ー私には、プライドがある。ー

 誇り高く咲いた華の、小さな嘆きのアリエッタ。











 この時期にしてはめずらしく、暖かい日だった。
 朝いつものテレビの中のお姉さんは、約一ヵ月半先の気温だとつげていた。学校へ続く坂道の途中で、彼ー笠井竹巳ーは早くもマフラーをしてきたことを後悔した。
 武蔵森の濃い緑のブレザーの下には既に汗ばんだ感覚。
 真冬に汗をかくなんて部活だけで十分だ、と彼は心の中で毒づいた。
 前を見れば、いつもはコートを着、マフラーをしている女の子たちが今日は圧倒的にマフラーだけの子が多くて。
 いつもは当たらないあのテレビ局の天気予報がめずらしく当たっていた。あまり気の乗らない笠井はいっそこのまま寮に帰ってしまいたいと優等生にしてはめずらしい思考を巡らせていた。



「笠井くん?」



 驚いて振り向けばそこには見慣れたショートカットの髪。いつもは出ていない耳が今日はしっかりと見えていた。
 変化に瞬時に気付いてしまうほど、見慣れてしまった、先輩の彼女。

「・・・今日は三上先輩とは一緒じゃないんですか?」
「いつも亮と一緒にいるわけじゃないわよ。お互い別に依存してるわけでもないし。」
「依存て・・・。ああ、おはよう。」

 後輩に呼ばれてあいさつを返した笠井を見て少女はやわらかい微笑みを浮かべる。ちょうど心地よい風が二人の間を擦るように通り抜けて目の前の木に吸い込まれていくように見えた。
 笠井は隣を歩く少女ー ーを、そっと、けれどもほとんど直視するような感じで見つめた。



 三上亮の、彼女。



 先生たちも知っているほどの公認カップルの二人。女子からあれほどの人気があっても決して彼女を作らなかったあの三上が初めて認めた、生徒会会計の二年生。本当は是非生徒会長にと、たくさんの人たちから要請があったらしいのだが、本人が生徒会長は偉いだけで仕事が少なそうだから嫌だ・という理由で断ったという噂が流れている。仕事をたくさんしたいらしい。確かに会計は生徒会の中で一番大変な仕事だと言われている。

「生徒会・・・ですか?」
「違うわよ。部活にちょっと顔出そうと思っただけ。」

 ほら、と言って が笠井に差し出して見せたのは、陸上競技専門の、いわゆるランニングシューズ。
 はこの間の新人戦を最後に陸上部を退部している。怪我をして走れなくなった、とも、ただ単に陸上に興味がなくなっただけ、とも言われている。けれど、本当の理由は誰も知らない。
と仲のよかった陸上部の部長も、幼なじみのバドミントン部の副部長も知らなかった。



 ただ一人、三上亮は知っているのかもしれないけれど。



「毎朝朝練か。サッカー部って大変ね。」
「たぶん思ってるほど大変じゃないですよ。皆サッカー好きで入ってるわけですし。」

 気が付いたらもう校門で、生活指導の先生が両サイドに立ってやたら大きな声であいさつを繰り返していた。今日は月曜日なので、週末に実家に帰り、家から登校してくる人も多いからだろう。笠井も もそのうちの一人だった。

「あ、亮。」

 の目線の先を辿ればそこには眠そうに歩く三上の姿。
先生に何やら注意を受けているようだが彼はそれを軽く流して行ってしまった。

「あの親不孝ものはいつ家に帰るのかしらね。」
「三が日ですら帰らなかったですからね。卒業式とかじゃないですか?」
「すごいそんな感じがするわ。」

 呆れを含んだその声はそれでもどこか暖かさを感じるトーンの声で。

 ああ、この人は本当に三上先輩が好きなんだな、と笠井は頭の中でぼんやりと考えた。





 この先、彼女たちが崩壊する日なんて来るんだろうか。





「それじゃぁ笠井くん、またね。」

 手を振る を見て、彼はそう思った。





 けれどその日は思ったよりも早く、訪れることになる。







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笛連載。

06年1月22日


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