―始まりの合図に、乗り遅れた。―











 昨日、今年4度目の雪が降った。
 目が覚めて窓の方を見れば、カーテンの向こうがいつもよりも光って見える。
 重たい体をゆっくりと起こしながら、今日は学校があるんだっけ、と は頭の隅でぼんやりと考えた。同室の相手を起こさないようにとそっと床に足をつく。完全に冷え切ったフローリング。足の裏を伝って気づいたその冷たさに思わず身震いした。
 視界の端に入った、買ったばかりの携帯電話。新着メールを知らせる青いランプが煌々と点滅していた。
 携帯を片手で取り、受信BOXを開ける。
 差出人の名前を見て、 はそのメールを見ることなく削除した。

「もう二年生も終わりか・・・・。」

 壁にかけられたカレンダーの数字をなぞりながら、 はそうつぶやいた。
 ちょうど起床時間を告げるチャイムが鳴る。
 おはようー・・今日で最後だったんだねー・・・、と眠気眼をこすりながら起きてきた同室の少女に、は簡潔に、おはよう、とだけあいさつした。

「今日の修了式後の、部屋移動、私後でやるから、私の荷物は放っておいてくれてかまわないから。」
「・・・んー・・そうなの・・?」
「そう。ちょっと用事ができちゃったから。」

 ごめんね、と言うと、謝る理由がわからないよ、と返された。










『連絡のある人はいませんか?・・・・・・・・・・・・・ないようなのでこれで終わりにします。解散してください。』

 副会長のそういった言葉を合図に、体育館に集まっていた生徒たちはぞろぞろと二つしかない扉へ向かい出す。 もその人ごみにもまれながら扉へ向かっていた。
 意味のない修了式。卒業してもうここにはいない三年生のスペースがやけに大きく感じられた。後一ヶ月もしないうちに自分は最高学年になるのか、と何故か驚いているらしい自分に は疑問を抱く。別に学年がひとつ上がるだけだというのに必要以上に考えさせられていた。世間一般の中学三年生が挑む受験という壁すら存在しないというのに。

。この後ミーティング、出られないんだっけ?」

 横を歩く生徒会長の言葉で現実に引き戻された。
 一拍おいて、あぁ、うん、と は答えた。一瞬、何で出られないんだっけ、と思ったが、すぐに人と会う約束をしていたことを思い出した。
 のその答えを聞いて、後ろの方で、会計の相方である一年生が、え、と変な声をあげた。

「来年度の予算関係は一応一通り終らせたと思ったんだけど。」

 終ってなかったけ?と会長に聞く。
 いや別に予算関係について話し合いたかったわけでははいよ、と彼女は苦笑した。
 生徒会役員お疲れーと、何人かの生徒に声をかけられながら、 は彼女の話を聞いていた。一歩体育館から出れば、少し温かくなった風が一気に押し寄せてくる。雪が降った後だというのにこの気温の変化には驚きだ。白い世界は跡形もなく消え去っている。強風に耐えられなかったらしい梅の花が一つそのまま飛んできた。

「他校交流ねぇ。むしろうちの学校は男女交流を増やした方がいいんじゃないの?」
みたいに彼氏持ちが文句言ってんじゃないわよ。」
「彼氏が男子棟にいるからこそ増やして欲しいんだけどね?」
「あ!先輩!わかりますその気持ち!ほんとどうにかして欲しいですよね!」
「お前らいっそまとめてどっか行きやがれ。」

 生徒会資料のぎっしり詰まったファイルで殴られそうになった と相方はさきほど落し物として届けられた誰のものかわからない電子辞書と眼鏡ケースでそれを回避した。

「まぁ、とにかく私は出られないから、適当に決めてくれてかまわないわよ。」

 生徒会室に続く道に差し掛かったところで はそう言うと別の方へ向かおうとした。
 生徒会のメンバーがいなくなったのを確認して、元来た道を戻り出す。体育館から出てきた生徒たちの波に逆らいながら目的の場所へと向かう。途中で生徒会顧問の先生に、お前ミーティングはどうした、と言われたけれど、ちょっと外せない用事があるので、と適当に返した。
 校門を出て、右へ曲がり、小さな駐車場へ入る。

 奥に連なる桜の木の下に、見慣れた男の姿を確認した。



「亮。」



 に呼ばれた三上は読んでいた本から目を離さず、おう、と短く返事をした。

「桜の木の下で本読むとか無駄に乙女チックなことしてんじゃないわよ。」
「・・・・・・久しぶりに会ったと思えばいきなりそれかよ。」

 そう言って三上は苦笑しながら振り返った。
 私だってしたことないわよそんなこと、と呆れ、笑いながら は三上の隣に腰を降ろした。

「まだつぼみなのがせめてもの救いね。」
「咲いてたら読まねーよ。」
「知ってる。」

 みゃぁ、とすっかり懐いてしまった、向かいの家の猫の頭を撫でながら は言った。
 それからしばらく彼女らはまったく口を利かなくて。たまにある会話はといと、三上が に、この意味わかるか?と本を見せて聞く時だけだった。





「・・・・・・・司令塔はちゃんと機能しているのかしら?」





 先に話を切り出したのは だった。三上は相変わらず本から目を離さない。
 気がつけばいなくなっていた猫が置いていったリボンをぼんやりと見つめながら は続ける。

「それが心配で生徒会のミーティング抜け出してまでこうやって来たんだけどね。春大も近いんでしょ?」

 目線をリボンから空に移しながら は言う。
 いつもは声の聞こえる武蔵森のグラウンドも、今は静まり返っていた。おそらく30分の休み時間が終わり、最後のHRが始まったのだろう。

「でもとりあえず今は平気みたいね。」
「・・・・・・・・・おう。」





「守り抜くって決めたんだから、最後まで頑張りなさいよ。」





 その時三上がどんな手を使っても、と考えていたなどと は少しも思わなかった。


 
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春の大会前。

06年1月24日


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