それは、夢というより幻に近かった。
夢ほど不確かなものではなくて、だけど夢より残酷で非情なもの。
目の前にあって、手で触れることができて声が届いて振り向いてくれた。
だけどそれは、全部嘘だった。

私は、幻に話し掛けていた。










人形劇











今思い出しても腹が立つ!

暗闇を颯爽と駆け抜ける、黒い一つの影。真っ黒なコートらしきものに身を包み、ほとんど闇と同化していた。その後ろを、一歩半下がるようについていく影が一つ。こちらは頭から爪先まで繋がった白い洋服に身を包み、背中に何か四角い箱のようなものを背負っていた。

夜の森はほとんど光がないに等しい。しかしその二つの人影は障害物をモノともせずに駆け抜けて行く。

「・・・チッ。あんのコムイの野郎・・・っ!」














「ちがいますぅ。次の任務のお話があるんですよぅ」

拗ねた子供のような声のトーンで受話器越しにコムイ・リーは言った。いたずら電話だと決め付けて電話を切ってしまおうと考えていた神田は任務という言葉に反応して手を止める。再び、受話器を耳にあてた。

「神田くん、そっから中国回って帰ってきてって言ったら怒るかい?」
「・・・内容による。」
「もしかしたらエクソシストかもしれない子たちがいるんだ。確かめてきて欲しい。アジア支部にさえ行ってくれればそれでいいんだけど、彼ら怯えちゃって絶対動こうとしないんだよ。支部の人間と話はしてくれるらしいんだけどねぇ。悪さをしているわけじゃないから強制的に連れて帰るのもどうかと思うし」

割と本気で困っているらしい声でコムイは言う。後ろでリーバーが頼むよ神田!とかなんとか言っているのもついでに聞こえた。なんだかんだで本当に困ってはいるのだろう。
とは言っても、神田のいる場所はイタリア南方、マテールという街(正確には元街だが)の郊外である。
中国まで一日でひとっとび、なんてわけにはいかない。

「支部の奴らがわからねえなら、本部の探索部隊に行かせりゃいいだろ」

怪我は完治したものの、正直疲れているのは事実だし、彼としてはできれば遠慮したかった。

「うーん、それがちょっとそういうわけにもいかないみたいなんだよね。寄生型みたいだけど、アレンくんのようにはっきりとイノセンスが体の外に表れているわけじゃない。だから本当にエクソシストなのか探索部隊じゃわからないんだ。ヘブくんに見せれば一発だけど、なるべく本部に一般人は入れたくないからね。だからイノセンスを持つエクソシストに行ってもらいたいんだ」

蛇の道は蛇に聞けってね、やたらと勝ち誇ったようにコムイは言う。神田は眉間に皺をよせた。トマが隣でハラハラしながら見守っている。しばらく考えるような仕草を見せた後で、神田はため息をついてそれを承諾した。

「よかった。じゃあ、中国に入ったらまた連絡をくれるかい?細かい指示はその時に出す。あ、だから君たちが今回の任務で確保したイノセンスはアレンくんとトマで教団まで持ちかえるように伝えておいてくれるかな?」

ああ、と短く返事をして神田は無線を乱暴に切った。










それが、イタリアを発つ直前の出来事。
アレンたちと別れた後に、神田は最寄り駅からはるばる列車に揺られながら一人で中国までやってきた。人目のつかない暗い森の入り口で、言われた通りにコムイに連絡を入れた。

すると。

『その森のどこかにいるから探してね☆あ、それからインドに居た探索部隊を一人そっちに向かわせたから、その人待ってから行くんだよ?』

との指示をいただいた。
森のどこか。
その森が一体どれほどの広さがあると思っているのか。
あのコムイ・リーという男のことだ。おそらくわかっていて敢えてそう言ったのだろう。予め神田に知らせておいては面倒くさがって帰るとか言いだしかねないからだ。








よって。








神田ユウは夜の森を颯爽と駆け抜ける羽目になったのである。
神田たちに気付いて、そのエクソシストかもしれない人たちに逃げられたら厄介だが、漆黒の闇が包む森の中を同じような色彩の黒い影が走っていても早々気付くことはないだろう。
神田は闇に慣れた目を注意深く凝らしながら全力で駈けていく。

と、一筋の光が目に入った。月明かりすらままならない森の中で異様な程はっきりと輝いて見える。赤みを帯びた色だ。小さく燻っているのかわかる。おそらく火なのだろう。

「ここにいて何か異常があったらすぐに知らせろ」

探索部隊の彼に短くそう告げて、速度を加速した。
近づく毎にはっきりと見えてくる。ゆらゆらと揺れるそれは、どうやら洞窟の入り口で燃えているらしい。中に人がいるのだろうか?静寂が潜む森の中心部あたりの洞窟だ。風を切って前へ進み、洞窟の手前で、す、と音をほとんど立てずに止まった。

洞窟から人が出てくる気配は感じられない。よく目を凝らしてみると、隣にも小さな穴が見えた。



こっちか。



神田は一瞬躊躇う素振りを見せた後に滑り込むようにその洞窟に入って行く。
穴はそんなに深くなく、割とすぐに地面に足が付いた。この分ならすぐに上がることもできるだろう。
奥でうずくまる二つの影に向かって神田は呼び掛けだ。

「おい」

呼んでみるものの、返事はない。灯りを点けてその影を照らす。



目に入ってきたのは、輝く金と、自分と同じ、漆黒の黒。
それから、射ぬくようにこちらを見つめる三つの目。
金髪の少女は左目に眼帯をしていた。

「俺はエクソシストだ。アジア支部の奴ら多少は話を聞いてるだろ」

自分でもむちゃくちゃなことを言っているなと思いつつも、そう問い掛ける。初めて彼らはぴくりと反応した。





「・・・あんた、黒の教団の人?」





黒い髪をした少年が、警戒心を抱いた様子のまま、そう言う。そうだ、と短く神田が答えると、ほっとしたように二人はため息を洩らした。
しかし、依然として警戒は解かない。

「・・・大丈夫だ、。この人、アレじゃない」

少年の言った、その言葉に、神田はわずかに眉を寄せた。

「なんの話だ?」
「あんた、エクソシストって奴なんだろ?あんたらが戦ってるとかいうあの化け物だよ」
「あ?」

強い口調で一言そう発した神田に、少女はびくりと肩を震わせ、少年は不快そうな顔をした。

「・・・気を悪くしたっていうなら謝るよ。でもだからってあの言い方はないだろ」
「・・・お前、なんで人型の俺を見てAKUMAじゃないとわかるんだ?」
「悪魔?」
「お前のいう化け物の話だ。」

はっとしたように少年は目を見開いた。言う予定ではなかったことを言ってしまったような、そんな焦りが読み取れる。

「AKUMAの魂が見えるのか?」
「魂?あれ魂なのか?」
「・・・実際、AKUMAを判別できる奴は一人しか知らない。俺も見たことがないからそれがどういうものかは知らないけどな」

ふーんあれ魂なんだへー、やたらと感心したように少年は何度も頷いた。隣の少女も彼が納得したのを見て安心でもしたかのように、頬を緩める。
神田は不可思議なものを見るように二人を見ていた。つい数日前まで共に仕事をしていた新人エクソシストと同じようなことを言いださないことを願いたい。
とは言っても、そもそもこの二人がエクソシストであるのかは甚だ疑問であり、神田は今後の対応に困っていた。コムイの言い方によると、まるでイノセンスを持つエクソシストが行けばわかるとでも言いたそうな印象だったが、そんなものわかっていればアレンの時に一騒動を起こす必要なんてなかったはずだ。こうしていても埒があかないと判断し、神田はひとまず彼らを教団に連れていくことに決めた。エクソシストかどうかわからなくとも、AKUMAを見分ける目を持つのなら無関係の一般人ではないだろう。

「とにかく、ここを出て本部に行くぞ。」
「悪い。AKUMA?じゃないのはわかったけど、まだお前が本当に仲間だって信用できてない。エクソシストって皆イノセンスとかいうの持ってるんだろ?見せてもらえるか?」

少年のその言葉に神田は怪訝そうに眉間に皺を寄せる。なんでわざわざこちらのイノセンスを見せなくてはならないのか、理解ができなかったからだ。

「あー、イノセンス、も多分わかるんだ、俺。と俺が普通の人ともAKUMAとも違うから」
「・・・・・・。」
「収まってるから微かにしかわかんないけど、その刀、そうだよな?」

しばらく考えてから、神田は刀を鞘から抜いた。
正直イノセンスがわかるだなんて信じてはいなかったけれど、もしここで彼らが何かを仕掛けてきても、仕留める自信があったため、半信半疑のまま刀を取り出したのだ。
それを見た少年は、完全に警戒を解いて、長いため息をついた。

ああ、だからコムイはエクソシストに行って欲しいと言ったのか。

ここまで見事に安心しきったように無防備な状態になられては、こちらも信じざるを得ない。神田は六幻を収めると二人と向き合う形を取る。

「これから、お前たちを教団に連れていく。できるなら今すぐここを発ちたい」
「了解。じゃぁ、」





「待ってください。」





ここで初めて、今まで口を聞いていなかった少女が口を開いた。神田は驚いたような表情でそちらを見る。少年は不思議そうな顔をしていた。

「・・・その前に、どうしても寄りたい所があるんです。私たちだけで行かせてください。イギリスまでは、行けますから。そこで待ち合わせでは駄目ですか?見た所、あなたも疲れているみたいですし、二週間程後に、ロンドンというのはどうでしょう」

目を見張る程の真剣さで少女は言った。余計なことをされると困るとは思ったが、正直そこまで首を突っ込む気にもなれない。本人たちが自分の足でロンドンまで来てくれる、と言っているのだ。いなくなる、という可能性はないと見ていいだろう。何となく、少女の目を見て神田は直観的にそう思った。

「なら14日後の午後9時にロンドン東郊外で。行けばわかる」
「ありがとうございます。えっと・・・、」
「神田ユウだ。」
「かんだゆう・・・日本人」

少女は何度もかんだ、と繰り返した。

「私の名前はです」
「・・・日本名?」

輝く金の髪に澄んだ碧い眼の少女。まさかそんな名前だとは思わなかったのだ。

「・・・ハーフです」
「あー・・・俺の名前は樹だ。よろしく」
「・・・・・・兄弟?双子、か?」
「んー、二卵性のな」
「お前たちは似てないな」

ぼそりと、やや下に目を伏せながら神田は言った。

「なんか言った?」
「こっちの話だ。じゃあ、さっき言ったとおり二週間後に」

少年と少女はよろしくお願いします、と深く頭を下げた。
神田はそれを一瞥すると、くるりと背を向け、洞窟から出ていこうと歩を進めた。少しだけ、明るくなり始めている。太陽がでてきたのだろう。

「神田。」

少年の透き通った声で、今まさに暗いその洞窟から出ようとしていた神田は呼び止められる。振り向くことはせずにその場で止まった。

「ありがとう。」
「ありがとうございます、神田さん。」






樹。






神の使徒としての道を歩みだす。




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似てる双子とはカズン宅の2人のことです。
こういう感じで話だけちょろちょろ出てきますがあっちを読まなくても大丈夫です。

07年06月28日



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