ープライドが、認めなかった。私は認めたかったのに。ー











 春休みも半分過ぎ、あと少しで最高学年へ進むという、いささか暑い、春の日だった。春の大会に向けてサッカー部は今日も気合いを入れて練習していた。広いグラウンドに響く、何人もの掛け声。そこへ、場違いなほど白い肌の少女が一人入ってきた。

「こんにちは、桐原監督。今はー・・・まだ休憩ではなさそうですね。」

 はにっこりと微笑んだ。微笑みの先には、武蔵森サッカー部顧問、桐原。あぁ、あんたか、と少女がそこにいるのはまるで当然、といった感じで彼は言った。

「うちの司令塔は元気ですか?」
「司令塔が機能してなくてどうする。」
「元気ならそれでいいんですけどね。」

 ボールがちょうど、綺麗な弧を描いて、 の前に転がった。それを手を使わずに足で返す。来た時とほとんど変わらない軌道の上を通って、ボールは一人の少年の手中に落ちた。

「サッカー、何故やらないんだ?」

 その、的確なパスを見て、桐原は に問い掛けた。
 一瞬、虚をつかれたような顔をして、その後に笑いながら は言った。

「パス見て言ってるんでしたらそれは間違いというものですよ。私、パスしかできませんから。」
「それができなくて泣きを見る選手もいるんだがな。」
「はぁ。まぁ本音を言ってしまえばあんまりサッカーは性に合わなかったというか。陸上の方がよかったんで。」

 桐原はじゃぁ何故やめた、という言葉を出しかけてやめた。そのわけを自分が知っても、何の意味も為さないと思ったからだ。隣でただひたすらに自分の恋人の姿を追い掛ける少女を見て、桐原は小さく、本当に微かにため息をついた。隣にいる でさえ、気付かないような。






 何故、






「あれ?」

 ふいに がそう言った。彼女が先程まで見ていた三上を見て言ったのではなく、 の視線の先にはいわゆる3軍、と呼ばれる少年たちの姿があった。

「あら。あの子がいない。」
「あの子?」
「ほら、彼ですよ、いつも人一倍頑張ってたちっちゃい子。」

 そう言って は不思議そうに首をかしげた。長くなってしまった前髪が一緒になって右へ滑る。視界が急に狭められた。

「あぁ、風祭なら桜上水に転校したぞ。」
「・・・え?桜上水・・・?」
「しかしお前よく見てたな。部員ですら気付いていない奴もいるのに。」

 彼はあえて少女が桜上水という単語に反応したことに触れなかった。
 触れなくとも、その意とすることがわかっていたから。



「・・・・・頑張る子は大好きですから。」



 練習終了のホイッスルが鳴った。
 心のどこかで、安心した。










先輩?」

 まだ声変わりをして間もない、どこかぎこちなさが感じられる声がして、 は閉じていた眼を開けた。

「笠井くん。」

 目の前に立っていたのは、今春二年になる、武蔵森サッカー部笠井竹巳。肩には真っ白なスポーツタオルが掛けられている。こんにちは、と言った笠井を見て、わざわざ挨拶に来てくれる所が彼らしいな、とは思った。

「やほー。お疲れ。」
「ありがとうございます。どうしたんですか?」
「やー笠井くんの雄姿を見に。」
「ほー?」
「・・・・・・と亮のもついでに。」

 突然現われた三上を見て、 は彼が現れなければ言われることのなかったような言葉を最後に付け足した。
 三上は練習直後の汗だくの格好で、思いっきり顔をしかめた。
 後ろの方から、今日もお熱いですねーッ、と大きな声ではやしたてる三年は当然の如く無視される。
 それでも懲りずにそれを続ける彼らに向かって三上は近くにあったボールをそれはもう的確に蹴り付けた。
 そのボールを受けた彼らはまるで群れに何か入ってきたかのようにボールを避ける様にして一斉に散った。

「懲りないわね。」

 呆れと優しさの含んだ声で は言った。それを受けて三上は言う。

「お前もな。」
「三上先輩もですよ。」

 笠井のその言葉に三上は先程 に向けた時よりもさらに眉間にしわを寄せて盛大に顔をしかめた。

「亮、顔がありえないくらい醜くなってるわよ。」
「お前・・・他にもうちょっと言いようがあるだろが。」

 そう言われても彼女に言い直す気はまったくないようで。三上もその性格を知ってかそのことについてそれ以上とくに何も言わなかった。

「あ、じゃぁ俺は皆の所に戻るんで。」

 そう言ってぺこりと頭を下げた笠井に、 は小さく手を振り、三上は小さく、おう、と言った。

「後輩に気使わせていいの?」
「いやあれは笠井にとっちゃ普通なんだろ。」
「藤代くんがやったら気を使ったってことかしらね。」
「あーそりゃぁな。使いすぎだよ。」

 やたらと元気のいい後輩を思い出して三上は小さく、へっ、と笑う。昔その笑い方が人を小馬鹿にしたようでむかつくんですけど、と笠井に言われたがそんなのは知ったことではない。

「ねー亮、どうして彼は桜上水に行っちゃったのかしら。」
「風祭か?」
「意外。知ってたの?絶対知らないと思ってたんだけど。」
「あー、何かちっせぇくせに頑張ってたから目についた。」

 こんぐらいの背の奴だろ?と、三上は手を使って、彼ー風祭ーの身長を表す。 よりも小さい、その手の高さを見て彼女は、そんなちっさかったっけ?と思いながら、たぶんその子、と言った。
 初めて三上の部活を見にきた時から目についていた男の子。
 同情とかそんなもののせいじゃなくて、ただ単純に目についた。一軍や二軍と呼ばれる人たちのスパイク磨きでさえ楽しそうにやっていたから。 はその様子を見て、あぁ、この子は損するタイプだな、とその時はそう思っただけだった。
 だから、意外と記憶の片隅にしっかりと残っていたことには少し驚いていた。

「しっかしよく気付いたな、お前。」
「あー、うん。」
「昔っから周りに目の行き届いてるやつだったけどさ。」
「気になるんだよね。何となくまわりが。」
「性分か。」
「まぁそんな感じ。」

 休憩が終わるまで、あと少しあるようだ。
 二人はとくに示し合わせたわけでもなく、同時にベンチの方へ移動した。
 ぼんやりと、赤くなり始めた空を見上げる。
 何か亮といるとやたら空ばっか見てる気がするわ、と が言うと、俺の心が澄んでるから似たものの空が見たくなるんだろ、と三上。

「あー心に同調してるってことね。言われて見れば曇り空ばっかだわ。」
「お前ほんと可愛くねぇな。」
「安心して、あんたも格好よくないから。」

 歓声がして、そちらの方に目を見やれば、三軍と呼ばれる少年たちが何かの話で盛り上がりながら後片付けをしていた。

「一軍は片付けしないの?」
「自分らが使ったもんくらいはしてるっつの。」
「風祭くんって片付けも楽しそうだったわよね。」
「またそいつの話かよ。」

 三上が心底面倒臭そうに言ったのを、 はテキトーに流すように言う。

「妬いてんの?」
「全然。」
「気になるんだからしょうがないじゃない。でも安心して、亮が一番だから。」
「・・・お前人の話無視して話進めるくせ、治した方がいいぞ。」

 三上がそう言ったのを最後に二人は再び沈黙した。風の流れる音が聞こえる。
は何となく、次に口をきくべきなのは三上のような気がして、自分から話そうとは思わなかった。



「お前さ、」



 案の定、次に声を発したのは彼だった。

「俺がなんか間違った方に進み出したりしても気付くわけ?」
「さぁ。そういうのはどうだか。でも、きっとね。」
「そしたら言えよ。」
「気が向いたらね。」

 その返事が肯定の意味を表すのだと、三上にはわかっていた。





 その時の には、自信があったのに。





 
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藤代とおきゃぷが出したい。

06年2月9日


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