エクソシストティーンズが村にAKUMA調査を名目にやってきてから三日目の朝を迎えた。
相も変わらず彼らが求めるような情報は何も出てこない。
ラビと神田は初めて探索部隊という人々のありがたさを知った。

「今日は何を調べるんですか隊長。」

言いながらラビは朝食のパンを口に運ぶ。
隣ですごい勢いで食料を消化していく少年を横目で見ながら、ちょっと泣きたくなってきていた。この子は何でこんなにも顔に似合わない要素をたくさん持っているのだろう。

「そうね、じゃぁラビは少しそこら辺を見てきて頂戴。」

リナリーはラビの顔を見ずにそう告げる。
神田と隣同士の彼女は、珍しく髪を右側で低くサイドポニーにしていた。神田はいつも通り左側で低く一つにまとめているために何だか線対称の双子でも見ているような気分になってくる。

「・・・・・・そこら辺はもう十分見てきたんじゃないでしょうか。」
「うん、だから、変わったことがないか見てきて。ラビが一番記憶力がいいでしょう?」

それはもちろん、ブックマンJr.ですからそうですけど、何かものすごく理不尽じゃないですか。

少女の恐ろしさをよく心得ているため、そんなことは口に出したりはしなかったけれど。

「私はちょっと聞きたいことがあるから村長さんの所に行ってくるね。」

にっこりと笑って彼女は言った。
ぴたり。
多少の時差が確認できる間を置いて、アレン少年がリナリーの言葉に反応した。

「え、僕はどうすればいいんですか?」
「神田と一緒に隣町に聞き込みに行ってきてくれると助かるわ。っていうか行ってきて。」

アレンが不満の声を上げる前にリナリーは彼女特有の有無を言わせぬ綺麗な笑顔で彼らに言った。神田が舌打ちをしかけた変な体勢と顔のまま止まっている。ラビが声をたてて笑うと何故かリナリーから説教をくらった。

「リナリー、それって僕1人でも十分だと思うんですが。」

にこりと仕込まれた英国紳士の笑顔で彼は言う。
ひどい時の真っ黒な気配は感じられないものの、あまり気持ちのいい笑顔ではなかった。
対して先程よりも笑みを深めてリナリーはアレンの方へと向く。

「だめよ。アレンくん、迷子になっちゃうもの。」

確定条件。
アレンには反撃するものが見当たらない。

「・・・・・・・・・・・・わかりましたよ。」

アレンvsリナリー。勝者、チャイニーズガール。敗者、イングリッシュボーイ。被害者、ジャパニーズボーイ。

「チッ。ったく、俺は子守りか。」

神田が本日初めて口を開いた。おはようユウちゃん、驚いたように挨拶したラビは当然のごとくシカトされる。アレンが何も言い返さないので、ラビは少し不信に思ったが、その一心不乱にチャーハンをかき込んでいく姿を見て、神田と食事が計りにかけられたのだと納得した。食事と神田では、どちらが優先されるかなど聞かなくたってわかりきっていることだ。
子守りでもなんでもいいからとにかくはぐれないでね、リナリーが念を押す。神田はもう一度大きく舌打ちをして食事を再開した。リナリーに勝てるものなどこの場にはいない。

「あー、で、も一つ質問してもいいっすか隊長。」

(神田と)アレンとリナリーの戦いに終止符が打たれたのを見計らってラビは片手をひらりと挙げた。

「どうぞ?」

紅茶の入ったカップを口の前に運びながらリナリーは言う。

「その辺ってどの辺?」
「その辺よ。」
「・・・・・・・・・・・・うん、ありがとう。」

素晴らしいですね的確な答えじゃぁないですか、もごもごと口を動かしながらそう言う年下の少年をラビは食後のデザートで使う予定っだった銀のスプーンで思いっきり叩いておいた。




















「・・・・・・・・えーと?」

年頃の男の子は、もちろん青春真只中でない場合でも、それなりに異性に興味があったり、彼女がいたり、片思いの女の子がいたりする(それは女の子の場合でも同じだ)。だけどなんだかちょっと恥ずかしいかな、なんて思ったりして、二人で会う時はこっそり人目を忍んで計画を立てたりなんかする。
そう、例えば、部屋で待っててね、ノックを2回連続でして、そのあとに3秒空けてもう一回叩いたらそれは俺だから、なんて約束したりして。つまりは女の子が自分の部屋にいたって何の問題もないわけである。
そしてそれは10代の特権だったりする(20代になれば恥ずかしいもなにもなくなるからだ)。
そして確かにラビは今現在18歳なのだけれど。
年齢だけから考えれば、そんなことが起こったっておかしくはないのだけれど。

「いやいやいやこれはないでしょ、え、ちょっと落ち着け俺。」

彼は仮にもエクソシストなんていう、戦場で生きる少年である。
そんなほのぼのとした少女漫画的展開は場違いにも程がある。というかむしろ本人もそんなことは微塵も望んでいない(少なくとも今は)。
故に。

「俺のベッドで少女がすやすやと気持ち良さそうにお昼寝しているのには問題があると思います。」

言ってみたところでもちろん返事など返って来るはずもない。
何俺ひょっとして部屋間違えた?
廊下に出てみた。
もちろん当然しっかりと合っていた。

「何しよう、一緒に寝てみるとか。いや、それは犯罪かもしれないし、え、何これ。」

相当ラビは混乱していた。
寸分の狂いもなくとリナリーに言われた通りの任務をこなし、誰にも文句なんて言わせないくらい綿密に見てまわり、何も悪いことはしていないはずなので、これを嫌がらせと取るわけにもいかず。

「よし。無視しよう。俺はユウの部屋に行けばいいんさね。」

結論が出た。
これは最早記録しておく必要すら感じさせない展開だと判断されたらしい。
くるりと向きを変えた。





「どこ行くの?」





少女が起き上がっていた。

「うあ!びっくりした!なんだよ起きてたんか!」
「今、起きた。だって中々帰って来ないんだもの。」
「そんなこと言われても。」

むくりと完全に起き上がると、ここの主人、は言った。

「私今日暇だから誰かとおしゃべりでもしようかなって思ってさ、アレンに聞いたらあなたが一番早く帰ってくるって言うから。」

ちょっと部屋にお邪魔してたの。
そう言う彼女にラビは、はぁ、と気のない返事をすることしかできなかった。
いまいち状況がよくわからない。ちょっとお邪魔してたからって、何故布団までしっかりかけて眠っていたのか、かなり謎である。果たして客を何だと思っているのか。

「とりあえず、紅茶煎れていい?喉乾いちゃったから。」

どうぞとラビが答える前に既には行動に移っていた。俺の分もよろしくー、とりあえずそれだけ言ってソファへと腰掛ける。

「どう?やるべき事は捗ってる?」

マッチを擦る音が聞こえて来る。続いてボッ、という音がすぐにして、火を付けたことが伺えた。ラビはその間に1部屋に1セット置いてある、ティーセットを取り出して2人分を綺麗に並べた。
リナリーから渡されたクッキーもついでに皿に並べる。

「全然。まーでももともとあんま期待してなかったから、仕方ないっちゃ仕方ないけど。」
「へぇ。だから私とこうしてしゃべる時間があるわけだね。」
「まぁ、そんなとこですかね。」

お湯が沸いた。
2人分の紅茶を煎れるとそれをお盆の上に乗せて、テーブルまで運び、ラビの前に腰を降ろした。
仕事内容に触れぬようにはさりげないことを聞いてくる。あぁ、しっかりと宿屋の主人だという自覚はあるんだな、とラビは少し彼女を見直した(先程の昼寝事件で彼女の株が大幅にダウンしていたからである)。いちいち客人のプライベートにつっこんでいたらキリがない。悩みを聞いて欲しいのならバーにでも行けばいい。宿屋は「場所」の提供所だ。
しかしきっと理由はそれだけではないのだろう、とラビは推測していた。
向こうがプライベートなことに触れてこない。

イコール、こちらも向こうのプライベートには触れることができない。

中々やるな、この女。

「そういえば。」

話を突然中断したかと思えば、は思い出したかのように手を打った。

「は?」
「一つ、気になってることがあるんだけど、いい?」

何を今さら、とラビは思った。大体こんな、どうでもいい話をした後に思い出すレベルのことを、いちいち断ってから聞く必要なんかないのでないのだろうか。
そう考えて、その考えをすぐに打ち消した。
むしろその逆なのかもしれない。



今から話す内容が、ラビに会いに来た本当の目的である可能性が高いと判断した。



「どうぞ?」

にこり、ラビは微笑みながら言う。
もどうせバレているのだと思ったのだろう。
持っていたカップをソーサーの上に綺麗に戻し、座り直してラビを真正面からしっかり捕らえた。
黒髪に碧眼。
普通の家庭で育ったとは思えない。

ラビも人のことを言えないが。







「どうしていつも笑ってるの?」







射抜くような視線と、突き刺すような口調。

「・・・・何の話だか。俺は今朝も悲しんでた記憶がありますけど。それに大体、いつもって何さ?あんたに会ったのは3日前だったと思うけど?」
「違うわ。」
「何が。」







「どうしてそんなに笑い慣れてるのか聞いてるの。」







沈黙が流れて、風が吹いた。
返す言葉の見当たらない少年は、黙って少女を睨んでいた。
かたん、最初に動き出したのは少女の方で。
部屋にはラビ1人が残された。





何の話?

誰も知らないおとぎ話。





 
++++++++++++++++++++++++++++++++++
額の花=額紫陽花の花

07年05月26日



back