「日本人はやばいですよ」

やばいのはお前の頭ん中だ、とラビは即座に突っ込みを入れたが、綺麗さっぱり無視された。目を爛々と輝かせて握りこぶしを作り力説するアレンを、とラビは、どうにも理解できていないらしい。ぼんやりとした表情で見つめている。
さらに言うなれば、アレンの奥に見えるソファに座り、食い入るようにTV画面を見つめている神田ユウはもっと理解できない。
アレンと神田は犬猿の中である。どちらに非があるのかと言われても、出会った当初から驚くほど馬が合わなかったのだから、わからない。とにかくそんな仲の悪い2人が、とラビが学校から帰ってきた時、並んでソファに座っていたのだから、正直この世の終わりが近づいてきたのではないかと思ったほどだ。
玄関先でフリーズすること約2分。とラビは顔をゆっくりと見合わせると、お互い確かめるように、もう一度神田たちを見た。
何度見ても並んで座っている。
例えばこれがと神田だったり、とアレンだったり、百歩譲ってラビと神田だったりした場合、それはありえなくもないのだけれど、何せアレンと神田なのだ。そんなことが、あるはずがない。というよりもあっていいはずが無い。「生態系でも破壊したのかな」、ラビの呟いた声に、アレンが反応を示して嬉しそうに振り返った。

そして、一言。「日本人はやばいですよ」とりあえずとラビの理解の範疇を超えた行動と言動を取ることの多い少年だった。

「・・・・あたし、アレンのこと好きだけど、ちょっと今のアレンを理解することは不可能みたい。なんていうか、いっそ拒絶反応?」
「あ、ひどい!僕は日本人を褒めてるのに!」
「・・・・修飾語が抜けてて俺らには何が言いたいのかよくわからんのだけど」
「あ、ラビのことは褒めてないですよ?日本人じゃないから」

留学生であるラビは、特に今まで自分が日本人でないことに対して何の感情も抱いたことはなかったけれど、今初めて、なんだかよくわからない悔しさを覚えた。
は既にアレンを理解することを放棄したらしい。曖昧な返事を返しながらアレンの頭を撫でまわしている。子どもに対してよく大人が使うような甘いトーンの声ではアレンに問いかける、何がやばいの?アレンはとても嬉しそうに笑った。





「思考回路です!」





誇らしげに言われても、やっぱりとラビにはアレンの言いたいことが理解できなかった。
「見てください!」とアレンが指差した先には、TV画面。相変わらず一言も発さずに神田が熱心に見つめている、その画面だ。特に変わったものは見受けられない。よく見るテレビ番組が放映されていて、もラビも疑問符を頭に浮かべることしかできなかった。いいですか、とアレンはやたらと真剣な面持ちでいう。今からアレンが話そうとしている内容がくだらないことに違いないことだけが確信できた。だから、適当に返事をする、「はぁ」「うん、何?」、に至っては悟りきったような表情だ。










「アンパンが空を飛ぶんです!!」










やっぱりくだらないことだった。
アレン・ウォーカーという少年になんだかおかしなところがあることくらい、にもラビにもわかっていたことだけれど、今回のことは何だかとにかくそういう色んな前知識をすっ飛ばしていきなり銀河系クラスの難問にぶち当たった気分だった。この間もネコ型未来ロボットのアニメや3分経つと星へ帰らなければならない特撮ヒーローものを見て、やたらとアレンは感動していたのを思い出す。それでもここまで興味は示さなかったはずだ。四次元ポケットがあれば、食料詰め込み放題ですよねなんて素敵だ!とか、僕もビルを踏み潰してみたいです、とかそういったことは言っていた気がするけれど、とにかくこんなに興奮していなかった。
食べ物だからなのかな、が呟くとラビは力強く一度頷いた。

「それだけじゃないんです。だってカレーパンまで飛ぶんですよ!」
「・・・・・・・・メロンパンだって食パンだって飛ぶけどな?」
「メロンパンと食パンは飛びそうじゃないですか」

何言ってんですかとでも言わんばかりの勢いで、ラビを馬鹿にしたように見てくるアレンに、ラビはもう何も言うまいと心に誓った。カレーパンと食パンの違いは何だというのだろうか、ラビにも、もちろんにも理解できるはずがない。アレンの尊敬する人物は、本日付で、空飛ぶアンパンを考え付いたかの有名なあの方に変わったようだ。

ところで神田ユウはというと。
未だにTVを見つめているわけで。

「ユウ?」

は心配になって覗き込んだ。
アレンの隣でこのTV画面を覗き込んでいたということは、つまり神田もこの番組に興味を持ったということなのだろう。幼馴染の思考回路までおかしくなってしまったのではないかと、は前から神田を見た。



目がアレンと同じだった。



「ちょ、ラビ!ユウの目まで輝いてんだけど!なんで!?」
「ユウが!?何それ超貴重!」
「貴重とかそういう問題じゃないよ!ユウがユウでなくなっちゃう!」

が目の前で手を振って見せると、邪魔だと言わんばかりの手つきで、振り払われた。
番組の内容は至ってシンプルで、おそらくこれが再放送なのだろう、にもそしてラビにも見覚えのあるものだった。だから別にこれといって注目すべき点などないように思われる。
と、いうことは。
すなわち。



「このアニメ・・・すげぇ」



神田はこの番組を知らない可能性が高いということ。
は、自分とほぼ毎日遊んでいたこの少年はどうやって空飛ぶアンパンのこのヒーローについて知らずに生きてきたのだろうか、と何故か泣きたくなるような気持ちでそう思った。ラビでさえ、知っていたというのに。





何が何だか結局とラビにはよくわからなかったけれど、アレンと神田が仲良く並んでソファに座ったのは、とにかくこのとき一度きりだったという。

少しだけ子どもに大人気の空飛ぶアンパンを尊敬しただった。



 
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さいゆーきがいでんの悟空の台詞より。
絶対アレンは興味を示すと思います。そして神田は知らないに違いない。

08年08月13日


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日常編9