなわけがないでしょ。」
「はぁ。でも仕様がないんじゃないですか?」
「実際に苦情がきてるのに?」
「・・・誰に聞いたんですか、それ。」
「男子会計。まあ、別に怒られるのは男子の方だからいいんだけど。」

 たまに、とばっちりくらうのよね、と顔を歪めながらはため息をついた。
 と、ほぼ同時にチャイムが鳴る。HR開始10分前を告げる鐘だ。仕事は半分しか終わらなかった。今度漏れたため息は二人分。は田中に、それじゃ放課後にまたね、と言うとさっさと部屋を出ていってしまった。





「・・・・・・・・・・・・で、何してんの。」





 田中の他には誰もいないはずの生徒会室に、彼女は呼び掛けた。
が出ていった扉の影から少年が一人、ひょっこりと現れる。

「・・・あいつに、用があったんだけど、」

 俺に気付かずに出て行きやがった、最後は半ば吐き捨てるようなトーンだった。

「言わなきゃ気付くわけないよ。」
「けどお前気付いたじゃん。」
「私は扉の方向いて仕事してたんだから当たり前じゃん。何?わざわざこんな所まで来るなんてめずらしいね。彼女が恋しくなった?」

 現れた少年は三上亮であった。
 そして説明しておくと三上と田中は家が隣同士で、いわゆる幼なじみである。
 田中の問いに三上は鼻で笑って視線を逸らせただけだった。ドアを静かに閉じ、そのまま背を預けてズルズルと座り込む。
 SHRを告げる本令が、少し間違った旋律で響き渡った。どうせ遅刻なら一時間目から行こう、と田中も彼の向かいに、軽く5メートルほど距離を取って腰を下ろす。
 朝練のままやってきたのだろう、汗で髪が湿っていて、今のここの寒気には少し寒そうだった。肩にかけた白いタオルは大分色が変わってきている。田中は三上がそれを小学校のころから大事に使ってきていることを知っていた。

「そのタオル、まだ使ってるんだ?」
「あ?あー、まぁ、なんつーか使い慣れてるっつーか。」
「ふうん。」

 沈黙。
 昔からこの二人はそうだった。とくに会話を交わすわけでもなく、適度に距離を取りながら、しかしずっと一緒にいた。兄弟に近い感覚。ありがちでベタなシチュエーション。この二人は残念ながらその後発展することはなかったが。

 なぜならふわりと、という少女が舞い降りたからだ。

 はっきりとした形をもった愛情ではなかったけれど、彼らは少なからず、そういった類のものを持っていたはずだった。

 それなのに。

 舞い降りた、天使と呼ぶには美しすぎる少女が、そんな想いを微塵も残さずに三上亮を連れていってしまったのだ。
 だがしかし、不思議と田中に嫉妬心は芽生えなかった。心を奪われたのは三上だけではなかったのだ。何かはわからない。しかしはっきりと、確かに彼女の持っている何かに引きつられた。
 引きつられてしまった。

「・・・・・先輩は何でこんなのを選んでしまったんだろう。」

 今までずうっと疑問に思っていたことを口に出してみた。当然、三上からはいい反応が得られるはずもなく。

「んだよ、こんなのって。お前、あいつ大好きだもんな、俺に嫉妬してんだろ。」

 にやにやと、嫌な笑い方。

「そうだよ、私の方が大好きだもん。先輩かわいそうだもん。こんなわけわかんない人。」
「そのわけわかんないのと十年以上幼なじみやってんのはどこの誰だよ。」

 なりたくてなったんじゃないし、と答えたら、奇遇だな俺も同じ思いだ、と返ってきた。
 授業開始を告げる本鈴が鳴る。

「・・・・・一時間目始まっちゃったじゃん!」
「はぁ?俺のせいじゃねーだろが。」
「あー次数学だったのにっ!信じらんないし!」
「だから俺のせいじゃねっつの。」

 田中はぶつくさと文句を言う。
 しかし、鳴ってしまったものはもう仕方がない。遅れて入るのは気が引けたので、一時間、ここで潰すことに決めた。
 ふと横を見ると、いくつかある机のうちのひとつを―正しくは机の上の書類を―熱心に見ている三上が目に止まった。

「そこ、先輩の席だよ。」
「見りゃわかる。」
「・・・・・さいですか。」





 ああ、よかった。先輩、ちゃんと愛されてる。





 

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
いつになったら展開進むのこの話!(ほんとに

07年03月04日


back