鳥が鳴いている。
2階の窓から少しだけ見下ろすと、緑の生い茂った樹木を見ることができる。姿は確認できないけれど、おそらくその木の葉に隠れるように小鳥が何匹も枝に止まっていることだろう。
任務に来てから一度も雨が降ったことはない。農作物や、家の作りからみても、この地域は雨があまり降らない場所なのだと推測することができる。
部屋の中に響く音は、小鳥のさえずりと、風車の回る規則的な機械音だけ。

「俺、このまま動くのをやめちゃうんじゃないかって思うんだけど」

ソファの上にだらりと仰向けになった状態で、ブックマンJr.はそう呟く。まるでオブジェにでもなったかのように動かない。

「何がですか?」

白い少年が、ラビと同じく、指先の一つも動かさずに、座って頭をたれている状態で返事を返した。

「俺が」
「そしたら置いていきますんで気にしなくていいですよ」
「それやめて。俺も連れて帰ってあげて」
「嫌ですよめんどくさい。神田、お願いします」
「勝手にこの地で一生を終えろ」

突然話題を振られたにも関わらず、神田は間を空けずに返事をした。ラビのいるソファの背もたれに自身の背を預ける形で床に直接座っている。

「それも、素敵かも」

神田の隣で彼と同じ体勢のまま、窓の外を見つめて動かないリナリーは、投げ捨てられた神田の意見に少しばかり賛成の意を示した。

「リナリーってたまにおかしなこと言いますよね」
「アレン、お前だけには言われたくないと思うさ」

なんでですか僕はいつだって普通です、やはり少しも体勢を変えずにアレンは呟く。大体明日帰るんですから、頑張ってくださいよ。
本当に、この部屋の時が止まってしまったかのように、誰も動かなかった。

やることが、ない。

わかりきったことを呟いてみてももちろん何の意味もなく。
ここで初めてアレンがのそりと動き出した。ラビが最初に述べた通り、このままじゃ体の動かし方を忘れてしまいそうだと思ったからだ。たかが半日そんな状態だったからってまさかそんなことが起こるなんてことはありえないが、それでもそう思ってしまうくらい、とにかく完全に全てが停止していた。
椅子から立ち上がってポットへと向かう。

「アーレーンー。何するんー?」

間延びしたやる気のないラビの声が背中を追って聞こえてくる。

「紅茶でも飲もうかと思いまして。とにかく何かしないと」
「あーそれ俺も飲むー」

言いながらラビも体を起こす。

「私にも淹れてくれるかしら。あと、神田の分も」

リナリーが立ち上がってアレンを振り返った。ちっ、という舌打ちとほぼ同時に神田も立ち上がってソファへと向かう。ラビが起き上がったおかげで空いたスペースに腰を降ろした。リナリーは神田の向かい側へと座る。

「このままお茶会しつつ雑談会でもしましょ」
「このメンバーで雑談とか、ユウが苦労すんのが目に見えてんですけどー」
「なら発言する言葉を選べ!」

あぁ確かに、とアレンは4人分のカップにお湯を注ぎつつ納得した。しかしラビもなんだかんだ言って面倒見がいいから、神田だけが苦労するということもないだろう。

「ぁ」

お湯を全てのカップに注ぎ終えたところでアレンは何かを思い出したように小さく言葉を発した。

「アレンくん?どうかした?」

リナリーが首を伸ばして彼の方へと振り返る。

「紅茶、なくなってます。下に行ってにもらってきますから、ちょっと待っててください」

お菓子もあればよろしく、ラビが手をひらひらとさせながらそう言った。もちろんですよ、と返事を返して、アレンは扉をがちゃりと開けた。




















「紅茶?オレンジペコならあるけど・・・・いつも出してたダージリンはもうないの」

それでもいい?はがたがたと戸棚の中を探しながらアレンに問う。いいですよ、と返事を返すと、そのままちょっと待っているように言われた。取り出しにくいところに閉まってあるらしい。

「仲が良いね、あなたたち4人は」

振り返らずには言った子の上で背伸びをしている彼女をハラハラした気持ちで見守りながらアレンは答える。

「そうですか?確かに他の3人は仲良いですけど、僕はそうでもないですよ。入団したのも最近だし」

そんなわけで僕は教団に知り合い少ないんで彼らが一番親しいんですけど、がたりと近くにあった木製の椅子に腰をかけながらアレンは特に意味もなくそう付け足した。
ぴたり、は突然作業をやめてアレンの方へ振り返る。

「そんなこと、ないでしょ。アレンはあの3人には絶対に必要だと思うけど」

いつもの柔らかい声ではなく、芯の通った真剣な声色に、アレンは少しだけたじろいだ。
まさか、会って10日程しか経っていない少女にそんなことが言われるとは思ってもみなかったのだ。

「・・・はあ、そうですか」

結局そんな間抜けな返事を返すことしかできない。





「私から見れば、アレンの方があの3人と距離置いてるように見えるけどね」





突然そんなことを言われても、もちろん反応できるはずがない。
大体、この少女がアレンの何を知っていると言うのだろう。少しだけ不愉快な気分になっていくことに気づいたアレンは、そのことに嫌悪感を抱いた。この少女に対してはそんな気持ち、持たないと思っていたのに。

「どうしてそんなことを思うんですか」

つい詰問口調になってしまう。
しかしはそんなことは少しも気に止めてはいないようで、再び戸棚の中を漁り始めた。

「勘よ。こんな職業やってると、色んな人見るからね。人を見る目は他人より優れているつもり」

先ほどのような真剣さは感じられないものの、どこか柔らかさの欠ける声では言う。アレンは彼女の背中を見つめていた。

「僕より、距離取ってるのはラビじゃないですか?神田は来るもの拒まずなところがありますし、リナリーの仲間に対する意識は異常なまでなので、あの2人より僕が距離を取っているように見えるというのは認めますけど」

言いながらアレンは、何故この少女にこんなことまで話しているのだろう、と妙に冷めた頭の片隅でそんなことを考えていた。
これは本当に彼の本音で、そしてもちろん誰にも言ったことはない。
神田とは言い争いをしながら、いつもそんなことを考えていた。本当に嫌いならば放っておいてくれればいいのに、と思いながら。
リナリーはいつだって無償でアレンを必要としてくれる。
けれどラビは。
一番社交的に見えて、必ず一線を引いているように思っていた。

「そうね、ラビには、確かに他人と距離を取る傾向があると思う」

ぽつり、は振り返らずに、手を動かしたまま呟くようにそう言った。

「けどラビの場合は、自分で意識して無理矢理とどめているだけのように見えるから。本心でもそう思っているとは思えない」
「・・・・・・・まるで、わかりきったみたいに言うんですね」
「言ったでしょ?人を見る目が優れているって」

はい、紅茶の缶を渡しながらは言う。パックがなくて葉っぱなんだけど、ごめんね。
両手でそれを受け取り、礼を言ってアレンは椅子から立ち上がる。
キッチンを出て行こうと扉に片手をかけたところで、ふいに進んでいた足を止めた。

「じゃあ、僕のことは、はどう思っているんですか」

興味本位だった。的確に言い当てる彼女が、一体自分のことをどう見ているのか、それがとても気になった。



「アレンは、綺麗すぎる」



悲しそうにそう言うに、アレンは少し絶望した。
自分は呪われていて性格だって決して良いとは言えないのに、一体何を言い出すのだろう、と。

「そんなことは初めて言われましたよ」
「綺麗、じゃなの。綺麗すぎるの。アレンは、綺麗すぎて、私にはダメだよ」

きっとラビもリナリーも無意識にそこに惹かれてるんだと思う、のその言葉の意味を理解し損ねたアレンは、は?と失礼な返事を返すことしかできなかった。



「大切なものが、あるでしょう」



そしてそれは、何よりも優先されるべきことで、アレンの底の方に根付いている。だから、誰にも入り込めない。

アレンは驚きと、それから一種の恐怖のような顔を見せた。おそらく本人は気づいていない。

「私には、それは脅迫のようにも感じられる。多分あなたは、その大切な何かのためなら、世界だって敵に回すんだろうね」

の口から紡ぎだされる言葉が、まるで実態があるかのようにアレンにまとわりついた。気持ち悪い、と思いつつも、彼女から目を逸らすことができない。

「だからアレンはあの3人と距離を取っているって言ったのよ。根っこの方でもう違うから、比べるまでもない」

当たってるでしょ?おどけたように笑ってみせるに、いつもの柔らかさが戻っていた。それでも、アレンは何か恐ろしいものを見るように彼女を見つめている。あの夜彼女に感じた温かさなど、とっくに消え去っていた。










「大切なものは、一つじゃなくてもいいんじゃない?」










部屋を出る直前に聞こえてきた、その一言だけは、少し温かさを取り戻していたけれど。



 
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華奏花には私のキャラ設定がものすごく現れていることに今更気づいた。これ読んでダメだと思った方がたくさんいるんだろうなぁ・・orz

07年08月19日



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