宿花










――あと、十日、待って欲しいの。

――十日だけでいいから、お願い。



少女はぼんやりとした表情で満月を見上げながら綺麗にベッドメイキングされた白いそれに腰をかけていた。灯を灯すこともせず、暗闇の中でただじっと動かずに月を見つめている。
村は完全に静まり返っていた。
物音1つせず、灯は夜空に浮かぶ丸い月以外には見当たらない。

闇と同化している。

時を失っている。

宿舎の前に立ちはだかる木造の長屋の住人は皆横たわってぴくりとも動かない。
夜だから、とか残念ながらそんなことはまったく関係ないだろう。きっと明日になって朝日が空に昇っても彼らが目覚めることはない。
少女を悪魔の子と命名し、その責から逃れるように、15歳になった時から彼女をリトル・ゴッドと呼び出した住人たち。
もう目覚めない彼らに対する興味を、少女はとっくに失っている。

――悪魔の子なんかじゃない。

――お前にそういうこと言う奴らこそが悪魔なんだよ。

頭の中で大きく響くその声が、心地よいようで最悪だった。

――ハーフなんだろ、お前は。この村の奴らはそんなことも知らねえんだな。

――迎えに行くよ。

少女は一度大きく溜息をついた。
その吐き出された呼吸は形を成して空に消えて行くかのようにゆっくりと流れていく。





「御機嫌斜めだな。」





突然壁から姿を表した男の方へ、少女はゆっくりと振り向いた。
金色の目が、闇夜に2つ、浮かび上がっている。

「・・・・・・・・・もう少し、遅いかと思ってた」
「待切れなくて。家族が増えるっていうからさ」

す、とひざまずいて差し出された青年の手を取ることはせずに、少女はするりとベッドから降りた。
真っ黒なワンピースに包まれたその姿は、いっそ恐ろしいほどの優美さだ。

「聞いたよ、ここにエクソシストが滞在してたんだって?よく殺さずにいられたな」
「・・・・・・・・・・・・・」
「さすが”無”のノアってとこか?」

これだけいるAKUMAでさえもいなかったことにしちゃうんだもんな、そう言って青年は窓から外を見下ろした。たくさんの異形のものたちが、そこかしこに蠢いている。
ほとんどが、昨日までは一応人型をしていたものたちだ。

「少年もいたんだろ?あの左眼を持ってしてもわからないとはな」
「・・もしも彼らが、あの人たちと戦うようなことになっていたら、バレていたと思うわ。気配がまるでないから」

だからなるべく村人には外に出ないように言っておいたの、少女は下を向いたままぽつりと呟く。
しかしなんで2階にいんだ?あなたには関係ないでしょう。

「十日前に迎えに来た時に、なんであと十日、なんて言ったのかわからなかったけど、少年たちが来るからだったんだな」
「そうよ」
「そりゃそうだな、もしあのままいなくなってたら、LV.1が大量にここに残るから、お前のことバレるかもしれないわけだ」

青年はタバコを取り出すと、火を付けて、ゆっくりと煙を吐き出した。白いそれが天井に向かって昇っていく。
少女は最後の青年の言葉に返事を返さなかった。

私は、彼らと過ごしたかっただけ。

ゆっくりと窓際に寄って行く。AKUMAたちを冷めた目で見つめながら、白い少年のことを考えていた。AKUMAの魂が見えるアレンくんが言うんだから間違いないわ、ツインテールの少女の声が蘇る。赤毛の少年とポニーテールの少年に向かってそう言う少女の声を、ドアの端に立ちながら聞いていた。

AKUMAの魂。

それが何なのか、よくわからないけれど。

少女は十日前に夢を見た。
村人は決して優しいとは言えなかったけれど、それでもここで暮らしていけることが幸せだった。生んでくれた母親の故郷が大好きだった。そこに居られることだけが、幸せだった。
少女は十日前に夢を視た。
幸せが終わる、瞬間だった。

終わった幸せと、その後に訪れる小さな幸せ。

その2つを同時に視た。
とてもつらい記憶のようなものに苛まれるような感覚に襲われたが、少女は大して気に止めなかった。
目が覚めると少女にとってどうでもよかった人たちが、皆死んでいた。
代わりに、額に星マークのついた人形が、村人の人数分用意されていた。

その隣には1人の青年が立っていた。



――十日、待って。

――お願い。



夢を視た。
4人の少年少女たちが、自分と笑いあっている夢だった。



「そろそろ行きてぇんだけど。うちのお姫さまがお前に会いたがってんだよ。俺だけずるいって散々言われててさ」

するりと壁を通り抜けて外へ出る。まるでそこに階段があるかのような足取りで、青年は地へ降り立った。周りを取り巻くAKUMAたちに何か指示のようなものを出している。二言三言彼が何かを言った後に、AKUMAたちは一斉に散っていった。
少女はまだ、部屋の中でじっとしたまま動かない。

手にはこの部屋を使っていた白い少年が置いていったリボンが握られている。

――お前の両親はお前を生んですぐに化け物に殺されたんだ!お前が元凶なんだ!!

――黒髪碧眼だなんて気持ち悪い。

――悪魔の子!!

今さら何を思い出しているんだ、と少女はとても自嘲気味に口の端を歪めた。



「ティキ」



そう少女が呼ぶと、驚いたようにティキと呼ばれた青年が少女のいる部屋の窓を見上げた。

「初めて呼んでくれたな」

どんな心境の変化?青年は探るような目つきで少女を見る。
少女はたっぷり1分は空けた後に、ようやく窓際へ姿を現した。その顔は完全に無表情だ。



「アレンたちを憎むつもりもあなたたちと馴れ合うつもりもないわ。だってこれが、」










神様が決めた私の道なんでしょう?










闇夜に浮かぶ満月が1つ。
少女の言葉をあざ笑うかのように地上を照らしていた。









宿花

かえり咲きの花






でる
fin.


   





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ありがとうございました。

07年08月24日



back