ただ追いかける。 月の人形劇 まず目を覚ましたのはだった。 まどろみの中で少女の叫ぶような声が聞えた気がして目を開ける。薄暗い汽車の中で、樹が気持ち良さそうに寝ていた。彼はいつだって深く眠る。 声の主はどうやら汽車の外にいるようだった。少しだけ窓を開けると、はっきりと少女の声が風に乗って届く、「私たち、なんのために仲間なの?」、リナリーが泣くように訴えていた。目の前で頭を下げているのはアレンで、は興味を持って身を乗り出した。ベッドに膝立ちになってようやく全貌が見えたと同時に、何度だって助けてやるんだから!という何とも格好良い台詞を残してリナリーが足早に汽車へと戻っていくのが見えた。 しばらくアレンは動かない。声もかけずにがじっとアレンを見つめていると、「・・・・どした?」というくぐもった樹の声が背中にかかる。振り返って、「アレンくん、」まで言ったところで発車を告げるベルが鳴った。振り返るとアレンが、慌てて汽車に乗り込もうとしているところで、はベッドから音もなく駆け出すと扉へと向かう。「ちょ、おい!!」樹も跳ねるように起き上がるとを追った。 「・・・・オレっすか?」 寒空の中を、山道に掛かった大きな橋を進む汽車の最後尾で、ラビは窮地に立たされていた。後ろには線路しか見えず、ついでに言うならもちろん前の駅なんてとっくに見えなくなっていた。先ほどまでラビを支えていた鉄格子のような手すりも、今や完全に開かれている。リナリーが開けた。 「お願いラビ!アレンくんきっとさっきの駅で乗りそびれちゃったんだわ」 リナリーが、きゅ、とラビの手を握って上目遣いに見上げてくる。いつもならば可愛いと思えるこの仕草も、さすがに今回ばかりは何とも思えなかった。ついでにパタパタとリナリーの少し上を悠長に飛んでいる(浮いている?)ティムキャンピーへと目を向ける。お前の主人どっか行っちゃったぞ!という思いを込めてラビが睨んでももちろんまったく効果などない。 「戻って探してきて」 どこにもいないのー、とリナリーは心配そうな声をあげた。ならばお前が行けと思わなくもないけれど、相手はあの、教団のプリンセス(命名コムイ)と言われるほどの少女なのである、言えるはずもない。 「ガキかあいつは・・・・」 「行け、今ならお前の如意棒でひとっ飛びだろ」 「槌だよパンダ」 何で自分の弟子のイノセンスも覚えられないのだろうと日々思うけれど、年だから仕方ないと無理矢理飲み込むことにする。代わりに、足でラビをさっきから蹴落とそうとしていることについて、押すなボケ、と反論しておいた。 「いいけどさぁーなぁんかヤな予感すんなぁー」 ラビが一応承諾の返事をすると同時にリナリーの手が手放され、ブックマンがラビを蹴落とした。「ふっざけ、」まで言いかけたところで汽車はあっという間に闇に飲まれていく。文句はまた後で戻ったら言うとして、とにかく落下する自分を食い止めなければ、とラビは地面に向かってイノセンスを思いっきり伸ばした。 「・・・・大変!ブックマン!たちもいないわ!」 リナリーたちは汽車で悠々と待っているに違いない何だそれズルすぎる、とラビは思っていたけれど、実は騒然としていたということを、彼は知る由もない。 「・・・・」 樹は目の前を黙々と歩くに声をかける。一度かけたくらいではもちろん振り返ってなどもらえず、仕方なしにもう一度呼びかけた。 「。ちゃん。もしもーし、ってば」 ぐい、と右肩を掴んで足を止めさせると無表情では振り返った。 「・・・・何」 「いやいや、何じゃねえだろ、どうすんのこの状況」 「・・・・どうするって、アレンくんを探すしかないよね」 「でも迷ったじゃん」 「迷ってないよ」 「迷っ、」 「迷ってないよ」 アレンが汽車に乗りそびれそうになったのを見たは慌てて汽車を飛び降りて、続いて樹もその後を追った。二人がホームに降り立った頃には既に汽車は進み出していて、慌てて車掌に声をかける、「待ってください!」叫んだ声は、汽笛に見事にかき消された。とにかくアレンをひっぱって最後尾に飛び乗ろうと振り返ると、もうそこにはアレンがいなかったのである。慌てて見渡して、目を引いたのは村人の集団。追いかけようとしたところで駅員につかまり、結局お金を払って駅から出た時には既にその村人たちも見失っていた、というわけである。 ゴーレムも汽車の中に置いてきてしまい、ついでに言うと次の行き先も知らない二人は、結局アレンを探さなければ自分たちもどうしようもないことにようやく気づき、地道に聞き込みをして、やっとアレンが森へ連れていかれたことを聞き出した頃には、日が暮れてもう大分経っていた。 そんな中地図も持たずに入り込めば。 「まー迷うのも当然だけどさー」 「迷ってないよ」 「・・・・いや、そこは認めないと先に進めないぞ」 まず考えよう!と樹は無理矢理を近くにあった大きな岩に座らせると、自分もその隣に腰掛けた。 ほとんど光のない森の中では、月明かりだけが頼りだけれど、大きな針葉樹林が邪魔をして、それさえも満足に届かない。 森での生活には慣れている二人だけれど、やはり自分たちの慣れ親しんだ森とはわけが違う。ここに住むものの顔も何も知らないのだ。他人の中に入り込んでいるようで気味が悪かった。側では聞いたことのないような鳥の鳴き声が聞える。 「思うに、朝まで動かない方が俺は賢明だと思うんだけど」 「・・・・うん」 「問題は寒いことだよな」 やっぱ冷え切ってる、との右手に自分の左手を重ねて、樹はかすかに眉を顰めた。いっちゃんの方が冷たいよ、とはさらにもう片方の手を重ねる。じっと樹を見つめると、彼は困ったような顔をして、それから不自然に欠伸をすると上を見上げた。 「どっか洞窟でもあれば・・・・って、あれ!!」 樹が木々の間から断片的に見える空を指差して言う。合間を縫って見え隠れするのは、間違いなくイノセンスに乗ったラビだった。叫んでも声が届かないほど上にいる。しかも、止まらない上に割と速いスピードであることを考えると、目的をもってどこかに進んでいる可能性が高い。 「あいつもアレンのこと探しに来たのか!?!追うぞ!」 発動!がイノセンスを開放するのと、樹が一番高い木に飛び乗ったのは、ほぼ同時だった。 ← → +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 10年03月11日 |