きっかけは、些細なことだった。

「僕、が生徒会の仕事してるの、見たことないんですけど」





「ああ、なるほど、だからちゃんは珍しく真面目に仕事してるわけだ」

生徒会室の、もはや物置と化していた会長机が片付いているだけでも異様な光景だというのに、その机で黙々と書類の整理に勤しんでいる少女がいて、誰もが何か悪いことの前触れだと思った。
副会長と書記それぞれ1人ずつはドアを開けたと思ったら閉めて出ていったし、いつも彼女の我儘を一刀両断する役割を担っている副会長のもう1人も、何か不快なものでも見たかのように、顔をしかめて出ていった。
残されたのは雑用係と呼ばれる書記の1人と、生徒会の女王と秘かに称されている会計の片割れだった。
非常に面倒臭そうに書記が事の始まりを説明するのを、口元に上品そうな笑みを浮かべながら聞いていた少女は、とうとう笑いが堪えられなくなったらしい。くすくすという小さな声が聞こえてきた。

ちゃん、ほんとにアレンくんが好きなんだねぇ」

ガリガリガリ、一種の殺気さえも感じられる勢いで仕事をこなしていくにもちろん声など届くはずもない。
普段からそんぐらいしろってんだよ、書記――神田ユウは眉間の間に皺を三本ほど増やして呟いた。

「ユウちゃん、何か言った!?」
「んでお前は俺の言ったことにいちいち反応すんだよ!」
「愛ゆえ!」
「黙れ死ねその減らず口刻むぞ!」

あと2枚!ぶい、と右手でピースを作りながらは言う。今度は神田は反応しなかった。

「でもさぁ、」

会計の少女はこそりと呟く。なんだよ、面倒臭そうに彼女を見上げた神田は、手に持っていた書類をばさりと投げた。その時起こった僅かな風で、花瓶に生けてある花から花弁が一枚ひらりと落ちる。それをつまみあげながら彼女は言った。

「生徒会室で必死になってもアレンくんはわからないんじゃないの」
「お前それあいつの前で言えたら何でも言うこと聞いてやる」
「うわぁ、無理」

彼女は奥で書類整理をこなしているにちらりと視線を向けた。尋常じゃないほどの取り組みようだ。愛は人を盲目にさせる、という言葉を聞いたことがあるけれど、それに近い状態と言えるのかもしれなかった。
ガタン、特にすることがないからだろうか、神田は立ち上がると普段は滅多に手に取らないファイルを取り出してぱらぱらとめくりだした。背表紙には白いシールが貼られており、そこには簡潔に「書記」とだけ書かれている。

「そっかあ、書記なんだよね」

ぽつりと思い出したように呟いた少女に、神田は不快オーラを全開にして睨み返す。しかしまったく彼女には通用していないようだった。

「なんかもう神田くんってちゃん専属の雑用係って感じがするからさ」

さらり、当たり前のように爆弾投下。ある意味生徒会内で禁句になりつつあることを唯一言っても許されるのが彼女の特権だ。他のメンバーが言おうものなら神田から返り打ちにあう。
神田は少女の発言に、ファイルをめくる手を止め、一般女子生徒ならば泣きだしかねないような視線を送ったが、直接手を下すことはしなかった。

「幼なじみっていいよね」
「喧嘩売ってんのかてめェ」
「いーや、褒めてんの」

ぱたぱた、右手を上下に振りながら言う。
ちょうどその同じタイミングでが「終わる!」と叫んだ。終わった、ではなく、終わる、と言ったところが彼女らしい。
神田はファイルをしまうために立ち上がった。それまでじっと神田を見つめていた少女はにこりと笑った。何だよ、そういう意味を込めて視線をやれば、さらに笑みを深くする。

「じゃ、あたしもそろそろ帰るわ」

右手をついて立ち上がる。が小さく、えっ、と叫んだ。

「なんで?一緒に帰ろうよ」
「ちょっと用事思い出したから」

そう言って彼女は手をあげた。神田に近づいて彼の肩に手をあてる。





ちゃんのために生徒会、入ったんでしょ。なら最後まで頑張んなさいよ」





「ばっ、」神田が反論しようと振り返った時には、彼女はドアの向こう側に消えていた。

生徒会に、唯一神田が苦手とする人物がいる。
別に嫌悪感を抱くというわけではないけれど、ただ単に、全てを見透かされているような感じがして、いつも言い負かされてしまうのだ。
神田との関係についても、もしかするとどこかの赤毛と少女の次に詳しいかもしれない。

「ユウ?今玲ちゃんなんて言ったの?」
「何でもねぇよ」

神田は吐き捨てた。

そんな生徒会会計片割れ――――彼女の名前は黒乃玲璃と言う。



 
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07年12月20日


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黒乃玲璃――designed by 黒阿さま



生徒会編1