よく晴れた日の、夜だった。 「アレンくん、来なかったね」 教団の外、門番の下にてリナリー・リーは呟いた。彼女の隣には、腰を下ろした神田ユウがいる。神田は答えなかった。 二人の漆黒の長い髪が、風にさらわれてなびいている。月の光しかない夜には、闇に溶け込んでしまうことの多いその髪が、今日は淡く光っているように見えた。月明かりが強いからだろうか。 ふうっ、とリナリーは長く息を吐いた。 「ラビ、行っちゃったね」 たった1時間ほど前のことだった。教団内でも人望の厚かった彼は、多くの人に見送られながら外に足を踏み出した。ほとんどの人が、門の外まで彼を見送り、笑顔と涙が入り交じった、感動的な別れだった。さよなら!そう言うラビの目に涙は浮かんでいなかったけれど。 神田は最後にラビがじっと自分を見つめていたことに気付いていた。それが一体どういう意味が込められた視線なのかもきちんと理解していた。そしてそれはラビもわかっていたことで、安心したようにやわらかく笑うと、彼は教団を後にした。 彼に手を振る人の中に、アレン・ウォーカーの姿は残念ながらなかった。 めんどくせぇ、そう小さく呟いた神田の一言に、リナリーがゆっくりと顔を上げる。 「神田、パーティーが始まる前にラビと何を話してたの?」 「・・・別に」 「何か頼まれたんでしょ?」 ラビは神田にしか頼みごとしないから、リナリーは微笑んだ。 突き刺すように頬をなでていく風に彼女は顔をしかめて手をあてる。季節はすっかり冬に色を変えていた。温度が低いと空気が澄んでいるように感じられるのだから不思議だ。 神田はぼんやりと、そびえ立つ黒い塔を見つめた。悪の組織の総本部だと説明しても誰も疑わないようなそれに、赤毛の少年はもういない。 それでも何も変わらなかった。 「アレンくん、いいの?」 唐突な質問だった。しかし神田はその質問が来るであろうことは予想していたので別に何も思わなかった。 どうせリナリー自身だって明確な答えなど期待していないのだろう、神田が何も返さなくても、特に気にした風でもなく空を仰いだ。 「神田、アレンくんがどこにいるか知ってるんでしょう?」 リナリーのその一言に神田は顔をしかめて大きく舌打ちをする。それだけで彼女には十分伝わったようだった。間にある空気が細かく揺れる。今度は神田がため息をついたからだ。 リナリーが小さな声で何かを呟く。神田には上手く聞き取れなかったが、役に立ててないなぁ、とかなんとかそんな意味のことを言ったような気がした。 何故皆揃いも揃ってあの白い少年を甘やかすのか、神田ユウには到底理解ができなかった。 だってどっかに行っちゃいそうで、いつかリナリーがそう言った時は、勝手にどっかに行かせておけば良いと本気で思った。 けれど神田の隣に伏し目がちで蹲っているリナリーの表情があまりにも悲痛で、自分が行動すればその顔が笑顔になると言うのなら、白い少年のためではなくて、彼を想って祈る少女のために動いてやろうと、そう思う。 きっと彼女は現ブックマンの元エクソシストがついでに少年を連れていってしまうのではないかと不安なのだろう。 少女は少年とブックマンの関係が、実は他人より薄いことを知らないに違いない。 面倒くせえ、神田はもう一度呟いて立ち上がった。 |