「科学者、ですか?」
「違う、火学者だよ。火の学者」

アレンの発音と様子からしてきっとサイエンスの方を想像したのだろうと予想がついたは、彼でもわかるようはっきりと訂正した。

がらんとした理科室にはとアレンとラビしかいない。アレンが母国では習わなかった範囲を放課後補習してくれるという先生がいたので、とラビが面倒臭いと渋るアレンを無理矢理ここに連れてきたのだった。案内人の神田がいないのは、が彼に託した生徒会の書類整理に追われているからだ。1円にもならない生徒の補講なんてものをやりたがるとかどんな先生なんですか?、アレンが胡散臭そうにそんなことを聞いてきたのは、おそらく先生を待ってる間おそろしく暇だったからなのだろう、非常に尋ね方が粗雑だった。だからも返事は期待せずに、かがくしゃ、とだけ答えたのだけれど、予想に反してアレンの目が光ったので、少し詳しい話を伝えたのだ。

「火?なんでまた」
「見りゃわかるって。あいつが火扱うの見ててみ?」

だって火って言ったって、アレンがそう反論しかけて椅子から立ち上がったところで教室の前の扉ががらりと空いた。





「おー、お前がアレンかー。俺の名前はリーバー・ウェンハム。今日から三日間よろしくな」





にこりと感じの良い笑顔で入ってきた男は、リーバー・ウェンハムと名乗った。理事長の独断なのか何なのか、この学校にはAET以外にも日本人ではない教師が何人かいる。彼らはもちろん流暢な日本語を話すのだけれど国籍云々がどうなっているのか、その辺りの詳しい話は生徒が知る由もない。
アレンは真正面からリーバーをまじまじと見つめると何か閃いたかのようにその大きな目を見開いて、それからリーバーを指差した。



「頭の形が火!」
「んなわけあるか」



間髪を入れずにつっこんだラビを完全に無視してアレンはに向き直る。「合ってます?」「合ってないよ、今ラビ言ったじゃん」、まともな返答を返したにアレンは不満そうな顔をした。少しだけラビと言い合ってアレンはリーバーに向き直る。

「ねえ、リーバーさん。貴方なんで火の学者なんですか?」
「あー・・・まぁ生徒が勝手に付けただけだからなあ、」
「アレン!だから見てればわかるって。ね、まず手始めに濾過でもしてましょうよ」
「なんだよ、濾過とかいらないから。あ、ちょ、おいこら!」

ぱたぱたと、は理科準備室へと駆けていき、リーバーもそのあとを追うようにして扉の向こうに消えた。1分間くらい沈黙が続き、ようやくラビが口を開く、「が火学者の由縁を教えてくれるってさ」。アレンがどうしてそんなことわかるのかとラビに問うと、だって俺も去年この補講うけたんだもん、と何故か少しだけ誇らしげにそう言った。
中間テストも終わり、あとは7月に行われる文化祭・体育祭に精を出すだけというこの時期に何も補講なんてやらなくたっていいじゃないかとアレンは思ったが、おそらくは中間テストの代わりに行われた学力テストで、アレンの理科の点数がよくなかったことを気にしてくれたのだろうとも思う。返されたテストをホームのリビングで広げていると、ラビがやってきて覗き込んだ、「うわ、この理科、さすがにまずいんじゃね?」、問答無用でアレンによってひっぱたかれたけれど。
ともかくもそうしてアレンは補講を受けることを承諾したわけで、では何故ラビとがついてきたのかというと。

「「アレンが好きだから」」

とまぁ、いつもどおりの相変わらずの理由だったりする。もちろんリナリーも行くと言ったのだが、クラスの文化祭係になってしまったので、残念ながらそちらの会議に行かなければならなかったのだ。ちなみに神田はその会議の進行役だったりする、に笑顔で任された。「あたし、アレンの補講に行かなくちゃいけないから!」、文句を言ってに任せ、当日いなくなるを探し回るより、さっさと自分でやった方が早いと神田は判断したのだろう。珍しく何も反論されなかったとは言う。本当かどうかその真偽は定かではない。

「そういえばもうすぐお祭りですね、屋台が楽しみです!僕チョコバナナ大好きなんですよ」
「・・・もしアレンが文化祭を指してそう言ってるんだったらちょっと間違ってると思いますよ、屋台とは違うさ」

ラビは頬杖をつきながら呟いた。



バタン!



勢いよく扉が開く。開いた扉の向こうから、なにやら実験器具を持ったとリーバーが立っていた。

「よし!実験を始めるよー!ラビ、手伝って」
「・・・・・、なんだか嫌な予感がするんだが気のせいか?」
「気のせいだよ、気のせい」

それじゃぁまずアルコールランプに火をつけましょ!はとても嬉しそうにそう言った。ガスバーナーじゃなくてですか?アレンがきょとんと質問すると、ラビがこれでいいんさとやんわり言った。廊下側の棚に綺麗に並んでいるアルコールランプを持ってくると、はそれをもう大分色が変わってしまった机の上においた。はい、ラビがポケットからリーバーにマッチを取り出して渡す。何故マッチなんかをラビが持っているのかというとそれは色々と校則に引っかかる問題となってくるので、ここでは言及されなかった。
しゅ、綺麗な炎が燃え上がる。




「じゃ、消して」



「はい?」

当たり前のように今付けたばかりのアルコールランプの火を消すよう言ったに、アレンは訝しげな目を向けた。まだ何も実験などしていないというのにアルコールランプの火を消す必要性をまったく感じなかったからである。

「ちょっと、、もう消すってそれどういう、」

そこまで言って、アレンの言葉はラビに制された。「よく見とけよ?」、にこりと笑ってラビは再びアルコールランプに視線を戻してしまう。何か反論したかったアレンだが、何だかそういう雰囲気でもなかったので、仕方なしに同じように視線を戻した。

・・・お前な・・・」
「いいじゃんいいじゃん、転校生にパフォーマンスってことで」

いらねぇよそんなの!叫んだリーバーだったが、そんな様子はお構いなしに、はアルコールランプをリーバーの前に置いた。彼はきっとお人よしなのだろう、それを受け取るとため息を1つ吐くてわかったわかったと諦めたように言う。



ふ、と。

かくしてアルコールランプの火は消された。



「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・何今の!」

沈黙の間、アレンは目を丸く見開いてぐるりと一周たちを見つめ、それから思い出したように叫んだ。

「ね!これが火学者の由縁だよ!」
「だってなんか、魔法みたいに・・・えーすごい!」
「俺は普通に蓋を使えばいいって思うけどな」
「「ラビには夢ってものがない!」」

すごいすごいとまくし立てるアレンにリーバーは困った顔をした。

簡単に説明するとリーバーはアルコールのランプを蓋を使わずに手の動きだけで消して見せたのだった。ぐるりと火を囲むように手を回し、ぎゅ、と上で手を結ぶような仕草を見せると、火は手の中に吸い込まれるみたいに伸びるとあっという間に消え去った。
リーバーがここに来て初めてその業を披露して見せたクラスで、不本意ながらも「火学者」なんていう称号を頂いたのだった。「蓋なくなったアルコールランプをずっと研究室で使ってたんだよ!」、そんな言い訳がもちろん日本の高校生に通じるわけがない。

「すごいですね火学者!アルコールランプを消す仕草がかっこいい人とか初めて見ました!」
「アレンお前それ俺を馬鹿にしてんだろ!」



リーバー・ウェンハム。
学園の中でも1・2を争う、生徒にからかわれやすい教師である。



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そんなリーバー班長。

08年01月02日


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日常編12