―そんなものもうどっちでも良いじゃない。―











 人はここまで不機嫌になれるのか、と田中憂菜(14)は驚いた。

 来年度生徒会立候補者の立会い演説会に関する説明があるからと足を運んだ生徒会室。扉を開けてまず目に入ったのは縮こまっている数人の役員たち。その中に会長までも居て、何をしているのかと問えば無言で窓際を指差される。不穏なオーラを全開にしていたのは生徒会会計のだった。「えー何あれどうしたんですか」本人にも聞える程度の声でそう不満げに言ってみても誰もが肩を竦める始末。他の役員は役職が違うため席も若干離れているものの、田中は残念ながら会計だ。従って、あの見事なまでに不機嫌なの隣に座らなければならない。恨めしそうに会長を見ても、頑張ってと音声なしで応援をいただいただけだった。

「・・・・先輩、おはようございます」
「おはよう」

 答えは返ってきた。

「単刀直入に聞きますけど」
「・・・何」
「三上さんと何かありましたね?」





 バン!





 と。

 それはもう割れるのではないかと思われるほどの力で、が机を引っ叩いた。ひ!と離れたところから怯えたような声があがる。それから優しさを持ち合わせていない会長に「田中の馬鹿!単刀直入すぎだっつの!」と罵られた。「さー皆揃ったことだし会議始めよっかね!ほら!」無邪気な声を無理矢理絞り出して両手をパンパンと叩いて見せたのは、主な仕事は会長を宥めることである副会長のうちの1人だった。

「機嫌悪いのは構わないけど」

 会長が呆れ半分にため息をつく。

「仕事場にまで私情を挟まないでよね」
「・・・たまにはいいじゃない」
の場合は、たまにすぎてこっちが対処に困んのよ」

 は小さな声で努力するとだけ答え、結局、の機嫌が悪い理由は明かされないまま会議は始まった。










「で、お聞きしても良いですか」

 会議は終わり、田中はと共に職員室へ向かっている間にそう尋ねた。朝早い廊下は相変わらず少し不気味で、あまり気持ちの良いものではない。いつも人の気配で溢れている場所は、どうしたってその気配が消えると居心地が悪くなる。

「亮のことならお断り」
「えー!」

 あんだけ迷惑かけておいて!?と田中がに詰め寄っても当の本人はまったく相手にしない。ぺたんぺたんとゴム製の上履きと固い床のぶつかり合う音が響く。



「・・・弟さんのことですか」



 卑怯だとは思いつつも、この間田中がから聞いた弟の話を持ち出すと、はゆっくりと振り返った。どちらかと言えば可愛いというよりも美人なの視線はいつもよりも怖いくらい研ぎ澄まされているみたいで、田中は一瞬怯んでしまう。

「それ、禁句。っていうか、憂菜は桜上水の誰と知り合いなの?」
「企業秘密です」
「・・・」

 不満そうに睨みつけるの横を通り抜けて田中は失礼しますと職員室の奥へと消えた。取り残されたはため息を一つ付いて、その後を追う。手にかけた扉は重そうな音を立てた。

 必要な書類を顧問に預けて職員室を出ると、廊下は幾分か騒がしくなっていた。早めに朝練を繰り上げた生徒や、早めに登校してきた生徒が教室で話している声がなんとなく響いてくる。一年生の教室の前を通り過ぎながら二人は生徒会室へと向かう。

 と、突然中庭に面した窓がこつんと鳴った。驚いて振り返ってみても誰もいない。

「今、窓誰か叩きませんでした?」
「多分、叩いたというよりも何かを当てたって感じだったけど」

 訝しげに近づこうと田中が窓に近寄ったところでは制止の声をかける。



「いいよ」



「はい?」
「別に放っておけばいいじゃない」

 気になるの?と聞かれ、思わずそういうわけではないですけどと答えてしまう。なら行きましょうとさっさと行ってしまうを、目で追いながら、何となく田中は窓の外に目を向けた。





先輩!」





 呼びかけた頃には先にある角を曲がっていて、そのまま消えてしまった。追うべきかどうか悩んで、結局諦めた。廊下には相変わらず篭ったように教室内でおしゃべりに勤しむ少女の声があるけれど、実際に出ている人は見当たらない。それを確認して、からりと窓を開けた。

「・・・何してんの」

 見つかったらどうするつもりなの?呆れ半分に田中は窓の下に声をかける。



「しょうがねえだろ、あいつ電話しても出ねえし寮行っても居留守使うし」



 武蔵森サッカー部のジャージに身を包んだ三上亮だった。中庭は通称愛の隔壁と呼ばれるフェンスのあるところだ。あまり人はいないし目立つかと言われればそれほどでもないが、だからと言ってわからないわけではない。

「だからって学校来る!?」
「・・・あー、どうしても、話してえんだよ。っつかあいつ絶対気づいてたよな」

 あーとかうーとか意味の無い言葉を少し吐き出して、それから三上はすぐに立ち上がった。悪いなと言って去ろうとするのを、田中は呼び止めたが、運悪く教師が廊下の奥からやってきて、結局何も聞けなかった。何かあったのだろうかとは思っていた田中だったが、思っていたよりも面倒事らしい。今までにも何度か二人が喧嘩のようなものをしたことはあったけれど、大事になったことはないし、まず何よりもすぐに仲直りをしていたはずだった。どうしたのだろうと気になるが、どちらにも聞くことはできなさそうだ。



 時計を見上げるとあと15分でHR開始だった。生徒会室に戻ってもあまり時間はないと判断し、そのまま教室へ向かうことにする。すれ違う友人に適当に挨拶を交わしながら教室へ辿り着き隅の自分の席に着席すると、ポケットから大分古くなってしまった携帯電話を取り出した。リダイヤルボタンを押すと一番上にある名前を選んでプッシュする。ルルル、とコールが数回鳴り、がちゃりと音がした。



『はいはーい、何、朝っぱらからどしたん?』



 軽快なリズムの関西弁特有の声が響く。

「・・・シゲ、声大きい。あのさ、水野くんいない?」
『タツボン?まだ朝練から帰ってきてへんけど』
「あー、ならいいや、またかける」

 はーいとそれだけ言って切れた携帯を、田中はしばらく見つめていた。





 
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前回の更新3月なんだという驚き。

09年12月28日


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