―どちらが悪いかなんて、― ![]() 薄暗い廊下を抜けて談話室に向かうと、渋沢の言う通り、そこには近藤忍の姿があった。残念ながらその隣には中西秀二という機嫌が悪いときに会いたくない男ナンバーワンもいたのだけれど。 「近藤」 三上が呼ぶと、ジュースを片手に雑誌をめくっていた近藤は、律儀にも雑誌を閉じて振り返る。中西が不満そうな声をあげた。 「三上くんじゃん、何?僕が恋しくなった?」 笑いながらそう言って三上を見上げた近藤は、三上の顔を見るなり動きを止めた。蛍光灯に照らされた三上の表情が恐ろしく不機嫌だったからに違いない。 近藤に続いて振り返った中西は、失礼にも「げ、最低」と呟いた。 「あ?最低ってなんだよ」 「え、何無自覚?なら鏡見てきた方がいいよ、悪いけど俺も中西と同じこと思ったから」 「いやもうほんと最低、せっかく人が良い気分になっててっていうのに嫌なもんみたー三上最低―」 「うっせぇな、なんだよ人の顔見るなり失礼なこと言いやがって!」 「だから、その三上の顔に問題があんの、何その顔」 いつだって中西がつっかかるような物言いなのは慣れっこの三上だけれど、それにしたって心底嫌がっているようなその様子に、あぁ自分は今相当不機嫌な状態にあるらしい、とやっと気が付いた。渋沢もだから部屋から出る自分を止めなかったのだと妙に納得する。 「じゃー俺は退散するわ。こんな状態の三上の相手なんてごめんだし」 「おー、俺も出来れば今はお前の顔、見たくない」 三上の言葉に中西は何か言い返そうと口を開きかけ、けれど結局は何も言わずに、近藤に雑誌借りるわとそれだけ告げるとさっさと自室に戻っていった。 中西の消えていった廊下をしばらく見つめていた近藤は、それからゆっくりとした動きで再びソファに座ると三上にも座るよう促した。少しだけ躊躇する様子を見せた三上だったけれど最終的には人一人分空けて近藤の右側に腰を降ろす。 「で?何どうしたの?まさか今更10番話をするつもりじゃねーよな?」 「・・・・おっまえ、解っててそれ言ってんだろ」 「うん、まぁちょっとした嫌がらせ。こうして相談に乗ってやろうとしてんだからこれくらい許せよ」 近藤は向かいのソファの上に無造作に置かれているTVのリモコンを手に取ると、赤いボタンを押して電源を入れた。 「・・・・なんでTVつけんの?」 「ん?まぁいいじゃん」 そういうと近藤はリモコンを再びソファへと放り投げた。付けたところからチャンネルを変えないあたり、きっと少しでも雑音を紛らせて三上が話しやすいようにしてくれたんだろうと予想ができて、相変わらず呆れるやつだなと三上はそんなことを思う。自分のことなんかわかったって良いことなんかないだろうにと珍しく自虐的に考えて、慌ててその考えを揉み消した。 「いい加減、さんに相談すればいいのに」 いつも結局何か相談事を持ちかける相手として近藤を選んでしまう三上に、何も言わずに付き合ってくれていた幼馴染は、ぽつりとそう呟いた。 「・・・・今更だろ、それ」 「そうかぁ?始めはまぁ相談とかしづらいにしても、もう付き合い始めて半年経つんだからさ、だんだんとそいういうのって慣れてくるもんじゃね?」 「俺らがそういうんじゃないってお前が一番よく知ってんだろうが」 「一切干渉しないから亮も干渉しないでね、ってやつ?それ理由にさんを頼ってないんだったらお前馬鹿だよ」 田中憂菜に紹介されてからさらに半年後。その間に何度か話したりメールをしたりを繰り返し、三上とは付き合うことになった。話の内容もメールの内容も決して良い雰囲気だったわけではなかったし、三上もが肯定してくれるとは思わなかったので、自分で告白しておきながら心底驚いたのを覚えている。 ただ、OKをくれたその後に、「干渉しないこと」を条件に出してきたに、三上は少なからずが自分と付き合うことを承諾した理由がわかった気がした。 面倒くさい。 いつだったか恋愛についてそう語ったが思い出される。 「なんで話してくれなかったの、何で頼ってくれなかったんだよ、ってすぐそういうんだもの、本当に男って面倒くさい。恋人同士は全て知っていなければならないなんてそんな法律どこにも無いわよ」、が家から持ち出したという缶ビールを片手に公園の隅のベンチで、いつものように他愛もない話をしていた時のことだった。 にしては珍しく少し饒舌だったことを考えると、恐らく酔っていたのだろうなと思うけれど、その時の三上は特にそのことは気にもしなかった。ただ、の口から紡がれた言葉が、あまりにも彼女らしくて呆気にとられていたのだ。「どっちかっていうとそれ、女じゃねえか?」三上がぼやくと、はその大きな目を瞬かせて、それから「じゃぁ性格の問題ってことね」と言った。恋愛対象としてを見る男は皆そんなものだと思っていたらしい。どうやらだからあの時初めましてなどと言ったらしかった。 三上もも、あまりお互いのことを知りたがらなかった。三上の場合はに惚れていて、少しだけ盲目的になっていたことが原因とされるけれど、の場合はよくわからない。 だから付き合う条件にそんなことを出されても、三上は特に不満に思わなかったし、自分も干渉されるのは苦手だから丁度良いとさえ思った記憶がある。 「馬鹿ってなんだよ、そもそもあの条件はあっちが言い出したことだっての」 「じゃあ聞くけど、さんがお前頼らずに例えば渋沢とか頼ってたらどう思うんだよ」 「頼るとか頼らないとか以前に渋沢ってだけで虫唾が走る」 「そういう話してんじゃないから」 「・・・・・・そりゃ、良い気はしないけど」 だろ?近藤は後ろを振り返りながら言った。扉の開くような音が聞こえて廊下に顔を出してみるけれど誰もいない。 「まぁ他の人を頼ってるだけじゃなくてさ、黙ってられるのもあんまり良い気はしないだろ?」 「・・・・そりゃそうだけど」 「根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だと思うよ、さんにしろ亮にしろさ。でも自分から話す分には構わないってことなんじゃないの?その条件って」 「って、そんなこたどうでも良いよ俺は違うこと話しに来たんだって」 「違うことじゃないだろ、さん関わってんだから俺んとこ来る前にそっち行けよ。お前何のために水野んとこ行ったの?10番守るためだろ、それちゃんと伝えろよ」 近藤の口からさらりと色々な単語が飛び出してきて、三上は自分と同室のキャプテンを恨んだ。どう考えても出所は彼しかいない。 三上が黙り込んでも近藤は特に気にするわけでもなくつけっぱなしで誰も見ていなかったTVへと視線を向けた。少し前に流行った芸人が、何か話しているのが三上からも確認できたが内容までは頭に入ってこない。 はひどく怒っていた。 三上だってが大事なことを黙っていたことに腹を立てていた。 多分、彼女も同じ理由だった。 「点呼はテキトーにごまかしといてくれ」 近藤はひらりと手をあげた。 ← → +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 09年03月28日 |