「良い村ですよね、だそうですよ。」

アレンは心底面倒臭そうにそう言った。
いいですか!聞いた人皆ですよ!?訴えるように彼は隣に座っているラビに詰め寄っていく。んなこと俺に言われても、とラビはそう言い返したかったが、それを言えばアレンに隣町に行くように指示したリナリーから、じゃぁ何私のせいだって言いたいの、的なことを直接は言われなくともやんわりと言われることが目に見えていたので、何も言わずにアレンの頭を撫でておいた。

「なんだか不思議なくらい何も出てこないわね。まるで示し合わせたみたい。」
「・・・・・・いや、ほんとに何もないんじゃないっすかね。」
「でもだったらなんで悪魔に気に入られた村なんて言われるの?そんなの良い村だとは思えないわ。」

一種のタブーみたいな存在にでもなっているのだろうか。
リナリーは右手で頬杖をついて真剣に考えている。対してアレン・ウォーカーと神田ユウは面白いくらいにやる気というものが感じられない。ラビはというと、ある意味潔く諦めているらしく、言われたことはしっかりやるが、それ以外は何もやらない、という手段に出たようだった。今だって、言われた通りに神田の部屋に集合はしたものの、意見を出す気はどうやらないらしい。

「アレンくん、神田、何で悪魔に気に入られた村なんて言われているのか、聞いてみたりした?」
「・・・・・・今日一日僕は必死だったんです、自分の中の葛藤と戦うのに。」
「じゃぁ明日はそれ聞いてきてね。」
「・・・・・・・・・・・・・リナリー、アレンとユウをペアにするのなら予めやることを分刻みレベルで考えておいてやらないと・・・・。喧嘩始めて冷静じゃなくなるのなんて目に見えてるさ。」

ラビが溜息と共にそう言っても、リナリーは、あら何のこと言ってるのかわからないわと言わんばかりの笑顔で彼を振り返っただけだった。
ラビはそれ以上何も言わなかった。

彼らがこの村に来てから四日目の夜の出来事である。

「あー、もうほんとに何もないんじゃねえのー。」

ラビは上半身を机の上にでろりと預ける形を取って、そう愚痴をこぼしはじめた。
確かにもともとそんなに期待をしてはいなかったものの、ここまで何も出てこないとは思っていなかった。仮にも教団総本部に入って来るレベルの噂は立っていたのだ。それがAKUMAのせいではないにしても、何か怪奇現象ないし事件が起こっていてもよさそうなものなのに。

本当に、何もないなんて、これはこれで色々問題のような気もするけれど。

リナリーはそんなことを考えていた。
少し前にアレンと共に巻き戻しの町に出かけた時でさえ、もう少し何かこう、あったのだ。あの時は一度入った後に出ることは不可能だったし、何より周囲の町の反応が異常だった。まさに怪奇現象っだったのだ。
なのに今回は、本当に「零」。
周りから得られるものさえも、「零」の状態。

これは、明日の神田たちの報告を待ってみるべきなのかもしれない。

何となく触れてはいけないような気がして、あの噂については無意識に頭の隅から排除されていたようだ。なんであんなに単純で明確な質問を思い付かなかったのだろう、とリナリーは村に来てから今までの自分の行動と思考パターンを悔いていた。

「神田、アレンくん、明日ちゃんと聞いてきてね?これが、今の所の最後の砦よ。それでも何もなかったら、潔く諦めるべきなのかもしれないわ。」
「わかりました。調べてきます。」
「・・・・・・・・・・・チッ。」
「よろしくね。あ、でも待って、明日は私もラビもやることがないから、アレンくんは私と、神田はラビと組んで二手に分かれましょ。」

いいですね、と言ったのはアレンだけ。
ラビと神田は何とも言いがたい表情をしてそれから少し間を開けてから返事をした。

「それじゃあ、軽く明日について決めちゃおうか。神田、ペンと紙、取ってくれる?」

神田から渡されたペンをくるくると器用に何度も回す。
時刻は午後八時過ぎ。
よし、というリナリーのかけ声を合図にするように、四人は机を取り囲みながら話し合いを始めた。

















「えーと?リナリー、だったっけ?」

時刻は夜中の0時を回っていた。
リナリー・リーは、一応今日までの報告を兼ねて、今後の任務について、兄であるコムイに連絡をいれようと、自分の部屋から階下へと降りてきていた。ついでに、教団に新たな情報や手がかりはきていないかどうかも聞くつもりで、宿の広間にある、小さな黒い電話器を片手に、まさにダイヤルを回そうとしていたその時だった。
後ろから突然、自分よりも少し低めの少女の声が廊下と広間に響き渡り、びくりと肩を震わせる。
すぐに後ろを振り返り、そこにいるのがだと確認すると、ほっとしたように表情を緩めた。

「なんだ、びっくりした、じゃない。どうしたの?」
「それはこっちの台詞。こんな時間に広間の灯がついているんだもの。泥棒かと思ったよ。」
「ごめんなさい。兄さんに連絡が入れたくて。」

困ったようにリナリーが小さく笑う。
は別に泥棒じゃなければなんでもいいんだけどね、とそれに答えた。

「じゃぁさっさと入れちゃいなよ。それが終わったら、ココアでも飲まない?ちょっと時間は遅いけど。」
「是非。」
「そう。じゃ、終わったらキッチンの横の部屋に来てくれる?用意しとくわ。」

ひらりと一度手を振って、は広間から出て行った。
その姿をなんとなくぼんやりと追ってしまう。
不思議な人、とリナリーはのことを思っていた。
昼間見る時よりも神秘的に見えるのは、薄暗い灯と、白いネグリジェ姿のせいもあるのだろう。普段は1つに束ねている漆黒の髪も、今は綺麗にすとんと下ろされている。さらに、闇の中でも一際目を引く、グリーンに近い、二つの瞳。リナリーが見なれている、ラビの目よりもさらに深い綺麗な色。
白い肌に黒い髪、それから碧眼。
ハーフなのかな、と首を傾げつつも考える。しばらくぼうっとの出て行った扉を見た後に我に帰ったように慌ててダイヤルを回しはじめた。

「兄さん?遅い時間にごめんなさい。ちょっと、今いいかしら。」







「終わった?」

リナリ−が指示された場所へ足早に向かうと、ちょうどカップを二つ持ったがキッチンから出て来た所だった。
白いマグカップから湯気が立ち上っている。
それを片方受け取りながら、リナリーはと共に部屋に入り、ちょうど真ん中にある、淡いオレンジのソファに腰をかけた。

「待たせてごめんね。思ったよりも長引いちゃって。」
「んー?別に全然問題ないよ。私もココア探すのに手間取ってたから。」

改めて、リナリーはの姿を正面から捕らえていた。
ああ、やっぱり不思議な雰囲気を持っている人だなぁ、と感心に近い感想を抱く。
あえて言うなら神田ユウに一番近い雰囲気だろうか。
綺麗、だけでは形容しきれない、独特の優美さを感じさせる。リナリー自身も一般的には美形と呼ばれる類に入るのだろうが、本人にその自覚はあまりない。のその雰囲気に圧倒されているが、彼女自身もかなりの容姿を持っている。リナリーがを観察しているように、もリナリーをまじまじと見つめていた。

「リナリーって、すごい整った顔してるんだね。」

唐突にがそう切り出す。

「え!?何言ってるの!こそすっごく美人さんじゃない!私なんて・・・・。」
「なんて?まぁ、自覚ありすぎるのもどうかと思うけど、あなたの場合、自信を持っていいと思うよ。リナリーは、綺麗よ。」

にっこりと極上の笑みでそうに告げられたリナリーは、小さな声でありがとう、と返すのが精一杯だった。面と向かってそんなことを言われたのは初めてだったからだ(コムイを除く)。
考えてみれば、同年代の女の子と会話をするのなんて久しぶり、なんていうものではなく、本当に何年ぶりなのかわからないくらいだった。任務地で出会った少女たちと、こんな風に任務に関係なく会話したのはこれが初めてなのかもしれない。

「エクソシストって、大変ね。」

ココアをゆっくりと口に流し込みながらは言った。

リナリーたちは、一応一通り、自分たちの立場と、やらなければならない仕事があることを、軽くに説明していた。詳しいことは何1つ言ってはいないが、はその説明を黙って聞いて、その上で、ここに寝泊まりすることを認めてくれた。
だから、エクソシストが何をやる職業なのか、何故今ここにやってきたのかなど、まったく話してもいないし、触れてもいない。
それでもそんなことを言ったのは、リナリーたち四人が、ここへ来てから一度も和やかな雰囲気になっていないからなのだろう。

「うーん、そうね。簡単な仕事では、ないと思うわ。でも、今回はちょっと異質な任務なんだけど。」
「そうなんだ?リナリーは、この仕事が大切なんだね。見ていてなんとなく、そう思ったわ。」
「私にとって、この仕事で知り合った仲間っていうのはかけがえのない存在なの。特に、今一緒にいる三人は、年も近いからなおさら、ね。」

あ、もちろん他の皆も大切よ?慌てたようにリナリーはそう付け足す。

「大切なのは一緒だけど、彼らの存在っていうのは、それとは違う次元にあるってこと?」
「うん。なんて言ったらいいかわからないけど・・・・・。」

アレンくんも神田もラビも、きっとずっと特別なんだわ。
そう言ってリナリーはゆっくりとココアを飲み干した。

「あの中の誰かが、リナリーの恋人?」
「!!??もう!そんなんじゃないから!」
「えー?じゃぁ、何?あの中で、誰が一番気になるの?」
「だからそういうんじゃないんだってばっ!」

顔を一気に真っ赤にさせて、必死に否定するリナリーを見て、はくすくすと笑う。

本当に、こんな話をするのは久しぶりだった。
少しだけ憧れて、少しだけ夢見ていた、女の子同士の秘密の会話。
残念ながら、リナリーにはこの場が盛り上がるような恋愛話はないのだけれど。

「神田なんてどう?同じ東洋系みたいだし、お似合いじゃない?」
「それはにも言えるでしょ?同じ黒髪だし。」
「じゃぁそれはラビも当てはまるのかな。目の色近いから。」
「そうね、でも私的にはアレンくんもお勧めよ?」
「アレンは無理だな、綺麗すぎるから。」
「?」
「なんでもないよ。」

す、とは手を伸ばして空になったリナリーのカップを自分の方へ引き寄せた。
そろそろ寝なくちゃ、明日早いんでしょ?のその言葉にリナリーはそうね、と苦笑する。

「本当はもう少し話をしたかったけど。リナリー、ほとんどこういう話しないでしょう。」

リナリーは驚いたように目を見開く。

「あはは、驚くほどのことじゃないよ、聞いてればわかるもの。」

はからかうようにウィンクをしてひらひらと手を振った。
と同時にかたんと椅子から立ち上がってカップをトレーに乗せた。洗うのを手伝うとリナリーは一緒に行こうと駆け寄ったが、は笑ってもう一度、明日は早いんでしょ、とリナリーに釘をさした。

「でもだって朝ご飯作るために早く起きるでしょ?
「私はその後寝られるから問題なしよ。さ、リナリーはさっさと寝ちゃいなさい。」

これは言い出したら聞かないタイプだな、とリナリーは諦めた。
自分より年下の、少年エクソシストを思い出す。

「じゃぁ、よろしくね。ココアありがとう。」

どういたしましてー、と
二人並んで部屋から出ると、油が足りないためにギィィと大きく音を立てて閉まるドアをなるべく音を立てないようにゆっくりと閉じた。

はキッチンへ、リナリーは階段へとその足を進める。

「リナリー。」

の声が真っ暗な廊下に凛と響く。

「なぁに?」

振り返ってみても、の姿を捕らえることはできない。







「愛されてるんだね。」







おやすみ、そう言っての気配は廊下から消えた。
リナリーはしばらくそこから動くことができなかった。




愛されている。


誰から?

兄さん?

それとも、


我らが主からだろうか。





 
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挿頭の花=主に金属で作られる冠に挿す造花のこと。

07年06月11日



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