さぁ、街へ行こう。










人形劇











ガタン、揺れる汽車の振動で、は目を覚ました。ボックス席の向かいでは自分の弟が規則正しく胸を上下させて呼吸しながらぐっすりと眠っている。真っ黒で分厚いカーテンをかすかに開けて流れていく景色を掴もうと目を凝らしたけれど何も見えなかった。星さえもないところを見ると今夜は曇なのだろう。
通路を挿んで奥のボックス席からラビとブックマンが何やら話しているのが聞こえてくるが内容まではわからない、の知らない言語のようだった。

汽車はロンドンを出ての知らない町へ進んでいく。そこで負傷したエクソシストの救援がブックマンに課せられたまず一つ目の任務で、彼らが回復次第たちを含めたエクソシストに任務内容が明かされるらしい。ブックマンとその弟子ラビはどうやら知っているようだけれど、と樹には知らされていない。室長自らが出向いているところから判断すると、重要任務のようだった。



と樹がエクソシストになって四日目の夜だった。



「・・・?」



眠たそうに目を瞬かせながらの目の前に座る樹はくぐもった声でそう呼んだ。起こさないように息をひそめていたつもりだったけれど、彼は目覚めてしまったらしい。

『なーに、もぉついたぁ?』

欠伸と共にそう言った彼の言葉は久々に耳にする母国の言語だった。寝呆けて無意識のうちに使ってしまったのだろう、本人からは特に意志は感じられなかった。

『・・・いっちゃん、日本語出てるから』
『うー、うん?俺日本人ー』
「じゃなくて、日本語。言葉」

英語で指摘して初めて気付いたらしい。ぱっちりと目を開くと樹は「樹、ただいま目覚めました」、と敬礼する。くすりと笑ったに、樹は手を伸ばした。さらりと髪に触れる。彼女の髪は綺麗な金髪で、さらに前髪の奥から覗く隻眼は深い碧色だ。2人の育った日本でその容姿は忌み嫌われることが多かったけれど、樹は昔からその髪と眼がお気に入りだった。
だから、すぐに触れてくる。

「あれ、、そういえば髪切った?」
「痛んでたところを少しだけね。よくわかったね」

も同じように自分の弟の髪へ手を伸ばしたその時に汽車は減速を始めて、目標の駅が近いことを悟る。
隣からブックマンが身仕度を整えるように言った。

近づいてくる街をは目を細めて見つめている。





ここに、AKUMAの魂が見える少年がいる。










「白っ!」

アレン・ウォーカーと対面するや否やそんなことを言ってのけた樹をは目で制した。「だって白い」、樹はあまり悪怯れる風でもなく感心したように呟く。アレンは苦笑しながら、はじめましてと自己紹介した。つられて慌ててと樹も挨拶する。ラビに連れられてアレンたちの宿泊するホテルに招かれたと樹は、自分たちと同じようにAKUMAを識別する(アレンの表現を借りれば、魂を見ることができる、だが)ことのできる少年に会えると緊張していた2人は、彼を困らせないように質問内容も厳密に考えてシュミレーションまでしてみたというのに、樹の発したたったの2文字によってそれは意味の無いものと化した。

「弟が大変失礼しました。私の名前はと言います。こっちは弟の樹」

アレンは一瞬驚いたように目を見開き、それからにこりと笑ってよろしくお願いしますと伝えた。大方、似付かわしくない彼らが姉弟であったことにでも驚いたのだろう。と樹はそのことについて聞かれるのは慣れっこで、むしろアレンがそこについて尋ねてきてくれれば、樹もアレンの左眼について聞けたのに、と予想外の彼の反応を少しだけ残念に思った。よくよく考えてみれば戦いで疲れているアレンにそういった込み入るような話を振るのはなかなか酷なことだっただろうから、まあいいのかもしれない。

アレンはすぐにブックマンに呼ばれて部屋に戻っていった。

どうしたの、が聞くとラビは「針刺すの」、と答えた。間違えではないけれど表現の仕方があまりよろしくないと思ったのはだけではなかったはずだ。

「ラビは、アレンに会ったの、今日が初めて?」
「そうさねー、けどなんていうか、噂はいっぱい聞いてたっていうか」
「噂って?」
「ん、まぁ色々」

ラビには少し壁があるな、それが樹の抱いた最初の印象だった。ブックマンという職業がそうしているのかそれともそんなことは関係なく、彼の性格によるものなのか。それをに言うと、
彼女は首を傾げて「そんなことないと思うけど」、そう言って空を見上げた。



彼らを教団まで導いてくれた神田ユウも、

こうして初任務に一緒に出かけることになったラビも、

皆から愛されているという少女リナリーも、

AKUMAの魂が見えるというアレンも、





あぁただの子どもなんだな、と。





およそ大多数の人間が抱く思いとは別の感情を抱くこの2人が果たしてどう影響するのか。





 
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08年12月26日



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