新たな、スタートライン。










人形劇











神田ユウに連れられて、とその弟樹は黒の教団に到着した。

着いた時刻が夜だったこともあるのだろう、闇の中に聳え立つ教団本部には正直あまり良い印象を抱くことができない。周囲を飛び回る無線ゴーレムがこうもりのように見えて、幽霊屋敷を連想させた。



未来が不安になったというのは気のせいだと思いたい。



「・・・・あの、神田?」
「あ?」
「・・・・ここ、なんだよな?」
「そうだ」

そっけない態度を取ると神田はずんずんと進んで行ってしまう。
教団本部に近づくことはなんだかとても恐ろしかったけれど、神田に取り残されてそのままここに放置されることの方がよっぽど恐ろしい。と樹は慌てて彼の後を追う。
神田がなにやら話しているのが聞こえた。傍から見れば一体何と話しているのか想像もつかなかったが、門が開けられたことから考えると、おそらくあれは門番なのだろう。大きな顔が上下左右に動く様は、なんだかホラー映画のワンシーンのようだった。相変わらず教団本部はよくわからない。

門番の身体検査を終え、3人は内部へと進んでいく。
外に比べれば明るいけれど、それでもやはり室内という割には暗めの方だろう。廊下の先はぼんやりとしていて輪郭をはっきりつかむことはできない。思ったよりも広く感じられる内部をきょろきょろとものめずらしげに見回す双子に、神田は不快そうな表情を見せた。おそらく迷子にでもなられると困る、ということなのだろうが、そんなことは気にしない。「神田!あれ、なに?」、樹が興味を示しても、神田からの説明は何も得られなかった。もしもここにリナリーでもいればその説明を彼女がしてくれたのだろうけれど、仕方がない。

何度か階段を上ったり突き当りを曲がったりしているうちに、にぎやかな場所へ出た。ここは?が尋ねると、神田は「室長がいる部屋」、と大変わかりにくい返事をした。とりあえず、偉い人物のいる部屋らしい。
神田はノックもせずにがちゃりとその扉を開けた。さすがの双子もそのまま中へ入っていいものかどうかしばし悩んでしまったが、今の2人にとって神田はナビゲーターのような存在なのだ。彼がいなくなると、正直途方に暮れることになる。再び慌てて後を追う。





モノが飛んできた。





「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

その飛んできた何かは、と樹の間を通り抜け、ドアから出て廊下の壁へ。がしゃん!とあきらかに粉々にくだけ散った音がした。

「悪い!大丈夫か!?」

そう言って奥から出てきたのは、優しそうな顔をした男性。怪我はないかと2人に尋ねたが、正直自分たちよりも砕け散ったモノの正体の方が気になった。

「・・・俺たちは大丈夫ですけど・・・あの、何か壊れましたがいいんですか?」
「あぁ気にするな。壊そうと思って投げたものだから」



さらりと言った。



「リーバー、コムイは?」
「室長なら奥。さっき殴っておいたから多分それなりにおとなしくなってると思うぞ」

何やら物騒な話だった。
神田と男の話の内容から察するに、どうやらコムイという男が室長と呼ばれる立場にあるらしい。神田とリーバーはさらに二言三言会話をすると、互いに別方向へと別れていった。と樹がその場に突っ立ったままでいると、神田から早く来いとの声がかかる。一応リーバーに礼を言ってから、2人は奥の部屋へと進んだ。
一歩踏み入れて、呆然。
物が、溢れている。
書類や書物といったものが圧倒的な割合を占めているが、それ以外にも何か得たいの知れないものがたくさん散らばっている。とてもじゃないが人などいるようには見えなかったが、何かうめき声のようなものが机と思われるものの下から聞こえた。

待つこと1分。

もぞもぞと1人の男が姿を現した。

「神田くんだーおかえりー」
「黙れさっさとこいつらどうにかしろ」
「んー?・・・あぁ、あぁ!そっかそっか。で?彼らはエクソシストだった?」

ずり落ちた眼鏡を押し上げながらコムイは何やらがさがさと探し始めた。これだけ散らかっていてはなかなか見つからないのではないかと思ったが、意外にも早く目的のものは見つかった。

「さぁな。ただ、違ったとしても役に立ちそうだったから連れてきた」
「役に立つ?」
「本人に聞け。俺はこのまま次の任務だろ」
「あぁ、そうかそういえば。悪いね神田くん。列車での移動時間が長いから其の中ででも仮眠を取ってくれるかな。説明は現地についてからでいいから、マリに全て任せてある」

神田はコムイから軽く説明を受けるとちらりと2人に目を向けて、すぐに部屋を出て行こうとした。「「ありがとう」」、揃って言うと、一瞬だけ足を止め、右手を軽くあげた。そして今度こそ、本当に部屋を出て行った。
神田が部屋を出て行ったのを見届けてから、コムイはゆっくりと2人に視線を向ける。緊張して固くなっている2人にコムイはあははと笑いかけた。

「そんなに固くならなくていいよ。とりあえず、ヘブラスカのところへ行こうかな」

へぶらすか?ぽつりとが呟くと、エクソシストだよ、とコムイは笑いながら言う。がちゃりと彼によって開けられた扉を出ると、先程リーバーが投げ付けて見事なまでに破壊された何かがそこにあった。「リーバー班長ったらまた散らかして!」とコムイは憤慨したように言いながらその破片を跨いで廊下を進む。双子の目には破片の一部にコムイの名が刻まれているのが写ったのだが、それを伝えるとヘブラスカとやらの所に行くのが先延ばしになってしまうことが目に見えていたので黙っておいた。

かつんかつんと音が鳴る。
冷たい石の廊下はの踵が打ち鳴らす小さな響きを良く反芻させた。こもったように響く音に少しだけ怯えた彼女は前を行く樹の腕を掴んだ。「大丈夫?」、彼らのやり取りをコムイが目を細めて懐かしそうに見ていたことなど二人は知らない。



「そういえば、神田くんが君たちのことを役に立ちそうだとか言っていたけどあれはどういうことだい?」



ここだよと言われてと樹が踏み入れた場所は物一つ見当たらない整然とした雰囲気の場所だった。狭い正方形のベランダのような印象を受ける。ピラミッドを逆さにしたような形のそれはかちりとコムイがあるボタンを押すと機械音と共に動きだした。どこかに向かっているようだ。

「はぁ。多分それは俺たちがアクマ?とイノセンスを識別できる目を持っているからだと思います」
「・・・へぇ、それは確かに便利だね。でも驚いた、今までそんな人たち聞いたこともなかったのにここ数か月で出てくるなんてね」
「それ、神田から聞きました。アクマの魂が見えるんでしょ?いつも俺たちが見てたのって魂なんだって驚きました」

でもその理屈から行くとイノセンスのあれはなんなんですかね、樹が言うとコムイは首をかしげた。コムイは何か仮設を挙げようと口を開いたところでその口を再び結んだ。と同時に双子の上から大きな影がかぶさった。

上を見上げれば見たことのないような巨大な何かが蠢いている。

「彼女がヘブラスカだよ。とりあえず君たちの目がイノセンスなのかどうか、それからもしもイノセンスならば同調率がどれくらいなのか見てもらうから、そこに立っててもらえるかな。大丈夫、味方だよ」





まずの左目の眼帯が外された。

綺麗な赤眼が姿を現す。

右目とは明らかに異なるその色は、なんだかとても異様な雰囲気を放っていた。誰もが目を見張るような目立つそのオッドアイを隠すために眼帯をしていたのだ。
ヘブラスカはゆっくりとから離れると続いて樹へと向き直る。樹の右目も赤眼だが、左目が色素の薄い茶色なのでよく見なければオッドアイだとはわからなかった。



二人のその赤い眼が、どうやらイノセンスのようだ。



「同調率・・・は、驚くほど高い。この眼の・・・使い方はわかっているのか?」

ヘブラスカの言葉が凛と響く。コムイは無表情にそれを少し離れて聞いているがとくに何も意見は言わなかった。樹もも互いに顔を見合わせてそれから困ったように笑った。

「あんまり。つい最近まではアクマの存在も知らなかったし。識別するくらしか、出来ないよ」
「その眼・・・二つ合わせて一つのイノセンス、のようだが、それについて・・・心当たりは?」
「・・・・・・それは、上手く説明できません。あとで直接あたしたちの戦い方を見ていただいた方が早いと思います」

ゆっくりとが言うと、ヘブラスカは黙ってコムイを見た。わかったよ、コムイが言うとヘブラスカは再び双子に向き直る。



「今は、説明する間も惜しい。戦力になるのなら、・・・すぐにでも任務に加わることになるだろう。・・・運命を、分かつ双子よ、この戦で・・・たくさんのことを学びなさい」



コムイは珍しくあまり言葉を発さなかった。普段のコムイを知らない二人は特に気にしたわけではなかったが、ただなんとなくコムイが寂しげに笑うから、それが目に焼き付いた。戦って?聞いてもコムイは答えない。



「それじゃぁ、細かい説明をするから、僕の部屋へ戻ろう」





――君たちは、今この瞬間から、正式に神の使徒たるエクソシストだ。





よろしく頼むよ、差し出された右手を、はきつく握った。それに樹も上からそっと自分の手を重ねる。



戦いの表舞台に、上った彼らに、引き返す道はない。



 
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
1年2ヶ月ぶり・・・・。

08年08月30日



back