綿










「・・・・・・・・・えーと、何があったの、かな?」

夕飯の準備が出来たことを告げるために呼びに来たらしい女主人のは、部屋の異様な雰囲気を見て、思わずそんな質問をした。
神田としては、自分の部屋に、いつのまにやら集まってきた3人が、こんな風にどちらかと言えば黒いと言えるオーラを発している理由を、むしろ誰かに説明して欲しい気分だった。

「皆揃って神田みたいな顔してるけど?」

ちょ、失礼なこと言わないでください!そうさー俺らユウ程変な顔してないさー!神田のあれは、別に怒ってなくたってそうなのよ、一緒にしないで。あ、そうなの、ふうん。

聞き捨てならないことをベラベラとまくしたてたアレンとラビとリナリーと、何故かそれに納得したに怒鳴り返すのも億劫で、神田はそれをしっかりと聞こえないものとした。
もちろん言うまでもなく、彼ら3人が曰く神田のような顔をしているのは本日の任務もあまり芳しくなかったからである。
リナリーはまったく何も見つけることができなかった自分自身を責めており、アレンとラビはもういい加減この任務には意味がないのではないかと苛立ち始めている。
ちなみに神田はというと、2日間ペアであった、筋金入りの方向音痴であるアレンから解放されたことによって、多少は気分が上昇していた。ラビという、新たなペアがつけられたそこはさして問題にならない。四六時中どこかにふらふらと行ってしまわないように見張っている、というのは神田にとってこの上ないほどストレッサーとなっていた。好き勝手聞き込みに行けることを、これ程嬉しく感じたことは今までに一度もない。
もっとも残念ながら彼の口調では怯えて逃げられてしまう確率が高すぎるため、仕事は捗らないのだけれど。

「で?任務が上手くいかなかったって所かしら?」

部屋の隅にあるベッドに座り込んでいる神田の隣にはゆっくりと腰をかける。
なんでソファに座らないの?とが神田に問いかけると、じゃあお前があの3人の中に入ってみればいい、と仏頂面で返された。

「これは果たして任務なのか非常に問いただしたい気分なんですが。」
「僕もです。」
「任務よ。」

ぶすっとした表情で不満を口にしたラビとアレンだったが、コンマ1秒の速さでリナリーにバッサリと切って捨てられた。

「どこが!?」
「兄さんに言われたからよ。」
「コムイ!?あいつめっさテキトーだったじゃんさ!」

でも言われたわ、もうほとんど意地になってしまっているらしいリナリーに、神田は内心で舌打ちをしていた。
ラビとアレンの意見もそろそろ聞き入れるべきのような気もするが(というかそうしていただきたい)、面倒なので放っておく。
ちらりと隣に座るに目を向けた。手に頬を乗せ、何故かにこにこと微笑みながらリナリーたちのやり取りを眺めている。怪訝そうに神田がを眺めていると、さすがに気が付いたらしいが苦笑しながら振り返った。

「なに?見つめすぎなんだけど。」
「・・・・・・・・・・・・・・何がそんなにおかしいんだ?」
「え?・・・・あぁ、別に、ただ仲がいいなーと思って。」

目を細めて、まるで眩しいものでも見るようには言う。
神田はぼんやりとその横顔を見つめていた。

「私さぁ、」

おもむろには口を開いてそう言う。
視線は相変わらずアレンたち3人に注がれているものの、どうやらその言葉は神田に向けられたもののようだった。

「見てわかると思うんだけど、同年代の友達って、あんまりいないのよね。」

神田たちが任務に来たこの村は、世界の中でもかなり小さな村だと言えるだろう。神田の出身国である日本や、リナリーの故郷である中国にも、小さな村はいくつかあるが、それと比較してもかなり小さな方だと思う。
村民合わせて今現在は32人。ここに来てたった5日しか経っていないというのに、半分以上の村民の顔を覚えたと言っても過言ではないだろう。

「というか実は一番年が近いのは3つ年下の女の子と3つ年上の男の子で。少ないでしょ?」

淡々とした口調で突然自分のこと語りだしたに神田は一体どう反応すればいいのか見当もつかず、ただ黙って見ていることしかできない。
が自分のことを語るなんて、初めてのことだった。
昨日の夜、ラビが面倒くさそうにため息をついて、ってなんだかよくわかんね、何考えてんだかさっぱりだ、と漏らしていたのを思い出す。任務先の宿屋の主人のことを気に掛けるなんて珍しいな、と神田が言うと、あんま良い気の掛け方じゃねぇんだけどな、とラビ特有の含み笑いでそう返された。

「しかもその2人にはそれぞれ1つ下と1つ上の友達がいてね、私、1人でいることが多かったの。」

寂しい子でしょう、と少しだけ自分を嘲るように笑いながら、は視線だけは動かさずにそう語る。

「まあ、1人でいたのはそれだけが理由じゃないんだけど。」

そう言ってそこで初めては神田の方へ顔を向けた。
恐ろしい程綺麗な形で笑う口元がなんだかあまり気持ちの良いものではなくて。
神田は無意識のうちに眉をひそめた。

「誰も、私の容姿について聞かないのね。」

真っ直ぐには神田を見つめた。怖気づくことなく射抜かれているというのに、不思議と不快感は与えられない。眼が綺麗だからか、と神田は1人納得する。

「別に、興味ないからな。」

特に何の感情も込めずにそう言うと、一瞬は大きく目を見開いて驚きの表情を見せたあと、ふわりと光を放つかのように綺麗に笑む。

「そっか、興味ないか。ふふ、興味ないのね、ふふふ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「ねえ、神田。私に興味ないんでしょう?じゃぁ私の過去にも興味なんて、ないわよね?だったら今から話すことは心底どうでもいいことで、すぐに忘れてしまえばいいと思う。」

つまりは過去話を始めても気にするなということか。

何故が突然そんなことを言う気になったのか、神田にはまったくわからなかったが、返事を求められないというのならば、別に好きにしゃべっていてくれて構わない、と思い、神田は何も言わずに視線だけをに向ける。
それを肯定の印だと理解したは再び目線を、未だに言い合うアレンたちに向けて語りだす。



「ここの村って、すごく団結力が強いのよ。村なんて、大抵そんなもんだと思うけど。だからね、金髪碧眼ではない、黒髪碧眼の女の子が生まれた時、村は騒然となった。」

綺麗に手入れされた、漆黒の髪がさらさらと小さく吹く風に流されていく。
深い緑の瞳が、真っ直ぐに見つめてその先にあるものをしっかりと捕らえる。
神田の髪も風に舞い、瞬間、何かを思い出しそうになった。
きっと故郷の何かだろう。
は淡々と、先ほどと少しも変わらない口調で言葉を紡いでいく。

「自分たちとは違う、異質なもの。だけどね、ここの人たちはここから出たことのない人がほとんどだったし、この村にたまにやってくる人も皆近辺の人だから、その異質な何かを形容する言葉を持っていなかった。」

の細い白い指が自身の黒髪の上を滑っていく。
その様子を神田は何か神秘的なものでも見るかのような気持ちで眺めていた。
彼女の織り成す動作の一つ一つが、神から祝福された神聖なものであるかのような、不思議な錯覚が起こるのだ。それは、救済を謳いながらAKUMAと戦う白い少年の動作とよく似ていた。

「天使って、輝く金髪なんですってね。じゃぁ黒髪は?そう考えれば、答えはすぐに見つかった。」

は、と神田は反応する。

―じゃぁどうしてAKUMAに気に入られた、なんて言われてるのかしら?―

リナリーの言葉が蘇る。

―良い村ですよね、だそうですよ。―

何も出てこないことに不満を漏らしながらそう言うアレン・ウォーカー。










「村の人々はその女の子に悪魔と名づけた。」










何も言うべき言葉が見当たらない。
驚いてはいるものの、に対する同情なんて少しも浮かんでこなかったし、慰めようとも思えない。
しばらく沈黙が続いた後には再び神田を振り返った。

「だから、周りに聞き込みなんて行ったって無駄だろうし、村の人たちは自らの失態を言うなんてこと、絶対にないと思うわ。ここの村は人の良い村、で通っているからね。」
「・・・・・・・・・・どうでもいい過去話じゃなかったのかよ。」
「どうでもいい過去話よ。忘れてくれても構わないもの。」

でも神田は優しいから、誰にも言わないで覚えてくれていそうよね。

既に視線を3人に戻した後で、はそう呟いた。
意味のわからないその言葉に、神田は不思議そうに顔を歪めたが、その後は何も言わなかった。

再び沈黙が2人を包む。
一向に静まらない3人の言い合いは、恐ろしい程の速さでヒートアップしているものの、止めに入るのは面倒だ。
神田は目を閉じて、その沈黙とも喧騒とも言える世界の中に身を任せることにした。背を完全に壁に預け、腕を組む。

「ねえ。」

しかしそれは叶わなかった。
が先ほどと同じように、声だけで神田に話しかける。

「・・・・・・・・・・何だ。」

ぶっきらぼうに短くそう言う。

「私が、1人で育ってきた理由はなんとなくわかったでしょ?」
「はっきりな。」

遠慮もなしに神田はにそう告げる。
はまた、ふふ、と嬉しそうに笑ってから、今度は体ごと彼に向ける。

「でも私だって、皆と一緒にいたかったのも、本当よ。」

きゅ、と膝の上で手を握る。
一体それが何を表しているのか神田にはさっぱりわからなかった。

「だから、ずっと人を見て育ってきたの。ずぅっと、ずぅっとね。」

そこで彼女は一旦言葉を飲み込んだ。
何も言葉の存在しない時間のはずなのに、何故か彼女から痛いほど何かが伝わってくる。神田は居心地が悪くなって、顔を背けたくなっていたが、しかしそれはやってはいけないことのような気がして、ほとんど睨むようにを見つめていた。

「人の心が、いつの日にか、手に取るようにわかってしまった。」

そう言うの声が、まるで別人のように冷たくて。
神田は反射的に身構えた。










「何をそんなに焦ってるの?」










5秒開けて、は笑った。
いっそ禍々しいほどに綺麗な笑顔で。





「さてと。いい加減あの3人止めなくちゃね。夕飯が冷めちゃってるかも。」

アレン、ラビ、リナリー。今日はそこまでよー私の夕飯どうしてくれる気?

いつものようにふわりと笑いながらは3人に近寄っていく。
神田はその姿をただ呆然と見送っていた。





神に作られし悪魔は、

とても身近なところで微笑んでいた。





 
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なんかちょっと夢っぽくなりましたね!(※勘違い)

07年07月01日



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