「ーっ!」
ガラガラバタンッ!
凄まじい効果音と共に3-Aの扉から叫んだラビに、は思いっきり眉をひそめた。食事の時間を邪魔しないでよと言わんばかりの勢いである。
ガラッ、ガツン!
開け放たれたばかりの扉を右足で閉める。次いで何かが激突する音がした。の席は後方の扉の目の前なのだ。一瞬にして教室がしぃん、と張り詰めたような変な空気になったが、はちらりと閉めた扉を一瞥すると特に何もなかったかのように食事を再開した。「あ、この卵焼きおいしい!あとでユウに何入れたのか聞いておこうっと」ぱくり、少し赤みのかかったそれを一口で飲み込んだ。ねぇ?目の前で共に昼食に勤しんでいた友人がなるべく平静を装って口を開く、「ラビ来てたよね?」、気のせいじゃない?は爽やかな笑顔でざっくりと言った。
「気のせいじゃねえし!」
スパーンッ!と気持ちの良い音を立てながら開いた扉の向こうには、涙目になったラビがいた。真正面からまともに扉に激突したらしい。
「何か用?あたしは何も用なんかないんだけど」
「いやね、お前に無くても俺にはあるから」
「何」
「、また生徒会の仕事サボったろ」
「・・・・・・」
無言が何よりも如実に肯定を示していた。
「何さっ!あたしが生徒会サボったってラビには迷惑かかんないでしょーっ!」
「俺じゃねえ!アレンにかかんだよ!」
アレン、その言葉にはしっかりと反応した。アレン様至上主義で成り立つに取って、これは聞き捨てならない由々しき事態である。
「・・・まじで?」
「まじだ。俺、さっきアレンの教室に行ったんさ。そしたら、」
アレンくんならさっき誰かに拉致られていきましたよ、って爽やかな笑顔で可愛いおかっぱ娘にこんなメモ渡されたんだよ!ダンッ、とラビはの机に何やらノートの切れ端のようなものを叩きつけた。グラリ、上においてあったペットボトルがバランスを崩しかけて左右前後に揺れる。中でゆらゆらと波立ったスポーツ飲料水が思ったよりも透明度が高いことに気がつき、それを手に取って光にかざした。
「見てほら綺麗!」
無視する方向に出たらしい。
は目の前でちゃぽちゃぽとペットボトルを揺すってみせる。人間は自分の頭で処理しきれない情報があるとパニックに陥るか、なかった事にする者が多いと何かの本に書かれていた。も例外ではなかった。
「無視しない!」
ペットボトルを彼女の手から奪い取りながらラビは言う。続いて両の掌での頬を掴むと無理矢理自分の方へ向けた。ぐきりと変な音がした気もするが気のせいだと思うことにした。
「アレン・ウォーカーを預かります。返して欲しければ決算報告書に目を通して最後の欄を埋めてから私まで持ってきてください」
メモに目もくれないで、その内容を一字一句間違えずにラビは、はっきりと述べた。何ならもう一回読もうか?ラビが言うとはともすれば聞き取れないような小さな声でそれを拒む言葉を口にした。2人の周りには一種のクレーターのようなものが出来上がっていたけれど、彼らにとってそれは今日の月が三日月である事実と同じくらいどうでも良いことだった。
「で?差出人の名前はないけど、ちゃんと心当たりがあるんだろうな?」
は目を逸らした。
心当たりがあるらしい。
「卑怯者ーっ!!」
叫んだ。
「俺に言われても」
「信じらんないっ何考えてんのかわかんないっ!」
いや、俺から言わせてもらえばとてもわかりやすい方法ですけどね?
一人地団駄を踏みかねないほどのテンションで頭を抱えるに、ラビはそんなことを思ったが、口には出さないでおいた。
の現在の弱点はアレン・ウォーカーだと言うことくらい見ればわかる。
しかし切り札を出さなければならないということは、は相当かたくなに拒否してきたということになる。何がそんなに嫌なんだろう、とラビは一人首を傾げた。
「決算報告書に目通すくらいすぐできんだろ?」
「甘い!あれは去年の文化祭費の決算なの!やること多くてめんどくさいことこの上ないんだから!」
初夏の風香る五月下旬。そろそろ今年度の文化祭に向けて文実は本格的に動きだしたらしい。そういえばクラスの文実もなんだか最近忙しくなったと言っていた気がする。ということはこの脅迫めいたメモの犯人は、文化祭実行委員長かはたまた会計か。
「まぁなんでも良いけど。アレン巻き込むのだけはやめてくれる」
「アレン巻き込んだのあたしじゃないしっ!文句あるなら直に言ってよ!」
「誰だ直って。大体がちゃんと仕事してれば回避できてた問題だろっ!」
いい加減にしろ!とラビがに叫んだのとほとんど同時だった。
ガンッ!
と凄まじい音が、教室内に響く。ラビのすぐ後ろから聞こえてきたその音に、彼と彼の目の前の少女はびくりと飛び上がる。俯き加減だった顔を上げたの表情がみるみるうちに青ざめていき、そのまま凍り付いてしまった。何があったん?ラビが呼び掛けても微動打にしない。
くるりとラビが振り返ると、恐ろしく目の冷たい少女が、ドアに手をかけるようにして立っていた。先程の音はドアを思いっきり引いた音だったらしい。
すらりとした印象を受ける生徒だった。
背はそれほど高くはないが、長い手足のせいか、ひょろりと縦に長く見える。茶色く染めた髪を肩の上で二つに束ね、それが風にあたって時々微かに揺れた。化粧を少し施している。可愛らしい顔立ちだ。残念ながら、今は氷のように冷たい視線のおかげで色々台無しなのだけれど。
制服のリボンが赤と黒のストライプなところを見ると、どうやら彼女は三年生らしい。
そして恐らく。
のこの反応を見るかぎり。
「会長」
思いがけず低い声が彼女の口から発される。呼び掛けられたのはだと言うのにラビも思わず身構えてしまった。はい、と消え入りそうな声ではなんとか返事を返した。恐ろしいのかなんなのか、目を逸らすことがどうやらできないらしい。ラビは視線をドアの少女がに移し、事の顛末を見守ることにした。言ってしまえばを見殺しにしたわけだが、致し方ない。そもそもの原因は生徒会業務をサボったにあるのだから自業自得と言うやつだ。
「良い加減に、してくれる?三週間も前に資料渡したんだから、少しずつ読んでいけばそんなに大変でもなかったのを、やらなかったのはあんたなんだからね。」
少女はドアから一歩も動かずに、淡々と言った。いっそ怒鳴ってくれたほうがまだマシだと思えるほど、その言葉は鋭い。側で聞いているだけのラビでさえ、まるで皮膚を薄皮一枚のところでナイフで剥いでいかれるようななんとも恐ろしい感覚に襲われているのだから、言われた本人はそうとうダメージを食らっているに違いない。
「悪いけど、終わるまでアレン・ウォーカーは返さないから」
終わらなかったらどうなるかくらいわかるよね?
完全に蛇ににらまれた蛙状態に陥っているは頷くだけで精一杯だった。下を向いて目を泳がせている。出ていこうとする少女をラビは振り返った。
にこりと笑って、少女は去っていった。
机に突っ伏して死にかけているの髪をくしゃくしゃと撫で回しながら、あの人のことよくわかってんだなぁ、と感心する。「なぁ、今の人、名前なんて言うん?」、ラビは誰もいなくなった扉を見つめた。
「直。伊倉直。文化祭実行委員会計だよ」
普段はあんなんじゃないのにさっ!拳を突き上げて喚くを、ラビは目を細めて見つめていた。
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08年06月07日
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