「暇・・・・ね」

リナリーがある意味で禁句の言葉をさらりと呟いた。

「じゃぁポーカーとかしま「却下」

リナリーに対して目を輝かせながらアレンが提案した意見は、彼が全てを言い終える前にラビによって切り捨てられた。

「そんなばっさり切って捨てることないじゃないですか!」
「いや、だって少しでも躊躇おうものなら、アレン、問答無用でカード配り出すじゃんか」
「それは、そうですけど」

右手を顎にかけてことりと首を右へ傾げる。
下から斜め45度にラビを見上げながらアレンは彼に質問した。

「そもそもなんでポーカー嫌なんですか?」

楽しいのに、同意を求めるように神田の方へ振り返ったが、完全に無視された。

「なんで!?本気で言ってんの!?だってお前強すぎて勝負になんねーじゃん!イカサマすんなって言ってもするしさ!」
「だってしょうがないじゃないですか、イカサマは体に染み付いてるっていうか」
「お前ほんと黙れ」

ともかくもラビの必死の阻止により――本当に必死だった。彼にとっては死活問題だったからだ。――ポーカーの存在は抹消された。

任務を打ち切りにしてから2日目。
もともと観光には適していない所だ。時間を潰すことのできるものがあるわけもない。見て回るにも、任務でほとんど行きつくしているために、散歩に出かけても新しい発見などあるはずもなく。

とにかく暇を持て余していた。

「あー!もう暇さー!」
「うるさいですよラビ。そのくらい僕にもわかってます」

いつも通り言い合いを始めた彼らを横目に、神田ユウは愛刀を取り出す。

「磨くの?」

向かい側に座るリナリーが、じ、とその大きな黒い目で神田を覗き込むようにそう問う。
少しだけ間を開けて、神田は短く肯定の返事をした。

「六幻がお友達っていう誰かの言葉、案外間違いじゃないかもしれないわ」
「・・・・・・・・・・はぁ?」

1人で納得したように何度も首を縦に振るリナリーを、神田は何か珍しい生き物でも見るように見つめた。
後ろからひょいとオレンジ頭が顔を覗かせ、続いて白い少年も身を乗り出す。

「っていうか唯一の親友なんじゃないですか」
「え、嘘俺って親友じゃないの!?」

勝手なことをつらつらと述べる。
反論するのも面倒だった神田は、2人を無視して六幻を磨き続けていた。

「唯一ってことはないと思うわ。アレンくんだって友達でしょ?」
「ははは、聞きましたラビ?リナリーがおかしなこと言ってますよ」
「ユウちゃんよかったな!少なくとも六幻入れて4人はオトモダチがいるぜ!」
「黙れ!!!!!!!!!!」

暇潰しに神田というおもちゃをターゲットに選んだらしいラビとアレンにとうとう反撃の意を示す。
ドタバタと狭い部屋の中を軽く5分は走り回った後にリナリーから踵落としをラビが食らったところで、ようやくその戦いに終止符が打たれた。このままじゃアレンと神田までその技をお見舞いされるに違いない。

バタン!

扉を勢いよく開けて神田は部屋から出て行こうとした。

「神田、どこに行くの?」
「神田を受け入れてくれるところなんてどこにもありませんよ」

あっさりとまた喧嘩を売るような言葉を吐いたアレンに側にあった花瓶を投げつけて、神田はドアをとにかく力いっぱい閉めつけた。
このまま彼らと共にいようものならいつか理不尽な理由でリナリーから説教を食らうことが目に見えている。
長い廊下を一直線に進み、姿を現した階段を一気に駆け下りた。




















「神田?」

下に下りて来るなんて珍しいじゃない、は食器棚に朝食で使ったスープ皿を収納しながら、突然現れた神田を見てそう言った。
昼というにはまだ少し早い時間帯で、仕事がまだ残っているらしい。机に立て掛けられた箒からも読み取れた。

「皆は?」
「上で騒いでる」

あからさまに嫌そうな顔をした神田を見て、はくすくすと笑った。自分が何故笑われなければいけないのか神田にはいまいち理由がわからない。眉間の皺をさらに増やすとはそれに気づいてさらに笑った。

「どうせからかわれたか何かでイライラしてるんでしょ?」

手に取るようにわかるわ、笑いが堪えられないらしいはひとしきり勝手に笑った後に、目の前に仏頂面で立っている神田を見上げる。

「いま、仕事がひと段落したところなの。紅茶でもどう?」

神田は肯定の返事をする代わりに、側にあったソファにどかりと座った。
くるりとスカートと髪を翻してキッチンへ入って行くを、神田は射抜くような視線で見送った。

―悪魔の子―

そんな言葉が頭をよぎる。
先日から聞いた話をぼんやりと彼は思い出していた。
神田はあの話を、まだ誰にも話していない。
のためを思って何も話していなわけではなく、ただ単に誰にも聞かれないから話していないだけだった。
聞かれればと言うよりも、言い当てられたら言うつもりだった。おそらくラビ辺りは、神田が何かをから聞いたことを知っているかもしれない。彼は神田の祖国日本の某偉人同様に、何人もの人間の言葉を同時に聞くことができる。ブックマン後継者は色々と常人とは違うところが多い。
神田がと話をしていた時も、アレンやリナリーと言い合いつつ、きっと話を聞いていただろう。
何も聞いてこないことが不思議だった。

「はい」

ふ、と上から影がかかり、顔をあげるとがカップを持って立っていた。短く礼を言ってそれを受け取る。

「砂糖は?」
「いらねえ」
「そう」

言いながらは神田のカップに少しだけ砂糖を入れる。ギロリと睨むとはおどけたように肩を竦めた。
意地張っても意味ないわよ、さらにミルクも付け足す。

「甘党ってほどではないけど、甘いの意外と好きでしょう?」

甘いのが苦手なのはラビであって、あなたじゃないわ。

何もかも見透かされていたらしい。ちっ、と大きく舌打ちをして、神田は紅茶を口に含んだ。

「ラビと神田って意外なところが多くて見ていて面白い」

聞き捨てならないことをは言う。

「・・・・・・・あいつは意外でもなんでもねえだろ」

吐き捨てるようにラビに対する意見を言うと、は驚いたように一瞬目を大きく見開き、続いてゆっくりと口の端を吊り上げた。

「そうね、ラビは意外じゃないわね」

だってあの子は裏表がある子だから、目を窓の外に向けながらは言う。
神田も無言でその視線を追いかけた。四角く切り取られた狭い空は雲ひとつない快晴が広がっているように見える。

「前にも言ったと思うけど」

しばらくお互い無言で紅茶を啜った後に、ふいにが口を開いた。





「何をそんなに焦ってるの?」





あの時と変わらない表情で、だけどどこか無とも取れるそんな顔では言う。
神田はまじまじと彼女を見つめた。

人の心が手に取るようにわかる、と彼女は言った。

それがどの程度のことなのか神田にはわからない。
それでも、こうして二言三言交わしただけで、的確に言い当てるような表現で質問してくるのだから、それなりに信用できるくらいの力はあるのかもしれない。
予見と同じような力だろうか。

「理由はわからないのか」

ふと、気になった質問が口をついていた。

「そうね。漠然とした感情しかわからないの。わかる人もいるんだけど、残念ながら神田はわからない」

わかりやすいのはラビとリナリー、そう言ってにこりと小さく笑う。
アレンも神田同様わかりにくいらしい。

「別に、俺が焦ろうがなんだろうが関係ねぇだろ」
「関係ないけど、でも焦られるよりは余裕を持って構えていて欲しいかな」

不思議な少女だ、と神田は思う。
そのずば抜けた容姿のせいもあるのだろうが、彼女の纏うオーラは普通の人とは違うように感じる。
他人を惹きつける割に、いざ近づいて見るとあまり心地の良いものではないタイプだ。

「じゃぁ、一つだけお願いがあるんだけど」

は言う。
神田は肯定も否定もせずに黙って彼女を見つめていた。










「死に急ぎすぎてはダメよ」










のその消え入りそうな一言に、神田はとうとう返事を返さなかった。



 
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神田って意外と甘いもの好きだと勝手に思ってるんですがどうでしょう。ケーキとかは嫌いだけど、紅茶には少しだけ砂糖を入れる感じ。

07年08月18日



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