不香の花 特に問題もないし、とりあえず任務は打ち切ろうと思うの。 昨日、満場一致(と言っても4人しかいないけれど)でに対する聞き込み調査を行うことに決まったはずなのに、リナリーは今日の朝開口一番にそう言った。 でも一応あと3日はここに居て、何か起こらないかは見ておいてって兄さんが。だから、ほとんど観光気分になっちゃうけど、あと3日ここでお世話になりましょ。 理解に苦しむ男共が、何を言えば良いのかわからずに口を開けたまま動かないのをいいことに、リナリーはさらにそう続けた。コムイにもとっくに報告してあったらしい。 しかしラビもアレンも利益のない今回の任務にはうんざりしていたので、それに対して反論は言うことができなかった。 ただ、ラビ個人の意見として、任務には興味がなかったけれど、という少女については非常に興味を持っていたので、その打ち切り宣言には正直不満があった。ここでラビが単独で彼女について調べれば、きっとリナリーから小言を喰らうだろう。 部屋の窓から、リナリーとアレンがと一緒に花壇に水を撒いているのが窺える。楽しそうにきゃっきゃと声を弾ませながら水と戯れる3人は大変目の保養になるのだけれど。 「やっぱ納得いかねー!」 ベッドの上にうつ伏せになりながら窓の外を見ていたラビは勢いよく体を起こす。 「なぁ!ユウはそう思わないわけ!?」 不機嫌オーラ全開の部屋の主、神田ユウにラビはそう問いかけた。 「お前がここにいることが何よりも納得いかねえよ」 「そこは問題じゃないですー俺とユウの仲じゃないか!」 無視された。 しかしその反応は当然のごとく予想の範囲内だったために、特に気に掛けることもなく再び視線を窓の外に移す。 「なんだかなーリナリーは一体に何を言われたんだか」 返事こそ返さないものの、神田が自分の言葉を聞いているのだということをよくわかっているラビは、無言の彼に向かって話を続ける。 「昨日の夜、下に下りたリナリーが戻ってきた時間を考えると明らかに誰かとしゃべってたんだろうけど」 アレンもユウも出て行かなかったし間違いなくだよな、バタンと閉まる扉の音にラビたちが気が付かなかったわけがない。それが一番奥にあるリナリーの部屋の扉が閉まる音であったということも、きちんと把握していた。 「コムイに連絡してたって可能性もあるけど、昼間にしてもう一回連絡入れるとも思えねぇし」 「けど朝の時点でもうコムイからの伝言は受けてただろ」 「あぁ、それは後でアレンに聞いたんだけど、朝早くに連絡してたみたいさ」 じゃぁお願いね、そんな声が窓の外から響いてきて、ラビはいつの間にか逸らしていた視線をまた戻す。ちょうどアレンとリナリーが門の外へ出て行こうとする所だった。 は1人でまだ、花壇に水を撒いている。 「ユウ、お邪魔しました!」 何か文句を言いかけた神田の声を背中越しに聞きながら、ラビは部屋を飛び出した。 「来ると思った」 ラビが外に出てに近づくと、彼女はラビを振り返りもせずにそう言った。上から見てたでしょ、ぱらぱらとシャワー状の水が乾いた土を濡らしていく。 「何でもお見通しってか」 「別にそういうわけじゃないけど。ラビのことだから納得いってないだろうなと思って」 手伝ってよ、そう言っては花壇の端にあるもう一つのホースを指差す。アレンとリナリーはどうしたんさ、と問うと、昼ごはんのお使いを頼んだの、と返事が返ってきた。 涼しい顔をして水を撒き続けるを見て、ラビは一種の諦めにも似た感情が自分の中に現れたのを感じた。 どうせ言わなくたって自分の考えていることなんてこの少女にはお見通しなんだろう。だったらいっそ全ての質問をぶつけてしまった方が自分にとっても利益になるんじゃないかと考える。 それが納得のいくものであるかどうかは別として。 「任務打ち切りなんだけど」 「らしいわね。リナリーが言ってた」 「一体リナリーに何吹き込んだんさ」 「どうして私が何かを彼女に言ったとそう思うの?」 相変わらず崩すのがめんどい女だな、とラビは冷静にの表情を窺っている。窺ってみたところで特に何も変化はないのだけれど。 ふと、もしここでについて聞き込みをする予定だったと告げたらどうなるのだろうという好奇心がむくむくと膨らんだ。これを言ってしまえば、間違いなくリナリーが傷ついたような顔をすることが目に見えていたので、さすがにこの話題には触れないでおこうと思っていたのだが、一度興味を抱いてしまえば、そんな決心が揺らぐのにはそう時間はかからない。 それに、とラビは考えた。 は見るからにリナリーを気に入っているのだから、きっとラビが行われる予定だった任務について話しても、きっとリナリーには何も言わないだろう。 そう結論に達して、ラビは口を開いた。 「俺たち昨日、新しい任務を考え付いたところだったって話は聞いた?」 答えのわかり切った質問を敢えてしてみても、の表情は変わらない。 「いいえ?」 そこで一度だけちらりと彼女はラビへ視線を向けた。すぐにまた花壇に 戻す。 「について聞き込み調査をしようかって言ってたんさ」 にこりと笑ってに言う。 きっと何もかもわかっているのだろう、は特に驚いた風でもなくゆっくりと体ごとラビの方へ向けた。 ここで一旦水撒きはお開きらしい。 「別に特に意味はなかったのに」 主語を抜いてそう言った彼女の言葉の意味をラビは間違えることなくしっかりと捉えた。 「意味ない割には重かったですけど?」 「そう?」 「任務なんてやめちゃえば?だっけ」 すごい一字一句間違ってないよ、は抑揚のない声でそう言う。 綺麗に積み上げられた煉瓦の花壇にはゆっくりと腰を降ろす。座れば?促されるままにラビも隣に座った。 「あー、そうだ、それから、ユウにもなんか吹き込んだろ」 「勝手に受け入れたのは神田。私は流してくれて構わないからってちゃんと前置きしたもの」 「認めるんだ?」 「吹き込んだって言い方はすごく納得できないけどね」 話のテンポはすごく心地よい、そう思う。 言うなればアレンに近いだろうか。リナリー辺りが聞いたら全面否定をするだろうが、しかしラビはそう思った。淡々と興味なさそうに話しておきながら、肝心なことは一つも言わないところがそっくりだ。おそらくアレンの場合は、話す相手を選んで話し方を変えるのだろうけれど。 そしてそれはにも言えることなのではないだろうかと考えてしまう。 否、リナリーに対しては、誰もが優しくなると言った方が正しいのかもしれない。 あの少女はある意味で聖母に近い。 「俺としてはについての聞き込みの任務をすっごい楽しみにしてたのに」 「別に何も出てこないとは思うけどね」 「根回し?」 「まさか。周りの人が言いたがらないだけよ」 理由は?返事は綺麗な笑顔だけ。 「その辺りのことについてユウに言ったっしょ」 「さぁ、どうだったかしら」 忘れちゃった、わざとらしく肩を竦める。 嘘付け、本当よ、だって聞き流していいようなどうでもいいことを言ったんだもの。 フィルターのかかったブラウン管を通して自分を見ているような気分になる。 この少女は自分と似ている、とほとんど確信に近い気持ちでそう思う。 明らかに他人に踏み込まれるのを嫌うタイプだ。 特に、自分のような人間には。 それでいて神田ように真っ直ぐなくせにそれを認めないような人には、少しだけ重要な何かを話してしまうのだ。 決して揺るがないまっすぐさを横から突いてみたくなる。 「可哀相なユウー」 「人のこと言えないんじゃないの。それに、神田は大丈夫なタイプでしょ?」 大丈夫じゃないまっすぐさって誰が持ってんだよ、わかってるくせに何でラビは敢えて聞くのかしら、わかってるくせに問われるまで言わない人よりましだと思うんですけど。 ラビ!呼ばれて門の方へ目を向けると、籠に野菜らしきものをめいっぱい詰め込んで、並んで歩いてくるアレンとリナリーが見えた。 横に座るへ目を向ければ今まで話していた内容からは想像もつかないくらいの柔らかい笑みを浮かべている。 結局聞きたいことはほとんど聞くことはできなかった。 「ラビ」 視線を2人に向けたままは言う。 そう言えばユウと話してる時もそうだったな、と記憶の引き出しからこの間の一場面を引っ張り出しながらラビは、あい、と返事をした。 「たまには、まっすぐ生きてみたらどうなの?」 「余計なお世話です。にそっくりそのまま返すさ」 だから、との語尾が強くなった。少しだけ違和感を覚えて、盗み見るようにの表情を窺う。 そこには何の変化もなかった。 「私が言うんだから、忠告を聞いてくれてもいいんじゃない?」 私とラビは、同じ、でしょ。 「偽りの人生なんて、楽しくもなんともないと思うけど」 経験者からのアドバイス、そこで一瞬だけの顔から柔らかさが消えた。 それは本当に一瞬のことで、またすぐにふわりと笑うと2人の元へと歩いていく。 ぼんやりとした表情で、ラビはそれを見送った。 ← → +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 07年08月17日 |