まだ、六日目よ。

その夜リナリーはそう言った。
まだ!?これだけ何も出てこないのに!?ラビは悲鳴に近い声をあげる。神田に至ってはやる気などとっくに削がれているらしく、うつらうつらと船をこいでいた。アレンはというと今日もまた神田と共に任務だったことがよっぽど効いているらしい。あからさまに不機嫌なオーラを出しながら足を組んで座っていた。

「・・・アレン、足を組むのはどうかと思うさ。」
「うるさいですよ黙れこのインチキ兎。」
「え!何それそんなこと言われる筋合いないんですけど!」

足を組むと太くなるらしい、と誰かに聞いたのを思い出し、勇気を出してアレンにアドバイス(?)をしてみたラビの真心は寸分の迷いもなく切り捨てられた。
アレンがひどいー、と寄ってきたラビを今度はリナリーが切り捨てる。ラビが悪いのよ、と。

しかし本当にどうしたものか。

とうとうリナリーがため息をついた。本当に、びっくりするくらい何も出てこないのだ。奇怪現象と言えば探索部隊の人間が入れないことだけ。AKUMAの気配など微塵も感じられない。AKUMAを見分けることのできるアレン・ウォーカーがそう言うのだから、間違いないだろう。
ここまで平凡でアットホームな雰囲気を醸し出されると、「まだ」六日目だというのに、本当に何もないのではないかと思えてくる。
リナリーが先ほど言った言葉は、彼女自身への言い聞かせでもあった。

、ほんとーに何も聞いたことない?」

かちゃかちゃと食器の音をさせながら夕飯作りに勤しんでいるへと問う。魚のムニエルのおいしそうな香が部屋に充満し、食欲を誘った。カボチャのスープを運びながらはリナリーを振り返る。

「何でもいいから少しでも違うこと、ねぇ・・・・聞いたことないなぁ。変わったことと言えばあなたたちが来たことくらいよ。アレン、ラビ、ちょっと手伝ってくれる?」

出来上がった料理をテーブルの上に並べていく。アレンとラビにはキッチンの中にある他の皿を持ってくるように頼んだ。

「リナリーとユウはなんで免除なんさー。」
「リナリーは女の子だから、神田は寝てるからよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寝てるのは免除の対象なんですか。」
「なんです。」

当たり前のようにさらりとはそう言った。
何それじゃぁ俺も今から寝るさ!寝てもいいけど夕飯あげないわよ。
その様子をリナリーは苦笑しながら眺めていた。こうしてしゃべっている時は、とても楽しいひと時なのだけれど、朝目が覚めて任務に行かなければならないことを思い出すと急に憂鬱な気分になってくる。いい加減にしなければストレスでおかしくなりそうだ。
いっそコムイの言う通りにここで少しばかりの休息を取ってしまった方が懸命なのではないかと思えてきた。

「リナリー、悪いんだけどそこに出てるフォークとナイフをつけてくれる?」

はーい、と返事をして銀のナイフを手に取った。
五人分の食器の前に、それを綺麗に並べていく。

「よし、そろそろ食べましょうか。ラビ、神田起こして頂戴。」
「寝てる子にはあげないんじゃなかったの!?」
「寝てるラビにはあげないって言ったのよ?」

差別を受けた。
ぶつくさと文句を言いながらラビは神田のブーツを思いっきり蹴りつけて彼を起こす。ただでさえ、寝起き最悪の神田の機嫌はありえないほどに下降した。

いただきます、と手を合わせてお手製の料理を頂戴する。
素材の味を生かした素朴な風味が口いっぱいに広がって、任務の疲れなどどこかに飛んでいってしまいそうだ。

「おいしい。」
「ありがと。ムニエルはもうないけど、他のものはおかわりあるから遠慮せずに食べてね。言うまでもなくアレンは食べてるけど。」

何か言いました?どうやらアレンはそう言ったらしいのだが、口の中に食べ物が入った状態でしゃべられてもわからない。はーいまず飲み込んでからしゃべろうねー、ラビにそう窘められて、アレンは食事を再開した。

「そう言えば今日、夢を見たの。」

唐突にがそう言った。
は?あまりに脈絡の無かったその会話の切り口に、4人は手を止めてしまう。

「何?夢?」
「そう。夢。」

既に興味のないらしいアレンと神田は食事を続けていたが、リナリーとラビは興味が沸いたのか、身を少しだけ乗り出すように彼女の方へ向き直った。

「何の夢を見たの?」

リナリーがにこやかな微笑みで、へ問う。





「空を飛ぶ夢よ。」





さらに深い笑みで微笑みながらは言った。
ふぅん?不思議そうにラビは口に手をあてる。かちゃり、とはフォークとナイフをテーブルに置いた。

「すごく気持ちがよかった。上から村を見渡してね。隣町くらいまで飛んでいったかなぁ。」
「へぇ意外。がそんなロマンチックな夢を見るとは思わなかったさ。」
「あら、ラビの言う通りよ。実はこれ、ロマンチックでもなんでもない夢だったの。」

そう言うの目はいたずらっぽく笑っていた。
リナリーがきょとんと首を傾げる。空を飛ぶのにロマンチックじゃないの?カボチャのスープを口に運びながらそう言った。

「落ちるとか?」

いつのまにやら聞いていたらしいアレンが縁起でもないことを何のためらいもなくさらりと発言した。

「ある意味当たり。ある意味外れ。」

6時の鐘が近くで鳴った。
この村で時計を持っているものは村長ただ1人。たった一つだけある懐中時計を頼りに村人が交代で夜中を除いて6時間毎に鐘を鳴らす。その鐘を目安に村人は毎日行動していた。

「どういう意味だ?」

機嫌の悪さがある程度直ったらしい神田が横から口を挟んだ。
ユウちゃんたら、ちゃっかり聞いてたわけ?せっかく戻った彼の機嫌が再び急降下する。ラビは神田にフォークを投げつけられた。

「・・・・・・・・で、話を戻していいかしら?」

喧嘩体勢に突入していくラビと神田に向かっては呆れ返りながらそう告げる。神田はリナリーによって、ラビはアレンによって席に無理矢理戻された。どうぞ、むすっとした表情でラビが言う。

「私、皆と一緒に飛んでたのよ。5人で空を飛んでるの。」

ピーターパンみたいでしょ?嬉しそうには笑う。

神田ほど空を飛んでるシーンが似合わない人はいないと思うんですけど。あ!?モヤシが飛んでるよりマシだろ。

どうして神田はすぐに人に喧嘩を売られるんだろう、とリナリーは額に手を当ててため息をついた。ラビが隣でどっちもどっちさーなどとさらに火に油を注ぐような発言をする。さらに何かを続けようと口を開いたが、リナリーから牽制を受けた、ラビは黙ってて。

「ごめん、何回も中断して・・・で?どうしたの?」
「ん?あぁ、で、しばらく飛んでるんだけど、皆落ちていくの。」
「・・・・・・・・・・・それはまた・・・なんてすごい展開・・・。」

呆れ顔でそう言うラビに、ははは、とは笑った。
笑い事じゃないですよ俺ら落ちてんですけど!ラビのつっこみも空しく響くだけ。

「落ちるって言っても死んじゃうわけじゃないの。あ、落ちちゃう!って思うんだけど、皆綺麗に着地するのよ。」

紅茶をゆっくりと喉へ流し込む。
薄暗い電灯に照らされて、ゆらゆらと揺れる水面をしばらく見つめた後には再び口を開いた。





「でもね、不思議なことに私は降りることができないの。1人だけ、いつまでもふわふわ空を飛んでるのよ。何がしたいんだろうね。」





別に声が悲しそうだったとか表情にそれが表れていたとかそういうわけではないはずなのに、何故か彼女からは悲しみのようなものが読み取れて、ラビは一瞬、動きを止めた。アレンは相変わらずの様子でその話を聞いている。神田とリナリーは同じことを思っているのだろうな、とラビは直感的にそう思った。

「空を飛ぶのが小さなころから夢だった。1人で村を見下ろしてみたかったの。」

始めよりもゆっくりとした口調では語る。

「だけど、あの夢は全然良いものなんかじゃなかった。飛んでみたら、思ってるよりもずっと孤独だったから、かしらね。」

にこり。
再びは綺麗に笑う。口の端がこちらが見とれてしまうような動きでゆっくりと上がっていった。
神田はその様子を顔をしかめて見つめている。

「何が言いたい?」

仏頂面のまま神田はそう言った。
は意味有り気に一度神田の方へ振り返ってから、再びラビたちの方へ向き直る。

「望んでいるものは思っているよりもひどいものかもしれないわよ、ってこと。」
「・・・・・・・・・・?」










「任務なんて、やめちゃえば?」










すごい真実が出てきたりするかもよ?
口は笑っているはずなのに、の目が恐ろしく真剣で、ラビとリナリーは思わず息を呑んだ。
アレンはその様子を無表情で見つめており、神田は相変わらず顔をしかめている。
なぁんてね、はすぐにいつもどおり笑って見せたが、もう既に遅かった。4人は彼女に対する一種の不信感を抱いてしまったからだ。
はいはい、早く食べないと冷めるわよ。
そう言う彼女の言葉だけが虚しく部屋の中に響いていく。





空を飛びたかった。





空を飛んだ。





地が恋しくなった。





 
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07年07月25日



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