アレンくんちょっと無線ゴーレム使って教団に連絡入れてくれる?いいですけど、僕ティム連れてるんで皆と同じゴーレム持ってないですよ。神田に借りてちょうだい。ラビ、ゴ−レム貸してください。別にいいけど、アレン、今リナリーにユウに借りろって言われなかったか?

会話が宙を飛び交っている。
エクソシスト4人は互いに顔を合わせることもせずに、最後の確認を行っている真っ最中だった。教団へ中間報告はしたものの、正確な報告書はまだ提出されていない。ラビが書いたものを、リナリーが最終チェックと称して彼と共に確認を急いでいる。
頭脳派ではないアレンと神田は、村の至る所に仕掛けてあった盗聴器の回収を行い、数のチェックに追われていた。
ラビの驚異的な記憶力を基盤に、最後の任務が行われているのだ。
何もしていなかったと見せ掛けて、きちんと仕事をこなしていた。彼らもまた、エクソシストなのだから、当たり前と言えば、当たり前なのかもしれない。
しかしそれを昨日までの暇な時間に最後の最後だけを残して終わらせておかなかったあたりが、さすがというのか何というか。

「あー、リナリー。ちょいと質問があんだけど」

村の歴史を頭の中で猛スピードで巻き戻しながらラビは隣(と言っても軽く3mはあるけれど)のリナリーに声をかける。
ラビの作成した報告書から目を離さずにリナリーは口だけを素早く動かした、簡潔にお願いね。

のことはどうする?書いとく?」

さすがのリナリーも顔を上げた。続いてアレンと神田もラビの方へ振り返る。

「なんで?」
「え、そのなんでは何に係ってんの?何で書かないのって意味?」
「馬鹿、違うわよ、何で書く必要があるのって意味」
「あ?書いておくべきだろ」
「僕は書かなくていいと思いますけど」

2対2とか、意味ないんだけど。
ラビは溜息をついた。俺抜けば2対1で書かないってことになんのか、トントンと手に持っていたペンで右肩を叩く。

「そもそも何でそんなことを思ったの?だって証言者の1人に過ぎないじゃない」
「でもやっぱは何かしら絡んでると思うんだけど、なぁ、ユウ」
「んで俺に聞くんだよ」
「別にィ?」
「言いたいことあんならはっきり言え!!!!」

ギロリと今にも掴みかかって来そうな勢いで神田に睨まれたラビは、だから何でもないって、と手をパタパタと振った。アレンが不思議そうに2人を交互に眺めている。
ほら手を動かす、いつの間にかラビから視線を外していたらしいリナリーが、ぴしりと3人にそう告げた。

「そういやさ」

言われた通りに手(というか主に頭を)動かしながらラビは再びリナリーに問いかける。

「まだ何かあるの?」

書類に目を通すので忙しいらしいリナリーの声はどことなく尖っている。

「楽しみにしてたんだろ?旅行。どうだったさ?」

にやにやとした、あまり気持ちが良いとは言えない笑みを顔にぺったりとくっつけてラビはリナリーを振り返る。神田があからさまに不機嫌になった。

「・・・・・・暇になった時はどうしようかと思ったけど」

だってまさかあんなにやることがないとは思わなかったんだもの、ぱらりと資料をめくる。ラスト1枚だ。

「昨日の雑談会は楽しかったじゃない」

にこりと、楽しくなかったですとは言わせない笑みでリナリーは書類から顔をあげる。
そうですよねー楽しかったですよねー、盗聴器を1つずつ段ボールに放り込みながらアレンが相づちを打つ。「・・・・はっ」馬鹿にしたように神田が鼻で笑った。ただでさえ隣同士で大変危険な状態にあったアレンと神田が、とうとう言い合いを始めたのを、ラビはいつもと変わらぬ表情で見つめていた。

「じゃぁ何?また機会があればこのメンバーで旅行とか行きたいとか思ってるん?」
「もちろん。でも目的は決めておきたいわね」

女の子は話ができれば十分な生き物だけどラビたちはそういうわけにはいかないでしょう?1日中はきついかなぁ俺じゃなくてユウが。

リナリーが最後まで目を通し終えたらしい。先に郵便で送ってしまうものと一緒にその簡易報告書を詰めた。
盗聴器の確認も一応終わったらしい。ガムテープで完全に固定されたいくつもの段ボールが、未だに言い合うアレンと神田の周りに無造作に置かれている。

「大体神田はどうしてそうすぐ人につっかかるんですか!あなたの頭は子供以下ですよ!」
「あ!?お前だって大して変わんねぇだろうがこのクソモヤシ!!!!」
「僕の名前はアレンだって何度言えばわかるんです?その頭は何のためについてるんですか?」

そろそろ止めたろか、とラビが腰を浮かせたのとほぼ同時だった。



「また言い合いしてる」



がひょっこりと顔を出した。

「・・・・・・・・・

アレンが戦闘体勢に突入しかけた何とも言いがたい微妙な格好のまま彼女を振り返る。構えている神田も、なんだか可笑しな格好だ。

「またって何ですか、ここに来てから神田と言い合いはしてませんよ」
「そうだっけ?」

あーラビか、はどうでも良さそうにそう言うと、手をぽんぽんと叩いた。

「もう準備はできたみたいね。下で最後のお茶の準備ができたわよ」

これ持ってっていい?リナリーに荷物の1つを指差しながら言う。それは重いから男の子達に持ってってもらった方がいいと思うわ、ラビにちらりと視線を送る。

「はいはい。じゃーーそっち持ってってさー」

袖を捲って肩を鳴らしながらラビはに近くにあった赤い袋を蹴って渡した。リナリーが何か小言を言ったけれど、それは聞こえなかったものとして、かけ声と共に荷物を持ち上げた。

「アレンーそっち乗せてくんね?」
「これですか?」

3つくらいいけますよね、どさりと段ボールが追加される。さすがにふらりとよろけたが、神田が先程アレンにしたのと同じように鼻で笑ったのを見て、アレン!もう1個!と気が付けば叫んでいた。追加されてから叫んだことを後悔したけれどもう遅い。

「ラビー!早く!」

いつの間にかリナリーと、それに神田は下に降りていたらしい。アレンも残りの荷物(段ボール2個)を持ってドアの前に立っている。

「持ちましょうか?」
「・・・・いや、いいよお兄ちゃん頑張る」
「そうですか、頑張ってくださいお兄ちゃん」

3つくらいしか違いませんけどね、アレンはそっけなくそういうとくるりと向きを変えて一定のリズムで階段を下っていった。




















「素直にアレンくんに頼めばよかったのに」

痛い痛い痛い!!叫びながら逃げようとするラビに、リナリーは遠慮無しにオキシドールをじゅわりとかけた。右腕のいたるところに擦り傷や切り傷が真新しく刻まれている。
それなりに重さのある4つの段ボールを持ったまま階段を下りきることはできなかったらしい。どたたたたた!という凄まじい音と共に、4つの四角と1人の人間が落ちてきた。
アレンと、リナリーは完全にあきれ顔で、神田は何故か1人勝ち誇ったような顔をしていた。ラビは神田を殴りたい衝動に駆られたが、なんとかそれを思うだけに留めておく。

「このままじゃお茶飲む時間なんてなさそうね」

はラビが持ってきた時計を見上げた。
馬車の到着予定時刻まであと15分だ。

「・・・・・・・・・ごめんなさい」

ラビが謝ると、アレンが抑揚のない声で返事を返した。怒っているらしい。
ラビと共に2階から転げ落ちてきた段ボールのうちの3つには、アレンと神田が共に詰めた盗聴器の数々が詰まっていた。さらに残りの1つには書類やら何やらが詰まっていたのである。幸い、盗聴器の入っていた1つだけは無事だったものの、残りは止めてあったガムテープなどは何の意味もなさず、見事に中身が廊下にぶちまけられた。それらの片付けに軽く30分も取られ、とてもじゃないが優雅にお茶会なんぞをしている時間はなくなってしまったのである。

「はい終わり」
「・・・・・・・ありがとうございます」
「さ、じゃぁ早く門に行かないとね」

いつまでもうじうじしてないの!リナリーがラビの頭をぱこりと手持ちのノートで叩く。うす、と小さく呟いてラビは顔をあげた。





が準備してくれた台車に荷物を乗せて、がらごろと道を行く。
門の外には既に馬車が待機していた。予定より早く到着したようだ。

「結局、何もわからなかったね」

門の手前でリナリーがぽつりとそう呟く。は?ラビが少し大きめの声でそう返した。

「任務」

短くそう告げて、台車から荷物を降ろしていく。

「もともとそんなに信憑性のあるもんでもなかったし、仕方ないさー」
「そうですよ、僕たちはやれるだけのことをやりました」

リナリーが降ろした荷物を、ラビとアレンが次々と馬車に乗せていく。
門から出たそこは、門の中とは違う空間のように感じられた。特にこれと言って目立つ物のない、吹きっさらしの草原(というには少し色褪せているけれど)が続いている。

「言わなかったんだ」

が神田の隣にするりと移動してきてぽそりと囁いた。

「あいつらはお前に任務の説明してないからな。それなのにいきなりあの話をお前から聞いたとか言えばリナリーが驚くだろ」

お前、あいつ裏切りたいのかよ。それは遠慮したいわ。
神田はちらりとをいつかのよう盗み見たが、相も変わらずそこからは特に何も読み取れなかった。

「ユウ!お前も手伝えよ!と別れがたいのはわかるけど!」
「そんなんじゃねえよ!」

ラビの挑発に見事に乗せられた神田は直ぐさまにラビの元へと走っていく。荷物をひったくって乱暴に乗せた。残りの2つも神田が積み、最後にぐるりと紐で固定して、荷積みは終了した。
が台車に手をかけながらにこやかにその様子を見守っている。



「みんな」



にそう呼び掛けられて、リナリーは彼女を真直ぐに見つめた。続いてラビ、アレン、神田の順に、全員がを振り返る。

何故かはわからない。

しかしそこにはしばしの沈黙が舞い降りていた。
門の前に立つの雰囲気に呑み込まれていたと言っても間違いではないかもしれない。

何者なんだろう。

おそらくこの時誰もがそう思っていた。思っていたけれども、それを彼女に問いかけるものはいない。

「ありがとう、たった10日だったけど楽しかった」

最初に沈黙を破ったのは、だった。
我に返ったようにリナリーが、はっと表情を変える。

「こちらこそ、ありがとう」

はにかんだように笑うリナリーに、もにこりと優しく笑い返した。



「ねぇ、運命って知ってる?」



前触れも何もあったものではないその唐突な質問に、問いかけられたエクソシスト4人は、咄嗟に反応を返すことができない。その様子を見てはくすくすと可笑しそうに笑う。少しそうして笑ったあとに、す、と真剣な瞳で彼らを見た。










「人間によって命名された、数多くの事象の1つに過ぎないものよ」










だから、運命なんて、信じないでね。

吹き抜ける風が、彼女の漆黒の髪をさらっていく。
輝く太陽が、彼女の深いグリーンの瞳の輝きを増している。
静寂だけが、そこにはあった。
自分達の存在すらもあやふやになっていくような感覚に、包まれている。



お願い。



最後にそう呟いた彼女の声はひどく優しかった。

最後に見せた彼女の顔は、ひどく悲しかった。

最初で最後の彼女の本心は、ひどく不安定なものだった。



こうして神のいたずらによって引き合わされた、使徒四人と、1人の少女の物語りは幕を閉じた。



 
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ラスト1話です。おつき合いください。

07年08月23日



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