「うわ」

リビング(とたちは勝手に呼んでいる)に入ってきたと同時に失礼な発言をしたのは、学園のサボり魔兼校則を守らない男No,1のラビという少年だった。
テーブルの上に料理の本を広げていたは、顔をあげると、「うげ」、とさらに失礼な言葉を発した。

だけ?アレンとかアレンとかアレンとかは?」
「アレンとかアレンとかアレンとかは今頃ユウちゃんと一緒なんじゃないですかね。うわーラビと2人とか、凹むんですけど!」

ぎしっ、音を立てて後ろにがのけぞると、ラビは少しだけ顔をしかめた。彼はこの音が嫌いらしい。

「こっちの台詞!リナリーはどしたん?」
「さぁ?今日は遅くなるって言ってたから、コムイんとこじゃないの」

ふぅん、いつも通り興味なさそうにラビは言いながら、の前の椅子をがたりと引いた。隣にショルダーバックを無造作に放り投げて椅子に座る。
いつもよりも人数が少ない部屋に違和感を覚えた。人の体温は熱をあげると言うのは本当なんだな、とそう思う。はラビに紅茶でいいかと聞いた。なんでもいいさー、返事をしてからやっぱ今日は日本茶の気分かも、と思ったがもう遅い。とりあえず紅茶で我慢することに決めた。

「アレン、ここんとこ会ってないんですけど、俺」
「あたしも会ってないなぁ。昨日の朝会っただけ」
「会ってんじゃん!」
「1時間毎に会いたいくらい愛してるんだもん!足りない!」

アレンが!は言う。
俺なんか3日も会ってないんですけど、ラビは腕を思いっきり伸ばしてテーブルの上にべちゃりと沈み込んだ。

「アレンが足りない、ってその表現、ちょーいいと思う」
「でしょ?あー足りないー!」

は紅茶を入れたカップを2つ、そのままテーブルへと運んできた。
ラビは片手を上げてお礼を言いながらカップを受け取り、そのまま半分程飲んでしまう。はあまり熱いお湯でお茶を淹れない。始めは抗議をしていたラビも、慣れてしまえばこちらもこちらでおいしかった。
ことりとテーブルの上にカップを置く。ブラインドの隙間から入ってくる日の光がゆらゆらと揺れる茶色い水面に反射して少し眩しかった。
が先ほどまで呼んでいた本を何気なく手に取る。ラタトゥユの所に付箋が貼ってあるのを見ると、どうやら今日の夕飯はそれらしいという見当がついた。
そういえば昨日パプリカが余ってリナリーが困っていた。

「食べちゃいたい、って表現、すごいと思わない?」

は突然そう言った。
1秒くらい経ってからラビの脳はその言葉を飲み込んだらしく、慌てたように返事を返す。

「あぁ、うん、そうさね。なんで?」
「あたし今までそんなこと思ったことなかったけど、アレンをじっと見てるとそう思うんだよね」

進歩?は笑いながら言う。進歩とは言わないんじゃねぇの、ラビがそう言うと、じゃぁ進化、と返された。きっとここに他に人がいれば、対して変わらないと思ったのはラビだけではなかったはずだ。

「んー、俺の場合、他にもいるけどねぇ」
「わーラビが言うとなんかやーらしぃんですけどー」
「そう思うもやーらしぃと思うんですけどー」

何お前アレンのことそういう意味で言ってるわけ?そういう意味ってなんですかー?言ったのはじゃんかよ。あたしは何も言ってませんよ?

ラビとは、2人だけになるといつもとは大分雰囲気が変わる。それはおそらく当の本人たちも自覚していることなのだけれど、それを口にしたことはなかった。神田やリナリーたちといると、どうしてもからかいたくなったり、ふざけたくなってしまうらしい。もちろん2人の時は必ず雰囲気が変わってしまう、というわけではなかったが、どういうわけか、ハウス内では特にそういう傾向にあった。
淡々と、心の探りあいをしているかのようなテンポと口調で会話が続いていく。

「あたしも?」

がいたずらっぽく言う。ラビはこの目が割と好きだった。

「んー、それ、聞きたいん?」
「いや、別にいい」

やけにきっぱりとした口調では言った。なんで?ラビがそう尋ねても返事はなし。仕方がないのでラビは再び視線を料理本へと戻した。明日の当番は自分なので、案だけでも決めておこうかなと思ったからだ。
ぱらり、一枚ずつページをめくっていくラビの手を、は無言で見つめている。

それからしばらく時間が経過した。
ラビが、あらかたメニューに見当をつけた時だった。
がゆっくりと椅子から立ち上がり、ラビの上に影を落とす。急に暗くなった視界に、ラビは顔をあげた。
何?そう言ってをどかそうと思っていたのに。





自分の唇に何かが当たって、それは叶わなかった。





ほんの一瞬だった。
かすめた、と言っても正しかったのかもしれない。
驚いてラビが目を丸くしていると、はゆっくりと離れていった。右ひざをテーブルの上に乗せる形で、接近してきたらしい。だから届いたのか、頭の中でラビは冷静にそう分析した。
つ、の右の人差し指がラビの唇に当てられる。

「今はまだ、食べられる気はないからだよ」

何の話だ?一瞬そう思って、あぁさっきの質問の答えか、と納得した。
にこりと微笑むにラビも同じように笑みを返す。

「今は?」

さきほどのと同じようにいたずらっぽい顔でそうラビが尋ねた。

「忙しいし、ユウ離れしてないからね」

どすん、やたらと勢いをつけては椅子に座りなおす。冷めかけている紅茶を一気に飲み干すとと、再びラビをじっと見つめた。

「何さ?」
「別に」

ごちそうさま、そう告げては立ち上がった。座ったり立ったり忙しいやつだな、ラビはぼんやりとそんなことを考える。

さっきの行動に意味など、どうせほとんどない。

ラビももさほど気にした風でもなく、ぱたぱたと足音の聞こえてきた方へと目を向けた。おそらく、アレンと神田だ。

!ラビ!聞いてくださいよ!神田が!」
「あ!?てめェモヤシ勝手なこと言うんじゃねぇよ!!!!」
「ユウ!お前アレンに何したんさー!さぁ!アレンお兄さんの元へおいで!」
「ちょ!ラビ何勝手なこと言ってんの!アレン!こっちにおいで!」

ばたばたがちゃん!騒がしくなった部屋に、ラビの残した紅茶だけがぽつりと先ほどと同じ時間を有していた。



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甘いと見せかけて甘くない。せっかくのキスシーンだったのに!なにこれ!(もう甘い小説は諦めた方がいいのでは)

07年09月24日


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日常編8