アレンたち4人が任務(仮)のためにこの村−村の名前を村民はリトル・ゴッドと呼んでいる。小さな神。由来はよくわからない。−にやって来た初日の夕暮れ時。やはりと言うべきか、AKUMAが関係しているとはとても思えなかった。 村の者たちに何か変わったことがこの村で起こった、もしくは過去に起こったと聞いたことはないかと訊ねてみても老若男女問わず答えははっきり「NO」。神田の眉間に皺が増えないことが奇蹟な程、この村からAKUMAに関する噂は出てこなかった。
何か資料などはないのかと書物はあるかと聞いてみた所、この村にはそんなものはどこにもないと返された。どうやら村民のほとんどが文字が読めないらしい。
ラビと神田はここに来て15回目の溜息をついた。と同時にリナリーの絶対零度の微笑みが二人を包む。もう一度出そうになる溜息を、ラビは慌てて飲み込んだ。
アレン・ウォーカーが『左眼』を使って探って見ても、今現在この村にAKUMAの気配は感じられないようだ。
そんなわけで4人は浮かない顔をして宿先に返ってき来たのである。

「あーもう!何も出てこないじゃんか!」

開口一番、不満の声を漏らしたのは誰もが予想した通りラビだった。
神田の舌打ちがその後に続く。
アレンとリナリーは明らかに不愉快そうな顔で彼らを振り返った。

「まだ1日目よ。わからないじゃない。いつもの任務だって初日で全てが片付くことなんてないでしょう?」

リナリーはコートをハンガーに掛けながらそう言った。続いてアレンのコートを受け取って隣にかける。他の二人には自分でやってね、と言ってソファに座った。

「そりゃそうだけど、今までは確証とは言わないまでも何かあって任務に向かってたろ?こんな何もない零の状態から一体なにを探せと。」

乱暴にコートを脱ぎ捨てて、ラビはリナリーの隣に腰を降ろす。座れば、と目で神田に促すと、もう一度舌打ちをして彼はラビの前にどさりと座った。続いてアレンも神田の隣に静かに腰を降ろす。
用意されていた紅茶に4人ほとんど同時に手を伸ばした。

あらこの紅茶おいしい、ほんとですねでも僕この紅茶知りません、私も知らないわこの村で作っているのかしら、そうでしょうねここの人たちは外に出たことない人たちがほとんどって言ってましたし他所から人が来ることもほとんどないって言ってましたからね。

のほほんとそんな会話ができるのはアレンとリナリーの2人組で、その2人の様子をラビと神田は不満そうに眺めている。

「なあに?会話に入りたいのなら入ってくればいいじゃない。」
「あ、神田は入ってこなくていいですけどね?」
「アレンくん。」
「・・・・・・・なんでもないです。」

そういえば、とリナリーが手を叩く。アレン以外の2人は面倒くさそうに視線を彼女に向けた。

「何?」
「ここの主人に挨拶に行ってないわ。」
「?俺らを村の外まで出迎えに来てくれた子がそうだろ?」
「彼女が?どう見ても私たちと同じくらいの歳にしか見えないけど。」

目を見開いてリナリーは驚いた。
紅茶おかわり要りますか?とアレンに聞かれ、彼女は、頂戴、と短く返事をして再びラビの方へ向いた。

「さっきリナリーがアレンと一緒に花摘みに行った時に側に居たおばちゃんから聞いた。彼女の両親は亡くなってるらしい。」
「・・・・・そう。」

一瞬リナリーの顔に影が落ちたのをラビと神田は見逃さなかった。聞いてはいけないことを聞いてしまったとでも思ったのだろうか。彼女自身、両親を幼いころに亡くしているというのに。

って言ってたわね。彼女、なんで下宿屋なんてやってるのかしら。」

アレンから渡されたティーカップを受け取りながらリナリーはそう呟いた。
心底どうでもいいというように神田が短く溜息をつく。

「知るかよ。」
「神田は黙って。」

そう言われてしまえば神田は黙るより他の道はなかった。隣でアレンが鼻で笑う。神田はギロリと彼を睨み付けた。
目の前で飛ばされる火花は視界に入らぬものとしてラビは先ほどのリナリーの言葉を頭で繰り返していた。言われて見れば確かに謎である。
ほとんど旅人など訪れてこないと言うならば何故こんなに広い宿屋があるのか。
建物自体は2階建てと、決して大きなものではないものの、部屋は全部で10もある。

「まぁ、きっと普段は他のことやってて誰かやってきた時だけ下宿屋なんだろうけどな。」
「そうだけど、ここ、彼女の家なんでしょう?広すぎるしもう少し人がいたっていいんじゃない?」
「うーん、妥当な線としては代々彼女の家系がここを引き継いでいたってトコかね?」

繰り広げられるアレンには興味のない話題、横から感じる明らかに不機嫌なオーラ、それに、この疲労感。
アレンはちょっと失礼しますね、と断りを入れてから立ち上がると部屋を出て行った。


























「ちょっと疲れた・・・・・・・・かも。」

アレンは3人がいる部屋から出た後に長い廊下を歩いて階段をおりると、そのまま下宿屋から外へ出た。太陽はとっくに沈み込み、辺りはほの暗い闇に包まれていた。月が大きい。星も教団から見えるものとは比べ物にならないくらい数多く、そして明るく輝いている。大きな木に背を預けるとアレンはずるずるとその場にへたり込んだ。
左眼を酷使した疲れが今頃になってどっとやってきたのだ。じわりとにじんでくる汗にアレンは思わず顔をしかめた。それでも部屋の中よりは大分マシで、夜の風が気持ちよかった。
ぼんやりと下宿屋の側にある長家に目を向ける。
村民は皆そこで暮らしていると聞いた。横に長いその建物の先は暗闇の中では確認することはできない。雨戸を閉めてしまっているのだろう、そこから光はほんの少しだって出ていなかった。

長い長い溜息をつく。
そよそよと吹く風を感じながら、アレンは目を閉じた。








「寒くないの?」









アレン自身、どれくらいそこに居たのか、わからない。もしかしたら1分もいなかったのかもしれないし、1時間そこにいたのかもしれなかった。
突然、聞き慣れない少女の声が闇夜に凛と響いた。
アレンは閉じていた目をゆっくりと開ける。

「・・・・・・こんばんは。」

目で捕らえた少女の姿を見ながらアレンはそう返す。少女は先ほどラビとリナリーが話題にしていた下宿屋の主人だった。

「こんばんは、夕飯の用意をしていたら見えたから来ちゃったんだけど。」

ふわりと笑う。
笑い方がすこしリナリーに似ているな、とアレンは思った。
月の光に照らされた漆黒の髪が空に舞う。東洋人の神田とリナリーと同じ髪の色だ。しかし目の色は緑に近かった。

「すみません、もう、戻りますね。」
「そうしてくれると嬉しいな。」

未だに少し回転の鈍い頭を無理矢理起こそうとアレンはゆっくり体を持ち上げる。
立ち上がりかけて振らりと体がよろめいた。少女は立ってそれを見ているだけで特に何もしない。一言、まだそこに居てもいいけど、と言っただけ。
アレンはそれが逆にありがたかった。いちいち心配されても面倒くさい。

「部屋に戻るのなら他の3人も呼んできてもらえる?夕飯は下の広間だから。」
「・・・・わかりました。」

2人は並んで宿に戻ろうと歩き出す。
アレンは正直、今夕飯なんて食べたい気分でもなかったが(あのアレンが!)、そんなことを言おうものならリナリーとラビが強制的に教団にアレンを送り返してしまいそうなので、そうもいかない。
溜息と共に自分を嘲る笑いが出た。

「アレン、だよね?」

それまで何も言わずに隣を歩いていたの口から自分の名前が出て、アレンは驚いて顔をあげた。

「はい、そうです、けど?」
「先に言っておきたいんだけど、私、同年代に敬語とか使うのあまり好きじゃないんだ。」

アレンはそれを、自分の言葉遣いを指摘されたのかと勘違いをし、むしろ初対面の人間に使わないあんたの方が失礼なんじゃないかと顔をしかめた。

「あぁ、ごめん、アレンのその言葉遣いが嫌なんじゃなくて、私の話。ごめんなさい、お客さん相手に敬語使わなくて。」

苦笑しながら謝ってそう言うにアレンもすみませんと謝ってしまう。
何で謝るの、と聞かれ、さらにすみませんと返したアレンには笑った。

「いつもはこんなこと言わないんだけどね、どうも帰ってきた時とかここに来た時の会話聞いてる限りじゃアレンのそれは普通みたいだし。そっちが使うのにこっちが使わなくてごめんって言っておこうと思っただけ、勘違いさせたみたいでごめん。」

そう言うとはさっさと歩きだしてしまった。
アレンは慌てて後を追う。
下宿屋の戸を開けては中に入るとアレンに向き直ってじっと彼を見た。
なんとなく居心地が悪くなってアレンはそれじゃぁ、と言うと階段を上がろうとした。









「雪よりも雪らしい白なんだね。」










え?とアレンが少女を振り返った時にはもう、彼女はくるりと背を向けて広間へと消えていった後だった。
ゆっくりと彼女の言った言葉の意味を考える。




雪。

白。

もしかして。




「なんだアレン、こんなとこにいた。何してんさ?」

上からラビの声が降ってきて、アレンは現実世界へ引き戻された。
何でも無いですよ、と答えて笑顔を作るとアレンはラビと共に部屋へ向かう。




髪のことを、そんな風に言われたのは初めてだった。




−雪よりも雪らしい白。−

何度もその言葉がアレンの中で響いていた。


 
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07年04月21日



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