は歩いていた。
ただ一直線に目的地を目指していつもよりも早い足取りで進んでいく。もし彼女がヒールのある靴を履いていたらドラマに出てくるキャリアウーマンよろしくかつかつと音を響かせていたことだろう。しかし残念ながらここはの通う学校の廊下であり、従って彼女が履いているのは学校指定の上履きだった。
だんだんだん!怒っているとも取れなくもない足音をたてながら特別教室の前を過ぎていく。おはよー、チャレンジャーな友人がに声をかけてみたが、予想どおり無視された。
廊下を突き当たりまで進んだところでは一番端の左手にある教室の扉をそれはもう凄まじい勢いで開け放つ。
「先生っ!!!」
突然のそんな生徒の来訪を特に驚いた様子もなく、まるで日常の一コマだとでも言わんばかりに、先生と呼ばれた男は、新聞に向けていた視線をちらりをあげた。視界の端に写るを捉えたのだろう、些か不快そうに目を細め、「、いつも扉は静かに開けろって言ってんだろ」、と呆れ声で言った。「静かに開けたじゃん!ほんとは蹴破ってやりたいところだったのを、あれで我慢したんだっつの!」、男の前のソファにふんぞり返るようにして座るとは彼の読んでいる新聞を真ん中で綺麗に破って見せた。
「あー!何すんだよ!」
「ドアの代わりだと思えば安いもんでしょ」
触らぬ神に祟りなしといったところだろうか、男はの言葉を適当に受け流すと、空になった自身のカップを持って立ち上がる。ついでに机の引き出しからの分のカップを取り出すとティーポットからお茶を注いだ。
「ミック先生」
呼ばれても彼は振り返らない。紅茶のパックを突っ込んで、それからスティックシュガーを手にとって、ソファへ戻った。かちゃん、に向かってそれらを差し出す。
ティキ・ミックは所謂AETというやつで、かれこれこの学校に6年ほど就任している。AET教員はすぐに変わってしまうものらしいがこの男は何故だか随分と長い年月ここに居座っているのだった。校長曰く「せんなもんさ!」らしいがよくわからない。
「っつーか、お前いい加減部活に顔出せよ」
「えー、生徒会忙しいもんー」
「神田来てっから。そういう嘘は通じませんー」
ちなみにティキは英語部の顧問で、その英語部にはと神田をはじめリナリーやラビといった留学生、その他にも何人か所属している。
「あのな、部長いなけりゃ始まんねえだろーが」
「どうせ集めたって来るのはハウスの連中だけで、ただの座談会になるじゃん」
「いいんだよ、英語だから。っつかほら、例の新しい留学生のためにも一回集まんねえと」
留学生はその他のやる気ある日本人部員たちの英語力向上という名目で勝手に英語部への入部が義務付けられているのだが、実際、ハウスのメンバー以外は幽霊部員と化しているためほとんど意味がない。
留学生、とはつぶやいて、それから側にあったクッションを力任せにブン投げた。予想だにしていなかったの行動にティキはそれを真正面から食らい、後ろに倒れこむ。紅茶の入ったティーカップを持っていなかったのが不幸中の幸いだろう。
「おっ、ま、何す、」
「アレンに余計なこと吹き込んだでしょ!」
余計なこと?きょとんとした表情で、そう繰り返したティキにはもう1つクッションを投げつけた、さすがに今回は避けられたけれど。ティキはしばらく思考を巡らせて、それから思い当たったらしい、ぽんと手を打った。アンパンマンね、そうティキが言うとはぶすっとした表情のまま彼を睨みつける。
「何?何か問題でもあったわけ?」
「問題?そりゃ問題あるに決まってるじゃない!あんなに可愛い子が、いかにあんぱんが空を飛ぶことが素晴らしいか、力説してくるんだよ!恐ろしい光景すぎて何が起こってるのか一瞬わからなかったんだから!アレンは微笑みながらお茶を飲むべき子なのに!」
「それ、お前の勝手な理想じゃん」
「乙女の理想は世界の宝なの!」
目を輝かせてそういうに、ティキは面倒になって適当な返事を返した。
昼休みだというのにここの部室周辺は、にぎわう声の1つもしない。特別棟の一部屋を部室に宛がったのだから当然といえば当然か。はソファの上に寝そべると大きな欠伸を1つした。寝てねぇの?、ティキの不思議そうな声は完全に無視の方向だ。
昨夜は生徒会の仕事をやらなければならなかった上に数学の小テストの勉強もしなければならず、結局3時間程しか寝ていない。小テストくらい放っておけばいいじゃん、とラビ辺りは言うけれど、にとって、テストと名のつくものは中間だろうと期末だろうと実力だろうと単元別だろうと関係がなかった。1番の座をそう簡単に譲り渡すわけにはいかない。
「ティッキー、ここで寝ててもいい?」
「いいけど、その呼び方やめろって言ってんだろ」
「えー、なんで妹はよくてあたしはダメなわけ?」
「妹じゃないから」
眠さで上手く働かない頭のせいか、あまり理屈の通っていないティキの返事に、はなるほどと頷いた。
おやすみ、涼が呟くと、ティキは同じ言葉を紡ぎながらの額にキスをした。
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ティッキー、やっと登場。
ヒロインとはそんな関係。
08年12月03日
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グリオットチェリー日常編10