「みすこん、ですか」
そろそろ電車の弱冷房が敵にしか見えなくなった頃。
着々と進む文化祭の準備を尻目に、空き教室で真剣にダウトをしていたアレンは、いち、と言い終えたあとに思い出したようにが言った「アレンさー、ミスコンの推薦用紙出してないでしょ」という言葉に、些か不満そうに眉をひそめた。不満というよりもただ単純に理解できなかっただけなのかもしれない。なんですかそれMr.近藤?、とんでもない答えにラビは吹き出した。
「誰だよ!ミスコンテスト。ようは学園の美しい人は誰だっていうコンテスト。全校生徒の推薦で5人選んで、そこからさらに絞るわけ」
「ふうん、日本人て何でも順位付けたがりますよね、多民族国家だったら差別って言われかねないですよ」
ダウト、見てもいないのに神田がカードを出したと同時にアレンが言う。
チッ、と舌打ちして神田はカードを手元へ寄せた。
「お前、目どこに付いてんの?ダウトとかイカサマしようがねえだろ」
「何言ってんですか、全てのカードゲームのイカサマテクニックを身につけてますよもちろん」
「てめえ!やっぱりイカサマしてんのか!」
「ユウちゃんうっさい、アレンのイカサマなんて今更じゃん。で、話戻すけど、」
は、きんぐ、と手持ちのカード3枚全てを投げ捨てるように中心に放った。今度はアレンもダウトとは言わなかった。
リナリーが、そろそろ終わりにしないと皆クラスの人達に怒られちゃうんじゃない、と言いながら読んでいた本をぱたりと閉じた。カンカンカン、隣の教室から釘を金づちで叩く音がする。文化祭まであと3週間を切っている。もともと当日に出される屋台にしか興味がないアレンと、もともと文化祭自体興味がないラビと、生徒会業務を何かにつけてサボりたがるは、基本的に昼休みの準備には参加せずにその時空いている教室を使って時間を潰しているのだった。たまにこうしてによって連行された神田と、後夜祭のフォークダンスの申し込みをしてくる連中に困り果てたリナリーも合流する。
ミスコンは文化祭最大のイベントだった。最後の花嫁衣装はもちろん、自己アピールの際に何度か変えられる衣装も見物だ。自分達の推薦した女の子が可愛らしい格好をしてステージ上を歩くのだから喜びもまた大きい。毎年レベルが高いと有名なこの学園のミスコンは学外からの客もかなり多く、地元のテレビ局までもが入る。
「んー、で、そのミスコン、去年は誰が優勝したんです?」
「2年連続リナリーだよ、リナリーは通称青薔、」
「!そこはいいから!」
あおば?アレンは右斜め45度に首を傾げ、何度か瞬きをした。なんでもないの、と慌てて手を振るリナリーをしばらく見つめ、それからにこりと笑った。「なるほどリナリーの通称はあおばなんですね」、きらきらとした笑顔で言う。ラビは手持ちのトランプを机の上に無造作に投げ出すとため息をついた。
「リナリー、諦めろ、こいつ間違いなく確信犯」
「え、確信犯?」
「だってそうじゃん、このまま言わなかったらアレンはリナリーをあおばって呼ぶよ」
アレンは肯定はしなかったけれど否定もしなかった。
「リナリーはね、青薔薇って言われてるの」
がパンパンと二度手を叩いて注目させて言った。
一年目のミスコンで来た、青い薔薇の飾りが施されたドレスが反響を呼んだことと、本人も青薔薇を手に入れるのと同じくらい入手困難とされていることが掛け合わさって定着した通称だった。ちなみに何故入手困難なのかというとそれはとんでもなくお嬢様だからだとか実は実態がないからだとかびっくりするくらいの嘘が飛び交っているけれど、なんてことはない、恐ろしい兄のせいだった。
「その推薦は、全校生徒によるものなんですか?」
「すごいよ、本当に全員から集めるんだから、家までおしかけるよ」
「誰が?」
「里奈が」
ああ、あの実行委員長。
アレンは一度だけ朝礼で見たことのある、一見どこにでもいそうで、でも常人とはオーラが違った少女を思い出した。隣でラビが「あーの扱いをよく心得てる人ね、去年すごかったよね」としきりに頷く。神田辺りから言わせてもらえば、生徒会関係の人間の大多数が彼女の扱いくらい心得ているのだけれど。
キンコーン、予鈴が鳴って、ただでさえ騒がしかった廊下からの音が一際ボリュームをあげる。真っ先にリナリーが教室を出た、「ごめんね次理科室なの」、ラビがぱちくりと瞬きをした。「アレン、お前、音楽室って言ってなかったけ?」「そうですね、理科室よりも遠いですね」ガタガタと勝手に配置を変えていた机と椅子を、なんとか元の位置へと戻す。教室の前を通りかかった生徒会副会長がと神田を見つけて叫んだ。
「あ、てめ、ちょ、こんなとこにいやがったのかよ!!放課後2人とも仕事3倍に増やしてやる!!」
「ばっ、俺は関係ねえだろうが!」
「うっさいよと遊んでたんだからお前も同罪だよ!」
副会長を追いかけて神田が教室から飛び出していく。アレンがその後に続いて出て行こうとしたので、は背中に向かってミスコンの推薦用紙を出すように言った。振り返りはしなかったけれど、手袋をした左手をひらりと挙げたので、きっと伝わったのだろう。残されたとラビは散らばったままのトランプをかき集めて青いプラスティックのケースにそれを詰めた。2人揃って重い腰をあげるとようやく教室を出た。バタバタと慌しい雰囲気の廊下をゆっくりと進みながらラビはに問いかける。
「で?今年もリナリーになりそうなん?」
「企業秘密ですー、でもね、すっごい面白いことになってる」
はおかしそうにくつくつと笑った。笑いを堪えようとして堪えきれていないのでなんとも微妙な笑顔だ。きも、それだけ言うとラビはから鉄拳を喰らう前に自分のクラスへと入っていく。ラビを追いかけようとが方向転換したところで本鈴が鳴り、慌てて廊下を駆けていった。
今年のミスコンが今までに例を見ない結果に終わるだなんて、きっとほとんど誰も想像していなかったに違いない、文化祭3週間前の午後だった。
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09年08月27日
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グリオットチェリー文化祭編1