何事も、当の本人よりも周囲の人間の方が盛り上がるものなのだと、神田ユウは改めて実感していた。 「ユウー」 何度言っても直さない、自分の呼び方。間延びしたような独特の口調も相重なって、苛立ちはさらにUPする。こういうのを相乗効果と言うんだろうかと考えて、どうでもいいなとその考えを頭から追いやった。 「見送ってくんねーのかと思って心配したじゃんか」 神田の許可なしに、ラビはどさりと隣に腰を下ろす。 しばらく、二人とも口をきかなかった。 今日は、ラビが、ブックマンとして人生をリスタートするために、エクソシストである彼を捨てて、教団から出ていく日だった。 朝からパーティーだなんだと教団は慌ただしい。料理長のジェリーを始めとして、科学班の連中やらなんやらが、ばたばたと目の前を通過していくのを神田は視界に軽く捕える程度にしか興味を示していない。 時刻は夕方、そろそろパーティーが始まるらしい。 「お前、こんなところに居ていいのかよ」 「んー?別に問題ないっしょ。始まれば誰か呼びにくるって」 「そっちじゃねえよ」 神田のその返答に、きょとんとした表情のラビ。3拍おいて、あぁ、と思い出したように瞬きした。 「パーティー始まれば出てくるっしょ。あの子が食べないで誰が食べるんさー」 「・・・そうかよ」 そうさー、片手に持つミネラルウォーターをラビはこくりと飲み込んだ。 神田とラビの間には、離れ離れになるから淋しいとか、そんな感覚はお互いになかった。ただなんとなく、たまに隣に居た存在が消えるだけで、お互いの生活に影響はない。 神田はラビの横顔をちらりと見た。これといった感情は読み取れない。 数える程しか舌に乗せたことのない名を、明日から呼べなくなるのだと言われても、特に何も思わなかった。それはおそらく神田に限った話ではなくて、ラビにも言えることなのだろう。今までに数多くの名を持ってきた彼に、ラビという名を少しでも惜しんで欲しいと思うほど、神田はロマンチストではない。ラビの方もまた然り、だ。 別にこの馬鹿が消えようがなんだろうが関係ねぇけど。 どこぞのエクソシストの精神状態を掻き乱すことだけはしないで欲しかった。 面倒くさい。 「・・・もしあいつが出てこなかったらどうするんだよ」 「そしたらまぁお別れ言わずにさよならになんじゃねぇの?流れ的に」 当たり前のようにさらりとそう言ってのけたラビに、神田はため息をついた。 バタバタと走り回る教団の人々と、何か半透明の膜で仕切られているかのように、自分は別世界にいる気がした。しかしどちらかと言えば隣に座っているラビの方が遠いように感じられる。 誰かが離れた場所からラビを呼んだ。いよいよパーティーが始まるようだ。 「あ、ユウ、お願いがあんだけど」 立ち上がったラビが振り返りながら神田に声をかける。 「断る」 どうせろくでもないことくらいわかっていたので、迷う間もなくそう言った。 「あいつ、殺しといてね」 綺麗に神田の言葉を無視してラビはとんでもないことを口にした。 ふざけるな、と顔も見ずに吐き捨てると、ラビは苦笑しながら、けどユウは結局俺の我儘聞いてくれるよね、と大変不愉快なことを言う。 「俺、ユウが一番好きだよ」 そう言ったラビに、神田は何も言わなかった。 |