「ほんとに、ここにいた」

雲ひとつない快晴を、真っ白で綺麗に掃除されたコンクリートの床に寝転がりながら見上げていた。新しい学年になったばかりのこの時期が好きだ、といつも思う。どことなく浮き足立っている少年少女たちを観察しているのも愉しいし、何より出席日数を気にしないで授業をサボることができるからだ。
今日も今日とて、ラビはさっそく授業をサボり、屋上という楽園にお邪魔していた。少し寄りかかると軋むフェンスとか、掃除しても放課後までには砂埃のたまってしまう舗装された床とか立付けの悪くなった銀色の扉とか、全てが好きだった。
日本の学校は、とても特徴的だと思う。閉鎖された、四角い空間。ほとんどの学校が同じ構造をしていることも、ラビにとっては不思議だった。同じ服を着た子供たちが押し込まれる箱の中で、唯一開放的な場所が、この屋上だと思う。いつだったかが、屋上が立ち入り禁止になっている学校が多いのは、閉鎖的な箱の中から逃げないようにしているためなんじゃない、と言っていたのを思い出す。彼女がそんなことを言うなんて意外だった。
しかしそれはラビも思っていたことだった。だから、この屋上が何よりも好きだ。図書館の閑散とした雰囲気を好きだが、人の来ない屋上の方がもっと好きだ。立ち入り禁止になっていることも大きいのだろうが、ラビがここでサボっていることを知っているから、誰も来ないのかもしれない。
遠慮なしに入って来れるのは、と神田ユウ、それにリナリーくらいだ。他にもたまに教師が入って来るけれど、こちらは滅多にやって来ない。

だから、彼ら以外の声が下から響いて来るとは思ってもみなかったため、少年にしては少し高めの声が耳に届いた時、柄にもなく、少し驚いた。

「おーアレンー。どしたさー留学してきたばっかの少年がサボりはよくないぞー」

むくりと起き上がって扉を見る。
アレンが呆れ顔で立っていた。

「今は休み時間ですよ」
「あ、そうなん?次何限?」
「2です。チャイムの音聞いてなかったんですか?」
「聞いた気もするし聞いてない気もする。2かーならまだいいか。3は体育だから出ようかな」

おいで、とラビがアレンを手招きすると、少しだけ躊躇って、それからゆっくりと近づいてきた。とすん、とラビの前に腰を降ろす。

「で?何で俺を探してたん?」
「出なくてもいい授業がどれだか確認したくて。古典Tは出なくてもいいんですよね?」
「そうさね、あれ文法とかだから。Uは文学史中心だから文語わからなくてもどうになるし」

なるほど、とアレンは呟いた。
ほんとに白いなぁ、とラビは彼を視界の中心に捉えながらそんなことを思う。後ろから見れば、もしかしなくとも老人に見えてしまうのかもしれない。

「そういやここにいるって誰から聞いた?」

ラビがそう問うと、きょとんとした表情になりながらアレンは言った。

ですよ。教室にいなければ大抵はここにいるって」

クラスの連中じゃなかったんか、と意外に思いながらも、なんとなく納得してしまう。とラビの学年は同じである。つまりは教室も同じ階だ。廊下でうろうろするアレンを見かけて声でもかけたのだろう。

「ラビ、サボりの常習犯なんでしょう?何て言って抜け出してるんですか」



「ものもらいがひどくなりました、だよね」



そう返事をしたのはラビではない。
扉の方から聞こえてきた女の子の声に、アレンとラビは2人同時に振り返った。


「やっほーアレン。ラビに何かされなかった?」
じゃねぇしそんなことしませんよーだ」

現れたはジャージ姿だった。今日はどうやら体力測定室での授業だったらしい。近いから寄ってみた、とは無邪気にそう言った。

「ものもらい・・・・・瞼とかが腫れるあれですか?」
「そー。この人万年ものもらいだから」

食べる?はポケットから梅の飴を取り出して2人に投げ渡した。それを受け取ってころんと口へ放り込みながらアレンはへと向かって歩いていく。
もう帰るんか?ラビのその問いかけに、アレンは来た時と同じような呆れた顔で、あなたとは違いますから僕は真面目に数学を受けます、と答えた。

「あー」

は何か思案するようにしばらく考えこんだ後、屋上へと一足踏み入れた。

「あたしもここにいようかなぁ」

アレンが驚いているのが手に取るようにわかった。

「一緒にサボり?」

にやにやと、とても愉快そうにラビは笑う。まさか、とは肩を竦めた。

「次休講なんだよ。繰り上がらなくてさ」
「きゅうこう?」
「あれ、ユウから聞いてない?休講制度がうちにはあるんだけど」
「ユウはそういうことは一切言わないさー。俺もクラスメイトに聞いたもん。アレン、教室戻ったら聞いてみ?どっかの誰かと違って丁寧に教えてくれっから」

急がないと始まるよ、と言うの言葉に、アレンは慌てて踵を返すと短く挨拶をして小走りに走っていった。階段を駆け下りる音が次第に小さくなっていく。

「アレン、すごい歓迎ぶりだよ。ラビの時とは大違いだね」

吹き抜ける風を正面から浴びながら、はラビにそう言った。再び寝転んだラビが、対して興味がなさそうに返事をする。

「アレンだし。いいさ、俺はお友達はかなり多いからー」
「そーだねー中高一貫で上がってきたユウより遥かに多いね」
「ユウもなんであんな無愛想なんかな」

ごろりともラビの隣に仰向けになる。快晴だった空に真っ白な雲がちらほらと浮かんでおり、絵も一部を切り取ったようにはっきりとした色合いだ。これが五月晴れってやつかな、と思いながらラビは太陽に手をかざした。

「今日はお茶会、みたらし団子にしようよ」

何の前触れもなくが言う。
はあ?と眉を顰めながらラビはを見た。

「アレン大好物らしいよ。ここでポイント稼ごうと思って!」

当番あたしとラビでしょ?とはにこりと微笑んだ。何か楽しいいたずらを思いついた小学生のような笑みだ。

「天使さまを落とすのは容易じゃなさそうだしなー」
「アレンは皆の天使だからね、そこ、ちゃんと覚えておくよーに」

今頃数学と戦っているであろう天使さまを思い浮かべながらとラビは満足そうに空を見上げた。


 
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まとまらなかった・・・。ラビのサボる理由が書きたかっただけです。

07年08月13日


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日常編6