まだ何もわからないけれど。










人形劇











「あれ?そういやあの双子帰ってきてないんか?」

あちらこちらについた傷を水で洗い流しながらラビは言った。ラビのイノセンスを使って病院までひとっ飛びしたアレンとラビは、上手く到着できず、そのまま病室へとつっこんだのだった。一通りブックマンからの説教を受けた彼らは、とりあえず汽車に乗る前に軽く消毒でもしようと言うことになったのだった。ただでさえAKUMAとの戦闘で傷を負っていたというのに壁につっこめばさらに傷が増えるのは当たり前である。

「あれ?ほんとだ、てっきり戻ってきているものだと思ってました」
「もう半日経つしなぁ、いちお探しに行くか」
「・・・まさかまたあれじゃないですよね?」
「ん?いやだってあれが一番早いしさー」

あれとは言うまでもなくラビのイノセンスのことで、アレンはつい先ほど起こったばかりの事態を思い出して顔をしかめた。

「まぁでも実際時間はないですよね。汽車が出るまであと20分もないですし」

個室を予約しているはずだから、汽車を一本遅らせるわけにはいかない。バチカン直属教団ともなれば個室の一つくらい用意してくれるかもしれないが、代わりに誰かが個室を追い出されるわけだから、なるべくならそれは避けたかった。最も、そんなことを思っているのはアレンくらいかもしれないけれど。

「やっぱこれで行くしかねぇんじゃん。ほら、捕まれモヤシ」
「もう一度そう呼んだら頭カチ割ります」

伸っ!ラビが叫んだと同時にアレンはまた空に放り出された。










夕闇に包まれた街の上空をひたすら一直線に進んでいく。人通りはまだ大分多く、この中から二人を見つけだすのは不可能のように思われた。幸いなのは、人々が皆帽子を被っていること。寒さ対策のためか、ほとんどの人がなにかしらの帽子を身につけているのだ。それならば、の金色の髪を頼りに探せば良い。
これならばすぐに見つけだせるだろうと期待をしたものの、ひしめく人々の中から捜し出すのは難しかった。しばらく探してみるものの、二人は見つからない。AKUMAと闘った場所付近にいるだろうと、瓦礫と化した街中を念入りに調べてみるけれど見当たらない。汽車の発車時刻まであと残り5分を切っていた。

「アレン、戻んぞ。あいつらだってエクソシストなんだ、自分でどうにかすんだろ」

納得はできなかったけれど、ラビの意見は正しかった。アレンは風を切りながらラビを振り返ろうとして、人集りの中に光る金を見た気がした。



「っ、ラビっ!あっち行ってください!たぶんあれだ!」



人集りから少し逸れたところに降り立つと、アレンは人を掻き分けて進んでいく。すみません、といいながら押し退けようとするけれど、なかなか前へ進めない。
なんとか中心へ躍り出ると、そこには案の定と樹がいた。二人とも気を失っているのか、地面に横たわったままぴくりとも動かない。医者らしき人が二人を介抱しようと周りの人間に指図をしているのが見えてアレンは急ぎ足で二人の元へ向かおうとした。

目の前を、鉄の棒のようなものが通過する。

正しくは、鉄の棒のようなものが伸びてきて道を遮った、なのだけれど。



「おじさーん、そいつらのこと、放っておいてもらえる?」



ラビだった。
イノセンスを発動したらしい。
伸びたラビのイノセンスはたくさんいる人の合間を器用に縫ってアレンの目の前を通り、医者らしき男と彼によって今まさに抱き起こされようとしていたの間を引き裂いて、向こう側の壁に突き刺さっている。医者の風体の若い男は怯えたような声を出すと後ろへ尻餅を着いた。

「な、なにするんだ!僕はこの子の看病をしようとしただけで・・・」
「そいつはどーも。でもいいから、とにかくその二人から離れてもらえる?俺らの仲間なんさ。だから、あとは俺たちがどうにかすっから。心配無用」

そう言ってラビはにこりと笑うとまだ何かを言い掛けた男を遮り樹を担ぐ。「アレン、お前くらいなら担げんだろ」、アレンは顔をしかめて「ラビ、僕のこと非力だと思ってません?」、をゆっくりと抱き抱えた。
ざわざわと騒ぐ群衆に、思わず目を光らせる。おそらくはもうAKUMAがこの中にいるなんてことはありえないだろうけれど、油断はどうしたってできない。アレン捕まれ!ラビのイノセンスは既に病院に向けて伸び始めている。アレンは発動させたイノセンスの左手の先をラビのイノセンスに引っ掛けると、を離さないようしっかり掴んでくるりと態勢を立て直した。呆然とした表情の人々に見送られながら、みるみるうちに街が遠ざかっていく。

「大丈夫でしょうか」
「んー、ジジイいるしなんとかなるっしょ。AKUMAによるもんなのか、それともただ単に体調不良なのかさえわかんねぇからまだ何とも言えんけど」
「呼吸に異常は見られないですしね」

アレンは自分の腕のなかで規則正しい寝息をたてるに視線を移した。

この双子とアレンが出会ったのはほんの数時間前だった。
アレンはまだ彼らについて何も詳しいことを聞かされていない。ブックマンとラビは何かを知っているようだけれど、アレン自身もロードとの戦いでごたごたしていてそれどころではなかったから、聞く暇などなかったのだ。



不思議な二人だ、と思う。



エクソシストはその特殊性故にか、闇のようなものを抱えているものが多いような印象を受けるのだけれど、この二人からはどういうわけかそれがあまり感じられない。アレンとてエクソシストを全員知っているわけではないけれど、教団から感じる雰囲気からいってもそれは間違いないだろう。



眩しい、と思う。



リナリーから感じるそれとは違う。
もっと純粋な白。



子ども、を思い出すような。



「なぁアレン」

ふいに前からラビの声が聞こえてくる。

「俺さ、やっぱこいつの速度と距離調整苦手みたいだわ」
「・・・はい?」

をしっかり守っとけ!というラビの声と、「ふざけんなっ!」というアレンの声は重なって、結局アレンの思いは伝わらなかったようだった。










言うまでもなく彼らは本日二度目となるダイヴを見事成し遂げ、こっぴどくブックマンに叱られた。汽車の発車時刻間近だったので、そのまま駅へと向かったはいいものの、発車ベルを鳴らす汽車に突っ込んで、一時駅構内を騒然とさせたのだから仕方がないと言えば仕方がないのだけれど。

ちゃんたちは寝かせといてあげて。そしたらすぐ僕らの車両に戻ってくるんだよ、徒歩で」
「わかってるっつの!」

と樹を寝台に寝かせると、ラビは大きく息を吐く。ため息をつきたいのはこっちですよっ!アレンに言われてラビは妙に驚いた顔をした、「確かに」。

「ま、ジジイの話によれば寝てるだけみたいだし大丈夫っしょ。どーせ今から聞くコムイの話だって何がなんだかわからんだろうし自然に起きるの待とうぜ」
「そうですね」

パタン、と扉が閉まる。
汽車の向かう先で、彼らは予定外の戦いに巻き込まれることを、まだ知らない。





 
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09年05月27日



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